4-81 エルメリッヒ・ゾーリンゲン
同時刻、第8軍団本陣、ゾーリンゲン大将は天幕にて、椅子に座りながら戦況悪化の報を、苛立ちの貧乏ゆすりをしながら聞いていた。
「現在、敵が此方に投入した新兵器の数は3台、共和国兵士達と共闘で、我らが兵士達を蹂躙しながら迫って来ています!」
「対抗策は無いのか⁈」
「他の軍団にも聞きましたが……今現在、見つかっていないと……」
「チッ、役立たず共が……」」
非難を受けた幕僚達。しかし、彼等とて最善を尽くしていない訳ではなく、むしろ良くやっている方であった。
突然の敵襲に臆し、動揺する事なく、戦線を維持出来ているのは、彼らの働きによるものだったからだ。
それに対し、ゾーリンゲン大将と言えば、ただ座って、踏ん反り返って、威張っているだけで何もしておらず、本来彼に、文句を言う資格などないのである。
「クソッ! もし、前線が突破され、敵が本陣に迫り、この高貴たる俺が危険に晒されたら、お前らの責任だからなっ!」
エルメリッヒ・ゾーリンゲン大将、名門ゾーリンゲン伯爵家の長男として生まれ、次期当主として何不自由なく生きてきた。
小さい頃から平民を見下し、搾取し、踏みつけるというのは当たり前であり、その考えや行動が変わる事はなかった。
何故、そんな彼が軍に入ったかと言えば、貴族の特権的な生活で、自分は優れた素晴らしい人間だという幻想に取り憑かれ、過去の偉大なる英雄に憧れ、自分の様な有能な人間は英雄になれる、という自惚れによるものである。
たが、結果として、実力がない彼がそんな道を辿れる訳はなく、貴族の権力だけで出世し、いざ危機に陥った現在、何も出来ずに、仕事を全て部下に丸投げするどころか、気に入らない事には怒鳴り散らすという有様であった。
「閣下っ!」
「何だ⁈」
ゾーリンゲン大将は不機嫌混じりに、通信兵にそう返した。
「ケムニッツ大将から連絡……我軍団は塹壕を放棄、1時撤退する。エッセン、ゾーリンゲン両大将におかれましても、同様の采配をお願いする、との事です!」
それを聞いたゾーリンゲン大将は、更に怒りを増し、突然、立ち上がり、怒鳴り散らした。
「ケムニッツの腰抜けがぁあっ‼︎ せっかくの勝利を棒に振るつもりかぁあっ‼︎」
ケムニッツ大将の撤退、それをゾーリンゲン大将は、敵の新兵器を恐れて逃げ出したと解釈し、帝国貴族として負ける事を良しとしない彼は、ケムニッツ大将の決断を許さなかった。
「あの腰抜け……俺は逃げんっ! そもそも、奴と違い有能な俺が負けるなどあり得んのだ! 全軍に伝えろっ! 己が命を捨ててでも、何としても塹壕を死守しろぉおっ‼︎」
ゾーリンゲン大将のこの命令に、幕僚達は口々に思い留まるよう、具申した。
勝つ算段もつかぬ上に、味方が撤退を始めている。そんな中、第8軍団のみが残れば、敵に包囲されるからだ。
しかし、勝つ事に固執し、それを信じて疑わないゾーリンゲン大将は、幕僚達の意見を足蹴にし、それ以上、指示を出す事はなかった。




