表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第4章 ヒルデブラント要塞攻防戦
141/450

4-69 素敵な仲間達

 顔を殴られた貴族の男は、その拍子にシャルの髪から手を離し、尻餅をつき、魔の手から解放されたシャルは、男を殴った人物を見て驚いていた。



「小隊長……?」



 そこには、右手を相手の血で染めた、ウルム准尉が立っていたのだ。


 貴族を殴ったウルム准尉。それに周りの部下達は動揺し、イェーナ伍長が彼に駆け寄った。



「ちょっ! 小隊長、何やってんですか‼︎」


「いや、腹が立ったから」



 何事もない様にサラリと返すウルム准尉。しかし、イェーナ伍長は事の重大さを心配せずにはいられなかった。



「でも、相手は仮にも貴族ですよ⁈ 不味いでしょう……」


「このままだったら、メールス二等兵が酷い目に遭ってただろう? というか、俺がさっき注意してなかったら、貴官はもっと早く殴ってたよな?」


「いや……確かに、そうですけど……」



 ウルム准尉とイェーナ伍長が話している内、貴族の男は従者の手を借り、潰れた鼻を抑えながら立ち上がった。


 そして、ウルム准尉を憤りに満ちた視線と共に指差す。



「きっ、貴様ぁあ‼︎ 自分が何をしたか分かっているのかぁあ‼︎」


「ええ、変態極まる屑野郎を殴っただけですが?」


「へんっ…….⁉︎」



 貴族に対し余裕で悪口を叩くウルム准尉に、貴族の男は怒りやら、呆れやら、困惑やらが渦巻き、上手く言葉を発せれずにいた。

 それでも何とか頭で文字の羅列が出来上がると、彼はやっと声を発する。



「高貴なる貴族の俺にこの仕打ち……貴様、タダで済むと思うなよ⁉︎」



 タダで済むと思うな。そう言われたウルム准尉は、怒りを表し、貴族の男の胸ぐらを掴み、顔を睨み付けた。



「テメェこそ、俺の大事な部下に酷い扱いをした事、許されると思うなよ?」



 怒りの形相で睨み付ける相手に、貴族の男は、緊張で唾を飲み込み、ウルム准尉は胸ぐらから手を離した後、部下達を怒りの消えた顔で見渡す。



「おいっ! 誰かこの馬鹿共を摘み出せ! 治療の邪魔だ‼︎」



 そう指示された兵士達は、准尉への賞賛の笑みを浮かべながら、貴族の男とその従者を、部屋から叩き出した。


 貴族の男は去り際、「貴様、後で覚悟しておけよ‼︎」と漏らし、ウルム准尉も流石に、その言葉には心配する。



「これは何か報復されるかもな……後で大隊長に話しておこう」



 ウルム准尉がそう(こぼ)し、改めて部屋の方を振り向くと、途端に歓喜の渦が部屋内に渦巻いた。



「「「ウォオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 衛生兵、負傷兵構わず、ウルム准尉へ賛美の大歓声を上げたのだ。



「貴族を殴るとは壮観だ!」


「よっ! 流石、小隊長!」


「あの貴族はウザかった。殴ってくれて清々したぞ!」



 賞賛と興奮の雨がウルム准尉に雪崩れ込み、衛生兵の部下達がウルム准尉へと群がった。



「あの俺達を見下してた小隊長が、部下の為に貴族を殴るなんて……見直しましたよ!」


「バァカッ、小隊長は元から良い人だったよ! 生意気だったがな」


「お前等、人の傷をえぐるな! こっちは反省してんだから……」



 生意気だった自分のついこの間を掘り出され、少し滅入るウルム准尉を、部下達は楽しそうに笑って賞賛し続けた。


 被害者である少女の事など忘れ、讃え賛美し合う男達だったが、それにイェーナ伍長は呆れながら叫ぶ。



「こらっ! 男共! メールス二等兵を放ったらかしにするな! 気遣うなりなんなりしろ!」



 そう言われ、兵士達はやっとシャルに視線を向け、イェーナ伍長はそんな兵士達をかき分け、へたり込みながら唖然とする彼女に寄り添った。



「メールス二等兵、大丈夫? 痛かったでしょ? 直ぐに手当てするからね?」



 何事もなかった様に接する仲間達を、シャルは不思議に思えて仕方なかった。



「どうして……?」



 獣人族である事を隠していたシャル。獣人差別が当たり前として存在する国の兵士達。少なからず、この場に、仲間達の中に、差別はせずとも、獣人を嫌う人間は多く居る筈だ。


 なのに、誰もシャルを咎めたり、嫌ったりする様子はなかった。



「私は、獣人族である事を隠してました……だから、皆さんから嫌われると、そう思ってたのに……どうして、そんな平然としているんですか?」



 そう問われた仲間達。しかし、彼等は困った様子で考え込んだ。



「そういえば、何でだろう?」


「俺、確かに獣人嫌いだったんだが……この部隊に来てから、獣人を嫌った事がないんだよなぁ……」


「そう、俺も! 知らん間に獣人とポーカーしてた!」


「お前等、酷いなぁ……俺は最初っから獣人好きだったぜ!」


「「嘘つけぇ‼︎」」


「お前最初、獣人と同じ部隊は嫌だ! とか言ってただろう!」



 自分達ですら、何故シャルを嫌わないのか、不思議に思っている様子の仲間達。

 それでも、暫く考えていく内に、彼等は1つの結論に至る。



「ジーゲン中尉だ! ジーゲン中尉の性格が強烈過ぎるからだ!」


「「「あ〜!」」」


「ジーゲン中尉、毎回脱ぐもんな! 訓練の時も、たまに戦いの時も脱いでるもんな!」


「あの人のあれが強烈すぎて、他の獣人が普通に見えたんだよ、きっと」


「「「それだっ‼︎」」」



 その後、自分達が何故、獣人嫌いじゃなくなったのか、更なる理由を求めて延々と考える仲間達。その理由はどれも下らなく、ありきたりであった。


 しかし、それはシャルにとっての救いとなった。


 そんな下らない、ありきたりな理由で獣人嫌いは無くなる。獣人差別とは、その程度のモノでしかないのだと証明していたのだ。


 獣人という理由だけで差別され、それは一生無くならないものだと思っていた。


 しかし、それは思い込みであり、差別される環境は簡単に変えられるのだと、無くなるモノなのだと、そんな希望が嬉しさとなって、彼女の心を温める。


 そして、シャルは、それを教えてくれた仲間達を、心の底から頼もしいと思い始めていた。



「この部隊に来て、皆さんと一緒に働けて、本当に良かった……」



 胸に両手を当て、そう(こぼ)したシャルの顔には、笑顔が(こぼ)れていた。


 暖かく、可愛らしい、穢れなど微塵もない笑顔。それを見た衛生兵の仲間達は、頬を赤らめ、心からシャルを可愛いと思ってしまった。


 全員、シャルに見惚れてしまったのだ。


 彼女の魅力に気付き、その甘酸っぱさに浸った男達だったが、イェーナ伍長の一声がそれを打ち消す。



「あんた等、早く治療に戻れ! まだまだ患者は来んだから!」



 イェーナ伍長にそう注意され、男連中はふと我に帰ると、直ぐに負傷兵の治療へと戻っていき、やっと散らばった男達を見ながら、イェーナ伍長は呆れて溜め息を(こぼ)すと、シャルへと視線を向け直した。



「じゃあ早速、背中の怪我を手当しようか。 まぁ、流石に此処(ここ)だと、下心丸出しの馬鹿共に見られるから、移動してだがな」



 イェーナ伍長は、さっきからシャルが服を脱ぐ姿に期待し此方(こちら)をチラ見する数人の男達を、睨みながら一瞥(いちべつ)し、彼等を治療に専念させた。




 治療を終え、部屋に戻ってきたシャル。その頭に軍帽はなく、犬の様な耳、そして、隠していた尻尾が露わになっていた。


 そして、彼女は勇気を出すように、右手を胸の前で軽く握り、仲間達に視線を向け、告げる。



「シャルロッテ・メールス。種族は獣人族。これからもどうか、宜しくお願いします!」



 戻ってきた本当の姿のシャル。それを仲間達は笑みを浮かべて出迎え、彼女は本当の意味で部隊の一員となった。


 これで改めて全員が揃い、ウルム准尉は皆を激励する。



「よしっ! これからもまだまだ負傷兵が運ばれてくるぞ! 皆な! 引き続き、気を引き締めて掛かれ‼︎」


「「「オオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 姿を偽っていた自分、獣人族だった自分、それを何事もないように受け止めてくれる仲間達。そんな彼等をシャルは、本当に素敵な仲間達だと、そう思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ