4-67 衛生兵の仲間
前線に送られた第11独立遊撃大隊の兵士達。その中にはシャル達、衛生兵小隊の姿もあった。
今回の戦いで、部隊の負傷者自体が少なかった為、治療も直ぐに終わり、彼等は他の部隊の治療を行っていた。
「こっち終わったぞ!」
「じゃあ、そっち手伝え!」
「誰か、此奴を治療してくれ……」
「空いている所に置いておけ!」
塹壕に設置されていた部屋で、シャル達は重傷兵の治療に追われていた。
その場所は、明らかに治療には不向きな不潔な場所であったろう。
ネズミは出る、上から砂が落ちる、先程まで死体が転がっていた。
しかし、重傷者を野晒しで治療する訳にも行かなかったので、後方からテントが運ばれるまで、衛生兵達は此処で我慢するしかなかった。
「こっち終わりました!」
「じゃあ、こっち手伝ってくれ!」
「はいっ!」
1人の重傷兵士の応急処置を終え、治療用に髪をポニーテールにしながら、シャルはウルム准尉の下に向かった。
「すまん、これは貴官にしか頼めん」
「いえ、任せて下さい!」
左腕が飛ばされ苦痛に悶える兵士を確信したシャルは、痛み止めを注射で兵士に打った。
「大丈夫です、きっと助かりますからね」
優しい言葉を掛けながら、兵士の痛々しい腕を丁寧に治療するシャル。その手際は、ちゃんとした器具もない状態としては完璧と言えた。
そして、治療を終えると、その兵士は余り出せない声量で、彼女に呟いた。
「ありがとう……」
感謝を受け、シャルはその兵士に笑みを持って彼への返答とした。
よく見ると、劣悪な治療環境にも関わらず、負傷兵、衛生兵、共に深刻そうな顔が見られない。
シャルロッテ・メールス。彼女は治療する兵士1人1人に優しく声を掛け、励ましていた。
その効果か、治療された兵士達には笑みが溢れ、それが部屋の空気を明るく照らし出していたのだ。
そんな彼女を、ウルム准尉も含め、部屋の衛生兵達は心良く思っていた。
「メールス二等兵、貴官が居てくれて本当に良かった。お陰で、我々は治療がし易い」
「そんな……私は只、当たり前の事をしているだけですよ……」
少し照れながら、やはり嬉しそうに笑みを浮かべるシャルに、ウルム准尉は心底可愛いと思い、頬を赤くした。
「ちょっと、小隊長!」
ウルム准尉が自分の恋心に浸っている背後から突然、別の女性の声が彼を呼ぶ。
彼が背後を振り返ると、そこには同じ軍服を着た女性が居た。
「なんだ? イェーナ伍長」
マリー・イェーナ伍長。第11独立遊撃大隊、衛生兵小隊副隊長である。
「何だ? じゃないでしょ! とっとと指示出して下さいよ! 次々と負傷兵が運ばれて来るんだから、小隊長が指示を出してくれないと、仕事が回らないんですよ!」
イェーナ伍長の注意は尤もだったのだが、ウルム准尉としては、好きな子との会話を邪魔され、不愉快な気持ちになった。
しかし、やはり正論なので、嫌々従う。
「わかったわかった!」
クッソッ! せっかく良い気分だったのに……。
そんな不満を抱きながら、ウルム准尉は気持ちを切り替え、部下達に指示を飛ばしていくのだが、やはり軽い憤怒混じりな声色になっていた。
彼の内心は兎も角、准尉が仕事を始めたのを確認し、イェーナ伍長は次にシャルへと視線を向ける。
「メールス二等兵」
「はいっ! 今すぐ負傷兵の治療に戻ります!」
「いや、あんたは休んで良いよ。ずっと兵士の治療しっぱなしでしょ?」
シャルは戦いの終わりからずっと、他の兵士が休んでいる間も、負傷兵の治療を続けていた。それを、イェーナ伍長は心配したのだ。
しかし、それは無用のものだった。
「大丈夫です! 疲れたらちゃんと休みます! 治療中に、疲労で手元が狂ったら大惨事ですから」
空元気や無理をしている様子は、シャルから感じられず、逆にやる気と元気に満ちた笑みを浮かべていた。
それに、イェーナ伍長は少し安心する。
「そう、ならもう少しお願い。負傷兵の流れが止まらなくて、猫の手も借りたい状態だから」
「はいっ!」
シャルは力強く返事をすると、早速、治療の終わっていない兵士の下へと向かった。




