4-56 再会
長い弁明の後、何とかアンナを思い止まらせる事に成功したエルヴィンだったが、当然、落ち度はあった為、説教は免れなかった。
テントの外で地べたに正座させられながら、反省させられながら俯くエルヴィンを、アンナは上から、呆れ混じりの憤怒の瞳で見下ろす。
「シャワーを浴びる場所。そう聞いて、メールス二等兵があの様な姿で居る、という事を、思い付かなかったのですか……?」
「彼女の事が心配すぎて……それに気持ちが集中してしまって……そこまで気が回りませんでした……すいません…………」
「私ではなく、メールス二等兵に謝って下さい!」
「申し訳ありません……」
エルヴィンの縮こまりながら真摯に反省している様子に、彼自身に悪気があった訳では無かったので、アンナもこれ以上、注意する事はしなかった。
その時、丁度、髪や身体を拭き、軍服を着直したテントから出てきたシャル。犬耳は軍帽で隠され、尻尾も服に隠され、いつもの姿で、彼女は2人の前に姿を現した。
「メールス二等兵、申し訳ありません。この阿保少佐が御迷惑を御掛けして……」
「ねぇ、アンナさん? 最近、私への扱い酷くなってないかな?」
「そうですね。エルヴィンがサボり癖を直さないからですよ?」
「いや……まぁ、そうなんだけどさ……一応、私は君の上官だし、貴族としての主人だし……何より、友達だろう? もう少し、優しく接してくれても……」
「いや、友達では無いですよ?」
「酷いなぁ……」
ちょっとした小芝居、喜劇を演じるエルヴィンとアンナ。その光景を前に、シャルは胸に秘めた疑問を、2人に投げ掛ける。
「あのっ!」
「「ん?」」
「……何とも、思わないんですか?」
シャルの質問の意味。それが分からなかった2人は、首を傾げた。
「何とも……とは、なんだい?」
更に疑問で返したエルヴィン。それに彼女は自分が抱える秘密について言及するしかなかった。
「私が……私が、獣人族である事を隠していた事にです!」
獣人族。約60年前まで奴隷階級として扱われていた種族。今現在でも、その名残である獣人差別が色濃く残っており、ゲルマン帝国では更に深刻だとされる。
そして、シャルロッテ・メールス。彼女はその差別対象である獣人族だった。しかも、人間族と偽りながら日々を送っていた。
下等な獣人族が、崇高な人間族を語った。それがこの国で何を意味するかは言うまでもない。
シャルはその恐怖に襲われていた。何をさせるのだろう、殴り、蹴られ、叩かれ、あるいは殺されるのだろうか? そんな恐怖に耐えながらも、彼女は2人に疑問を投げ掛け続ける。
「私は獣人族です……下等な、醜い、劣等種の獣人族です……それが身分を偽って、この部隊にノウノウと生活してきたんです。それが、どういう事か……殺されても、仕方のない事です……なのに……」
シャルは勇気を振り絞るように、右手を胸の前で軽く握った。
「なのに、なんで大隊長達は、何もしてこないんですか⁈ こんな私を前に、なんで平然としていられるんですか⁈ 答えてください‼︎」
増長する不安と恐怖。シャル自身、アンナやエルヴィン達の事を好いていたし、部隊の事も好きだった。
しかし、姿を偽っていた獣人族。そんな起爆剤がどんな効果をもたらすか。きっと良い物ではないだろう事は、シャル自身、分かっている。
だから、エルヴィンとアンナがそんな起爆剤を前にしても、いつも通り平然としている姿が、不気味に思えて仕方なかったのだ。
真実を知る恐怖で怯えるシャル。彼女を前にしながら、エルヴィンは頭を掻き、立ち上がった。
「えっとだね……」
とうとう告げられるエルヴィンの真意。遂に壊れるかもしれない幸せに、シャルは恐怖で鳴り響く心臓に手を当て、覚悟する。
ある目的を持って軍に入り、生活を送る内に出来た素晴らしき仲間達、癒される居場所。それが失われる恐怖。怖くてたまらなくも、我慢するしかない。
エルヴィンの真意、それが明かされる時、自分の幸せは崩れる。シャルはそう覚悟し、彼から告げられる言葉に黙って耳を傾ける。
エルヴィンが姿を偽ったシャル、それに対して彼は、
「それに、何か問題があるかな?」
そう、思っていた。
「確かに……種族を偽るのは、自分について他人へと嘘を教えているって事だから良くはないけど……でも、別に君が獣人族だと分かったからといって、あぁ、獣人族だったのか……って思うだけだけど?」
首を傾げ、シャルの様子を不思議がるエルヴィン。そんな彼の姿を前に、シャルはうっかり忘れていた事に気付く。
エルヴィン・フライブルク。彼は貴族でありながら亜人の従者を連れ、部隊の兵士達と友のごとく接する。
部隊の兵士達の中にも獣人族が居るにも関わらず、彼は兵士達と友の様に接する。
彼の底知れぬ優しさと、暖かみ溢れるその人柄を、彼女はすっかり忘れていたのだ。
そして、それは、シャルの目的が果たされていた事を確信させる。
およそ4年前、自分を強姦から助けてくれた青年に会う事。その少年が士官学校の制服を着ていた、それだけを頼りに軍に入り、そして、出会えた事を。
エルヴィン・フライブルク。彼こそが、4年前の恩人であり、自分の初恋の相手である事に。
初恋相手に出会えた喜び、その人が変わらず素敵な人物であった嬉しさ、そんな感情で不安は薄れ、心が満たされたシャル。
「あれ……? シャル?」
喜びで心が満ちている筈のシャル。しかし、彼女の顔を見てエルヴィンは驚きを隠せなかった。
シャルの澄んだ青い瞳から、次々と雫が零れ始めていたのだ。
エルヴィンが予想通りの素晴らしい人、その事実を知り、シャルは今まで溜めてきた不安、それから解放された反動で、意図せず涙が流れてしまう。
「あれっ? なんで……」
ポロポロ流れる涙。それ何度も手で拭いながらも、止まらず流れ続け、そして、遂にシャルは声を張り上げて泣いた。
「あれっ? これ私の所為かな……? ……えっ と…………どうしよう‼︎」
突然、泣き始めたシャルを前に、エルヴィンは戸惑い、混乱し、困り果てるしかなく、挙動不審な身振り手振りを始めた。
そして、その横で、アンナはシャルの様子である事に気付かされてしまう。
シャルロッテ・メールス。彼女もまたエルヴィンに恋心を抱いているという事実に。




