4-71 笑う武神
共和国軍仮設司令部に伝令が到着する少し前、帝国軍2人の偵察兵が、森の中から共和国軍の敷いたと思われる鉄道と、その終着点とされる後方基地、共和国軍本陣を見付けていた。
「司令部の読み通り、鉄道が敷かれていたか……間違いなく此処が本陣だろう」
「早く、此処の事を司令部に知らせないとな!」
偵察兵の1人がそう呟き、背負っていた通信機を下ろすと、司令部に敵本陣の場所を伝えようと周波数調整ダイアルを回す。
すると、丁度、1本の列車が敵本陣へと到着し、そこから多くの敵兵がズラズラと降りて来た。
「クソっ! 敵の援軍か!」
そう零し、苦い顔を浮かべた偵察兵。
しかし、もう1人は敵兵の様子に眉をひそめると、首を傾げる。
「援軍にしては、少ないような……」
列車から降りて来た敵兵士達。その数は千人にも満たっておらず、援軍と呼ぶには余りに少ない数だろう。
それよりも、列車の後ろ、少ない客間の代わりに、貨物として運ばれた大きな物体が10個程、大きな布に隠されている方に目が向いた。
「何だ? あれは……」
偵察兵がそう呟いた時。また丁度、物体から大きな布が外され、その正体が明らかとなった。
しかし、外見を見ても、それが何なんのか、偵察兵達にはわからなかった。
「本当に何だ? アレは……」
「分からんが……取り敢えずは、それも報告しておこう」
偵察兵の1人が、司令部に敵情を報告する為、改めて通信機の周波数調整ダイアルを回し、ヘッドホンを耳に当てようとする。
「ボンジュール! 帝国の偵察兵諸君!」
通信機を操作していた偵察兵の真後ろで、ブリュメール語訛りのゲルマン語で、そう叫んだ巨漢の男。
それを背中越しに聞いた偵察兵。彼はそれを瞬時に敵による物だと判断し、腰の拳銃を抜きながら、銃口を背後の敵に向けようと振り向いた。
しかし、その瞬間、巨漢の男は持っていた大剣で、通信機ごと、偵察兵1人を横に真っ二つにする。
目の前で仲間が無残な姿に豹変させられた光景に、もう1人の偵察兵は、尻餅をつき、恐怖に怯え、それを作り出した敵を見て、震えながら名を呟く。
「"《武神》、ラヴァル"……」
名を呼ばれたラヴァル少佐、シャルルは、白い歯を見せながら、口元に野獣の如き笑みを浮かべる。
「まさか、こんな所まで帝国の偵察兵が来るとはなぁ……流石、名将グラートバッハだ。読みが鋭い」
敵将を賞賛するシャルル。それがブリュメール語だった為、何を言ったかは偵察兵には分からなかった。
そして、その未知が偵察兵に不気味さを感じさせ、それが恐怖感に豹変、元からあった恐怖に加算され、彼は思わず、《武神》相手に堂々と背を向けながら、走って逃げ出した。
程度の低い敵の逃走姿。それに、シャルルは退屈そうに呆れながら、此方の情報を流される訳にもいかない為、大剣を逃走する敵へと投げつけ、大剣はグルグルと回転し、最後は偵察兵の頭蓋骨へと刺さり、砕き、偵察兵を絶命させる。
「まったく……帝国の兵の質は相変わらずだな……」
強敵と戦う事に焦がれながら、今回の敵にも幻滅し、シャルルは、先程殺した偵察兵の頭蓋から大剣を抜き取ると、それを肩に乗せ、落胆に肩を落とし、本陣へと戻っていく。
そうして、本陣へと戻ったシャルル。すると、彼の下へ、1人の同い年ぐらいの士官が少し憤怒の表情を携え、駆け寄ってきた。
「おいっ‼︎ シャルル‼︎ 何処行ってたんだ! 探したぞ‼︎」
「ん? おお! ジャン!」
ジャン・ブレスト少佐。眼鏡をかけたインテリ風の見た目をした青年で、髪はさほど整えられてはいなかったが、デスクワークの軍人、といった印象の士官であった。
ジャンは左手に大きな封筒を抱えながら、辺りで1番図体のでかい男の前に立つと、臆する事なく、不機嫌に文句を連ね始める。
「まったく、お前は……人に用事を頼んで何処行ってたんだ!」
「悪りぃ、ちょっと敵の兵士が近くに居たんで、始末してきたんだ!」
「始末した⁉︎ 帝国兵を見付けたら、出来るだけ捕虜にしろという命令だろう! しかも、直ぐに殺すとか、野蛮にも程があるわ!」
「悪かったよ……」
共和国最強の魔術兵を相手に怯える事なく話すジャン。彼はシャルルの士官学校時代の同期で、それ以来の親友であった。
卒業後、シャルルは陸軍、ジャンは情報部に別れたが、未だに2人は連絡を取り合い、親友としての関係が続いていたのだ。
「まったく……お前は……いつも思慮深さが欠け過ぎだ! 野生の猛獣でももう少し考えるぞ!」
「本当……お前、俺に対してドギツイな」
「当たり前だ! お前みたいな猛獣、誰かが手綱を握らなきゃならんだろう⁈」
結構な友人の言い草に、珍しく苦笑いを零すシャルル。ジャンはキツイ言い方をするが、言っている事は間違っていないので、反論する事も出来なかったのだ。
しかし、このまま毒舌攻撃を受け続たくもないので、シャルルは、早速、本題に移させる様、話を誘導する。
「ところで、ジャン……あれを持ってきてくれたんだろう?」
「……あぁ、そうだった! ホイよ、頼まれてたやつだ」
そう言って、封筒を手渡すジャンに、シャルルは大剣を地面に刺すと、それを受け取り、封を切ると、中に入っていた資料を取り出した。
「大して有名な士官でもないから……逆に手に入れるの苦労したんだぞ? 読み終わったら、ちゃんと処分しろよ? この事がバレたら、こっちは懲戒処分だからな」
「わかってるよ……」
笑みを浮かべながらそう返すシャルルに、ジャンは少し不安を残しながらも、長居する理由も無いので、直ぐに仕事場へと戻っていった。
そんな親友の背中を見送り、シャルルは早速、貰った資料に目を通し始める。
「"エルヴィン・フライブルク"。これが、あの指揮官の名前なのか……」
その資料には、エルヴィンについて書かれていた。
ヴァルト村の戦い。補給基地での戦い。勝利を得る直前で、それを阻止した謎の指揮官。その情報を得る為、シャルルは、情報部に勤める友人に、その指揮官についての情報を集めるよう頼んでいたのだ。
流石に写真はなく、文章だけではあったが、エルヴィンについての情報が事細かく載っていた。
エルヴィンが領地持ち貴族の当主である事。まだ20歳で少佐にまでなっている事。そして、オイゲン・フライブルクの息子である事も。
「なるほど……"《森狐》"の息子か……これは面白い……」
ニッとまた口元を緩めたシャルル。彼は野獣のごとき笑みを浮かべると、書類を近くの焚き火に投げ捨て、大剣を地面から抜いて肩に乗せ、闘志に満ちた気持ちを持って歩き出す。
「エルヴィン・フライブルク、また戦うのが楽しみだ!」
良き獲物を見つけた猛獣、シャルルは正にそれであった。
エルヴィン・フライブルクという強敵を前に、彼は再戦の日を今か今かと楽しみに待ち、戦意に心を奮い立たせたのだ。




