4-55 シャルの秘密
獣人差別。それについて話す内、エルヴィンはシャルの事が気になり始めていた。
獣人族の兵士と人間族の兵士が言い争っていた時、シャルは突然、怯えた様に震え出したからだ。
正確に言えば、人間族の兵士が放った1言。「獣人ごとき」を耳にした途端にである。
そして、自分を卑下するような発言「こんな私でも」。何より、治療中も外さない軍帽。これだけ揃っていれば、シャルのある事について、鈍感なエルヴィンでも、流石に気付く。
シャルの事が気になり、会いに行きたいと思いながら、アンナを怒らせてしまった後ろめたさがある為、行く事が出来ずにいたエルヴィン。
「アンナ、すまない……長々と話し過ぎたね。今話したのは只の自論だから、あまり気にしないでくれ」
「いえ、エルヴィンの意見には考えさせされる所がありますし、勉強になりますから……」
「そうかい? なら良いんだけど……」
アンナと会話して、改めて彼女と一緒に居るべきだと思ったエルヴィンは、シャルの事は、またいつか機会がある時に、という事にした。
そして、早速、書類仕事を再開する為に動き出す2人。
「あれ?」
アンナが一枚の書類を手に持ち、眺め、固まった。
「アンナ、どうしたんだい?」
「衛生兵小隊の資料に、必要のない書類がありまして……確認の時、つい見逃してしまったようです。届けに行かないと……」
それは幸か不幸か、エルヴィンにとってチャンスだと言えた。シャルに会いに行く口実になりえたからだ。
エルヴィンは不意に笑みを浮かべると、立ち上がり、アンナが手に持つ書類へと手を伸ばす。
「これ、私が届けに行くよ」
「いえ、兵士の誰かに頼めば済む事なので……」
「一応、用事もあるんだ。またの機会にと思っていたけど……早いに越した事はないしね」
この時、エルヴィンの様子に、アンナは疑いの目を向けた。
「まさか……仕事から逃げる気じゃないでしょうね?」
「今日はそんな事しないって! 信用ないなぁ……」
「そうやって逃げてきた自分に文句を言って下さい!」
呆れ溜息を吐くアンナだったが、今回はエルヴィンに嘘を言っている様子はなかったので、渋々、行かせる事にした。
「ありがとう、アンナ」
そう言い残し、書類1枚を持ってテントを後にしたエルヴィン。
しかし、その背中を見たアンナは、やはり心配という感想しか、持つことが出来なかった。
少し歩き、野戦病院まで来たエルヴィンは、シャルを探しがてら、ウルム准尉に、余計に入っていた書類を渡した。
しかし、テント内をいくら探しても、彼女の姿は見えない。
「ウルム准尉、メールス二等兵が何処に行ったか知らないかい?」
「彼女なら、今頃シャワーを浴びていると思いますよ? この時間は使う兵士は少ないから、と……」
「自分の姿を誰にも見られたくないのか……やっぱり……」
「やっぱり?」
「いや、何でもない……」
エルヴィンの脳裏にはある推測が過ぎり、ウルム准尉の話で、それは確信へと変わった。
ウルム准尉からシャルの居場所を聞い後、エルヴィンは早速その場所へ向かった。
エルヴィンの推測、それはシャルが隠している事の内容。
その内容自体に問題は無い。問題なのは、それを隠している事、そのものであった。
それがどうしても気になってしまったエルヴィン。シャルへの心配を募らせながら、彼は仮設シャワーが設置されているテントに到着し、天幕に手を掛け、直ぐに中へと踏み入った。
「…………あれ?」
テントの中を眺め、唖然と立ち尽くしたエルヴィン。それは当然の反応だと言える。
彼の目に飛び込んで来た光景。それは、精巧なラインを描く身体、雪の様に白く綺麗な肌、柔らかそうな二の腕、年齢にしては少し膨らみのある胸部。シャルが、一糸纏わぬ姿で、水の雨を浴びながら、突然現れた彼の方をキョトンと見詰めて立ち尽くしていたのだ。
「……これは…………やって、しまった…………」
シャワー。それだけ聞いてエルヴィンは気付くべきであった。
身体を洗う場所、肌に直接水を当てる場所、ならば、彼女が何1つ着ていない状態でいるのは当然である。
エルヴィンはシャルを心配するあまり、思慮が欠けてしまっていたのだ。
「いや! これは……その……えっと…………」
場合によっては刑罰に処される失態。それに、エルヴィンは、言い繕おうとそれらしい言葉の羅列を模索したが、即座に諦め、シャルの悲鳴と制裁を覚悟する。
しかし、彼女が悲鳴をあげる事はなく、シャルは身体を隠すようにしゃがみ込み、蹲ると、怯える様に震え始めた。
その様子を見たエルヴィンは、「やっぱり」と1言、心の中で漏らし、眉をしかめる。
シャルの頭と腰には、髪と同じ白銀色の、犬の様な耳と、尻尾が付いていたのだ。
シャルロッテ・メールス。彼女は"獣人族"だったのである。
怯え、蹲るシャル。エルヴィンは彼女を励まそうと、話し掛けようと手を伸ばし、片足を出し近付こうとするが、咄嗟にある事に気付き、足を止め、手を引っ込める。
流石にこの状態で話しかけるのは良くないよね……。
そう、彼女は今、裸であり、それと同じ空間に異性の男が、承諾無しでいる自体が許されざる行為。そんな中、それを無視して話かけるなど言語道断だと言える。
「流石に時間を改めよう……」
理性が上手く機能したらしく、エルヴィンはそう考え、テントから出ようと思考を動かした。
「何しているんですか? 貴方は……」
突然、発せられた声。エルヴィンの声ではない。シャルの声でもない。テント出口より、聞き慣れた別の女の子の声が聞こえてきたのだ。
それは、エルヴィンにとって、現在の状況で最も聞きたくなかった声だろう。
彼は顔色を悪くし、ギコギコと首を鳴らしながら、ゆっくりと背後を振り向き、声の主を確認する。
そこには、目を細めたアンナが、軽蔑の視線をエルヴィンに向け、立っていたのだ。
その瞬間、エルヴィンは冷や汗をダラダラと流し、どう弁明するか頭を捻りだす。
「アンナさん……これは……」
言い訳を考えるエルヴィン。それを前にしたアンナは、暫く黙って軽蔑の視線を向け続けたが、次に真逆の晴れやかな笑顔を浮かべた。
「憲兵、呼んできます……」
そう言い残し、踵を返して、テントを去って行くアンナ。それに、エルヴィンは彼女の背中へと手を伸ばしながら、弁解を求め、慌てて追い掛ける。
「アンナさん、違うんだこれは……事故で……待って! 頼むから待ってくれぇえっ‼︎」
そんなエルヴィンとアンナによるちょっとした喜劇。それを目の当たりにし、震えていたシャルも少しばかり怯えが薄れるのであった。




