4-62 アウグスト・エッセン
士官達が席を立ち、次々とテントを後にする中、エルヴィンも立ち上がり、テントを後にしようと歩き出す。
「フライブルク少佐、ちょっと来たまえ!」
エッセン大将に呼び止められたエルヴィン。理由は簡単に想像出来、色々と不躾に具申し過ぎたのを咎められるだろうと、彼は考えながら足を止めた。
その考えは粗方的中し、実際、咎めるまではいなかったが、注意を受ける。
「フライブルク少佐、貴官はまだ若いな」
「はい、20になります!」
「その歳で少佐。つけあがるのも無理からぬ事だが、部は弁えるべきだろう。貴官は我が幕僚ではない! 1部隊の指揮官に過ぎん! それが作戦に口出しするのは度が過ぎるというものだ。以後、慎みたまえ!」
エッセン大将は確実に軽い方であっただろう。他の幕僚達はエルヴィンに対し、嫌悪と憤怒の眼差しを向けていたのだ。
エルヴィン自身、ある程度覚悟はした上で意見を言ったので、注意だけで済んだ事に肩を撫で下ろす。
まぁ、大将閣下の頭の隅に、先程の事は残るかな……。
そう少し期待しながらエッセン大将に謝罪し、踵を返して、テントを後にしようとしたエルヴィン。
しかし、彼はまた足を止める事となった。
「そうだ! 思い出した!」
幕僚の1人が声を上げた。
「大佐、如何かしたのか?」
「いえ……第11独立遊撃大隊。そう聞いて、何か聞いた事があるな、と思いまして、考えていたんですが……やっと思い出しました!」
「何を思い出したのかね?」
「いえ、この部隊はグラートバッハ上級大将直属の部隊なんですがね? その指揮官は、珍しい、領地持ち貴族の当主らしいんですよ!」
「何だと⁈」
貴族。その単語を耳にした瞬間、エッセン大将の目の色が変わった。優しさは消え、怒りと不快感が滲み出し始めたのだ。
「フライブルク少佐!」
「はいっ?」
何の用だろうと、少し惚けながら、眉をひそめ、エルヴィンはエッセン大将に身体を向けた。
「少佐、貴官は貴族なのか?」
「そうですが……それが如何かしたのでしょうか?」
それを聞き、幕僚達はザワつき始める。
貴族。その卑しさと愚かさは、ゾーリンゲン大将という貴族によって実感させられていたからだ。
そして、エッセン大将こそ、その卑しさと愚かさを会議を通し最も痛感していた人物であった。
「なるほど……貴官は貴族だったのか……通りで、あんなズケズケと作戦に口出ししてきた訳だ……なるほど……」
エッセン大将の空気が明らかに変わった事に、エルヴィンは嫌な予感に胸を締め付け始める。
そして、それを確信へと変える様に、大将が怒りに任せ、拳を黒板に叩き付けた。
「貴様‼︎ 貴族だからと、作戦に口出しするとは如何いうつもりだ‼︎ 軍でも貴族の特権が通用すると思っているのかぁあっ‼︎」
「いえ、そんなつもりは……」
「黙れ‼︎ 貴様の様な、ボンクラの癖に付け上がる無能の所為で、一体どれだけの兵士が無駄死にさせられてきたと思っている‼︎ 貴様の浅はかな行為が軍にどれだけ迷惑がかかるか考えろ‼︎」
エッセン大将の貴族への不満。それが爆発し、エルヴィンへと叩き付けられた。
それはもうエルヴィンでは抑え、回避する事が出来ず、何を言おうと悪化しかしない事は、彼自身も気付かざるを得ない。
「作戦に口出しし、剰え、それが愚策と言い放つとは、許されざる行為だ‼︎」
ここまで来て、エルヴィンは、話がかなり良く無い方に向かっている事に気付く。
「貴様の部隊は最後尾だったな? それを最前列へと配属とする! 精々、多くの味方の盾となるのだな!」
突撃時の最前列。それは最も戦死率の高い場所であった。
しかも、エルヴィンの部隊は新兵がほとんど。ほぼ戦死しに行けと言っている様なものである。
このままだと部下達が沢山死ぬ。せっかく気付けた絆を崩される。そんな恐怖に襲われたエルヴィンは、エッセン大将に告げた。
「その命令には従えません!」
その言葉に、その場の全員が驚愕する。エルヴィンの言葉は、明らかな命令違反であったのだ。
「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか⁈ 命令違反、軍法会議も覚悟する行為だぞ‼︎」
「分かっております……それを承知で申し上げているのです!」
エルヴィンの頑なな意思を見て、エッセン大将の怒りは更に高まった。
「グラートバッハ閣下直属とはいえ、今の貴様は我が麾下に入っている、命令に従う義務がある筈だろ‼︎」
「いえ、我々が受けた命令は、あくまで第10軍団との合流です! 大将閣下の麾下に加わわる命令は受けておりません!」
「しかし! 俺は貴様より上官だ! 上官の命令には従うのが軍隊だ!」
「いえ、我が部隊は独立遊撃大隊です! グラートバッハ閣下から、閣下以外の命令を拒否できる権限を与えられています!」
「何だと⁉︎」
エッセン大将の上官もグラートバッハ上級大将である。ブリュメール方面軍に所属している以上、上級大将の命令は絶対であり、エルヴィン達が上級大将から受けた権限にも従わねばならぬ義務がある。
エッセン大将は滲み出る怒りに震えながら、この若造の背後にいるグラートバッハ上級大将の陰に屈しるしかなく、苦々しくも、諦めるしかなかった。
「もういい……勝手にしろ!」
エッセン大将にそう自棄に告げられ、エルヴィンは敬礼した後、テントを後にするのだった。




