4-69 素敵な仲間達
顔を殴られた貴族の男は、その拍子にシャルの髪から手を離し、尻餅をつき、魔の手から解放されたシャルは、男を殴った人物を見て驚いていた。
「小隊長……?」
そこには、右手を相手の血で染めた、ウルム准尉が立っていたのだ。
貴族を殴ったウルム准尉。それに周りの部下達は動揺し、イェーナ伍長が彼に駆け寄った。
「ちょっ! 小隊長、何やってんですか‼︎」
「いや、腹が立ったから」
何事もない様にサラリと返すウルム准尉。しかし、イェーナ伍長は事の重大さを心配せずにはいられなかった。
「でも、相手は仮にも貴族ですよ⁈ 不味いでしょう……」
「このままだったら、メールス二等兵が酷い目に遭ってただろう? というか、俺がさっき注意してなかったら、貴官はもっと早く殴ってたよな?」
「いや……確かに、そうですけど……」
ウルム准尉とイェーナ伍長が話している内、貴族の男は従者の手を借り、潰れた鼻を抑えながら立ち上がった。
そして、ウルム准尉を憤りに満ちた視線と共に指差す。
「きっ、貴様ぁあ‼︎ 自分が何をしたか分かっているのかぁあ‼︎」
「ええ、変態極まる屑野郎を殴っただけですが?」
「へんっ…….⁉︎」
貴族に対し余裕で悪口を叩くウルム准尉に、貴族の男は怒りやら、呆れやら、困惑やらが渦巻き、上手く言葉を発せれずにいた。
それでも何とか頭で文字の羅列が出来上がると、彼はやっと声を発する。
「高貴なる貴族の俺にこの仕打ち……貴様、タダで済むと思うなよ⁉︎」
タダで済むと思うな。そう言われたウルム准尉は、怒りを表し、貴族の男の胸ぐらを掴み、顔を睨み付けた。
「テメェこそ、俺の大事な部下に酷い扱いをした事、許されると思うなよ?」
怒りの形相で睨み付ける相手に、貴族の男は、緊張で唾を飲み込み、ウルム准尉は胸ぐらから手を離した後、部下達を怒りの消えた顔で見渡す。
「おいっ! 誰かこの馬鹿共を摘み出せ! 治療の邪魔だ‼︎」
そう指示された兵士達は、准尉への賞賛の笑みを浮かべながら、貴族の男とその従者を、部屋から叩き出した。
貴族の男は去り際、「貴様、後で覚悟しておけよ‼︎」と漏らし、ウルム准尉も流石に、その言葉には心配する。
「これは何か報復されるかもな……後で大隊長に話しておこう」
ウルム准尉がそう零し、改めて部屋の方を振り向くと、途端に歓喜の渦が部屋内に渦巻いた。
「「「ウォオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」
衛生兵、負傷兵構わず、ウルム准尉へ賛美の大歓声を上げたのだ。
「貴族を殴るとは壮観だ!」
「よっ! 流石、小隊長!」
「あの貴族はウザかった。殴ってくれて清々したぞ!」
賞賛と興奮の雨がウルム准尉に雪崩れ込み、衛生兵の部下達がウルム准尉へと群がった。
「あの俺達を見下してた小隊長が、部下の為に貴族を殴るなんて……見直しましたよ!」
「バァカッ、小隊長は元から良い人だったよ! 生意気だったがな」
「お前等、人の傷をえぐるな! こっちは反省してんだから……」
生意気だった自分のついこの間を掘り出され、少し滅入るウルム准尉を、部下達は楽しそうに笑って賞賛し続けた。
被害者である少女の事など忘れ、讃え賛美し合う男達だったが、それにイェーナ伍長は呆れながら叫ぶ。
「こらっ! 男共! メールス二等兵を放ったらかしにするな! 気遣うなりなんなりしろ!」
そう言われ、兵士達はやっとシャルに視線を向け、イェーナ伍長はそんな兵士達をかき分け、へたり込みながら唖然とする彼女に寄り添った。
「メールス二等兵、大丈夫? 痛かったでしょ? 直ぐに手当てするからね?」
何事もなかった様に接する仲間達を、シャルは不思議に思えて仕方なかった。
「どうして……?」
獣人族である事を隠していたシャル。獣人差別が当たり前として存在する国の兵士達。少なからず、この場に、仲間達の中に、差別はせずとも、獣人を嫌う人間は多く居る筈だ。
なのに、誰もシャルを咎めたり、嫌ったりする様子はなかった。
「私は、獣人族である事を隠してました……だから、皆さんから嫌われると、そう思ってたのに……どうして、そんな平然としているんですか?」
そう問われた仲間達。しかし、彼等は困った様子で考え込んだ。
「そういえば、何でだろう?」
「俺、確かに獣人嫌いだったんだが……この部隊に来てから、獣人を嫌った事がないんだよなぁ……」
「そう、俺も! 知らん間に獣人とポーカーしてた!」
「お前等、酷いなぁ……俺は最初っから獣人好きだったぜ!」
「「嘘つけぇ‼︎」」
「お前最初、獣人と同じ部隊は嫌だ! とか言ってただろう!」
自分達ですら、何故シャルを嫌わないのか、不思議に思っている様子の仲間達。
それでも、暫く考えていく内に、彼等は1つの結論に至る。
「ジーゲン中尉だ! ジーゲン中尉の性格が強烈過ぎるからだ!」
「「「あ〜!」」」
「ジーゲン中尉、毎回脱ぐもんな! 訓練の時も、たまに戦いの時も脱いでるもんな!」
「あの人のあれが強烈すぎて、他の獣人が普通に見えたんだよ、きっと」
「「「それだっ‼︎」」」
その後、自分達が何故、獣人嫌いじゃなくなったのか、更なる理由を求めて延々と考える仲間達。その理由はどれも下らなく、ありきたりであった。
しかし、それはシャルにとっての救いとなった。
そんな下らない、ありきたりな理由で獣人嫌いは無くなる。獣人差別とは、その程度のモノでしかないのだと証明していたのだ。
獣人という理由だけで差別され、それは一生無くならないものだと思っていた。
しかし、それは思い込みであり、差別される環境は簡単に変えられるのだと、無くなるモノなのだと、そんな希望が嬉しさとなって、彼女の心を温める。
そして、シャルは、それを教えてくれた仲間達を、心の底から頼もしいと思い始めていた。
「この部隊に来て、皆さんと一緒に働けて、本当に良かった……」
胸に両手を当て、そう零したシャルの顔には、笑顔が零れていた。
暖かく、可愛らしい、穢れなど微塵もない笑顔。それを見た衛生兵の仲間達は、頬を赤らめ、心からシャルを可愛いと思ってしまった。
全員、シャルに見惚れてしまったのだ。
彼女の魅力に気付き、その甘酸っぱさに浸った男達だったが、イェーナ伍長の一声がそれを打ち消す。
「あんた等、早く治療に戻れ! まだまだ患者は来んだから!」
イェーナ伍長にそう注意され、男連中はふと我に帰ると、直ぐに負傷兵の治療へと戻っていき、やっと散らばった男達を見ながら、イェーナ伍長は呆れて溜め息を零すと、シャルへと視線を向け直した。
「じゃあ早速、背中の怪我を手当しようか。 まぁ、流石に此処だと、下心丸出しの馬鹿共に見られるから、移動してだがな」
イェーナ伍長は、さっきからシャルが服を脱ぐ姿に期待し此方をチラ見する数人の男達を、睨みながら一瞥し、彼等を治療に専念させた。
治療を終え、部屋に戻ってきたシャル。その頭に軍帽はなく、犬の様な耳、そして、隠していた尻尾が露わになっていた。
そして、彼女は勇気を出すように、右手を胸の前で軽く握り、仲間達に視線を向け、告げる。
「シャルロッテ・メールス。種族は獣人族。これからもどうか、宜しくお願いします!」
戻ってきた本当の姿のシャル。それを仲間達は笑みを浮かべて出迎え、彼女は本当の意味で部隊の一員となった。
これで改めて全員が揃い、ウルム准尉は皆を激励する。
「よしっ! これからもまだまだ負傷兵が運ばれてくるぞ! 皆な! 引き続き、気を引き締めて掛かれ‼︎」
「「「オオオオオオオオオオオッ‼︎」」」
姿を偽っていた自分、獣人族だった自分、それを何事もないように受け止めてくれる仲間達。そんな彼等をシャルは、本当に素敵な仲間達だと、そう思うのだった。




