1-11 無価値な意見
敵の数が味方の3倍である事を知ったエルヴィン。しかも、此方を半包囲する形で陣を敷いている。そんな事実を知った以上、カッセル少佐の下に向かい、その内容を説明した上で、ある意見を具申するしかない。
「隊長、撤退すべきです!」
「撤退だとっ⁈」
「このまま戦っても勝ち目はありません。もし戦えば、味方に多くの犠牲が出ます!」
撤退すればヴァルト村が敵の手に落ちるのは明白だろう。
しかし、村人は既に避難させ一般人に犠牲が出ることはまず無い。村はまた次の機会に、圧倒的優位な状況で奪還すれば良い。
数的劣勢の状況でワザワザ戦い、無駄に兵士の命を奪う必要は無いと、エルヴィンは考えたのだ。
そんなエルヴィンの意見を聞いたカッセル少佐。彼は非好意的な様子で葉巻を灰皿に擦り付け、告げる。
「撤退などありえん」
「何故ですかっ⁈」
「撤退すれば、私の階級が下がる!」
少佐の驚くべき発言に、エルヴィンは一瞬言葉を失った。
確かに、撤退すれば戦いに負け、隊長のカッセル少佐、それに副隊長であるエルヴィン自身の責任は免れず、階級降格は確実である。
しかし、それでも階級よりも守るべきモノがあるのもまた事実だ。
「隊長は、部下の命より自分の保身を優先するのですか? 彼らには未来があります! 家族や友人、恋人だって居ます! 彼らが死ねば多くの人々が泣く事になるのです! 指揮官である我々は、彼らの命を守る義務がある筈です! 階級を捨ててでも、彼らを1人でも多く守るべきではありませんか⁈ しかも、今回の戦い、我々に勝利はあり得ません! そんな戦いで兵士を無駄死にさせるべきではないでしょう!」
エルヴィンは必死で訴えた。
多くの兵士の命を守る為、家族の元へ返す為、指揮官として、上官として、彼らを守ろうとカッセル少佐に撤退する様訴えたのだ。
しかし、それがカッセル少佐に届く事は無く、逆にとんでもない言葉をエルヴィンは聞く羽目になる。
「兵士は死ぬ覚悟で戦場に来ている。ならば、兵士達は死んでも文句は言えん。其奴等の命を私の出世の為に使ったところで問題はないだろう」
カッセル少佐は顔色1つ変えず、兵士の命を軽視する発言をしたのである。
それに、流石のエルヴィンも、僅かながら憤りを感じ始め、拳を握り締める。
「死ぬ覚悟があるからと言って、死んでも良い訳ではありません! しかも、兵士を物みたいに言うのは……」
「物だろう? 兵士なんて只の消耗品だ!」
カッセル少佐の決定的とも言える発言に、エルヴィンの怒りを限界まで追い上がった。
確かに兵士は消耗品ではある。
戦闘の際数で判断され、200対100なら200が勝つ。個人の能力など考慮される事はない。
兵士が1人死んだら、それは死者1としてカウントされる。個人の人生など考慮されない。
それ等が考慮されるとすれば、それは軍の指揮官ぐらいだろう。
しかし、兵士1人1人には人生がある、家族が居る、恋人が居る、友が居る、軽々しく失わせて良い訳が無い。
カッセル少佐の言葉は、兵士の人生を軽んじるものだったのだ。
エルヴィンはそれが許せなかった。喉から怒りの言葉が出そうだった。
しかし、それを必死に抑えていた。
ここで怒りを表に出せば、指揮権剥奪という最悪な事態になることを予想していたからである。
エルヴィンは、怒りを拳を更に握り締めながら抑えつつ、もう1度意見を具申した。
「再度、撤退をお願いします……」
「しないと言っているだろう」
「再考を願います!」
「諄いっ‼︎」
カッセル少佐は座りながら机に握り拳を叩きつけた。
「この部隊の指揮官は私だ! 私が撤退しないと言えば、部下である貴様はそれに黙って従うのが通りだろう! これ以上騒ぎ立てるようなら、軍法会議も覚悟しろっ‼︎」
軍法会議。その言葉が出た時点で、エルヴィンが口を出す事は出来なくなった。
「フライブルク大尉、話はそれだけかね? 済んだのなら早く退出したまえ!」
エルヴィンは治らぬ怒りを抱えながら、カッセル少佐に礼儀として敬礼し、部屋を後にするのだった。
カッセル少佐の下から、早々と自分のテントへと戻ったエルヴィン。それをアンナは彼のデスク横に立ちながら出迎えた。
「お帰りなさいエルヴィン。隊長への報告、どうでしたか?」
「ダメだった……」
エルヴィンの少し怒りが混じった声色に気付いたアンナは、心配そうに彼を見詰め、その視線の先でエルヴィンは、デスクに座ると、足を机の上に乗せ、机の上にあった自分の軍帽を顔に被せ、気持ちを落ち着かせた。
「アンナ……」
「はい?」
エルヴィンはまるで燃え尽きたように、静かな元気のない声でアンナに語り掛ける。
「戦争なんて下らないね。部下の命より、自分の保身と出世を大事にする指揮官達が居る。その為に、一体どれだけの兵士が無駄死にしてきたのだろう……そんなモノを生み出す戦争とは、どれ程、下らない物なのだろうか……」
カッセル少佐を止められなかった自分、無駄な死を避けられなかった自分に、エルヴィンは憤りを感じつつも、流石に疲れたのか、静かに眠りについた。
只、静かに夢を見るエルヴィン。彼にアンナは、珍しく優しく微笑みを向ける。
「エルヴィン、ご苦労様です」
部下を想いながら指揮を執ってくれる上官、仲間の為に動ける友人を、アンナは誇りに思い、そんな心優しき青年を、彼女は愛おしく思っていたのだ。
折角、苦労から解放され、休めるエルヴィン。アンナは、そんな彼を起こさないように、そっと、テントを後にするのだった。




