4-48 少佐と大尉
ジーゲン中尉とガンリュウ大尉の戦い、それを見ていた兵士達の気分は、最高潮に達していた。
「ガンリュウ大尉とジーゲン中尉の戦凄かったな!」
「俺もやりたくなってきたぜ!」
気分が盛り上がった兵士達は、その気持ちを発散させようと、賭けに参加していた者も含めて、次々に相撲の試合を始めていく。
そこにはもう沈んでいた空気は存在せず、兵士達の士気の上昇、それが達せられた事を確認するのは容易だろう。
エルヴィンは目的が達成出来た事に安堵し、肩を撫で下ろした。
「上手くいったな」
そう言ったのはガンリュウ大尉だった。
「兵士達の士気を上げる。思惑としては成功と言って良いんじゃないか?」
「いや、思った以上だったよ。ジーゲン中尉と君の試合で兵士達、かなり熱くなっていたからね。確かに、あの戦いは観ていて面白かったよ」
笑みを浮かべつつ、2人の戦いを褒め讃えたエルヴィン。しかし、その表情は少し沈んでいた。
「観ていて楽しかった。楽しかったんだけど……君が勝ったから、ジーゲン中尉に賭けていた私は大損だよ……」
「そりゃあザマァないな」
「君ね……」
エルヴィンを無愛想ながら罵るガンリュウ大尉。しかし、その表情には、会った当初の憎しみという物は微塵も感じられなかった。
「にしても、相撲なんてよく知っていたな、お前……だが、試合開始の掛け声、あれは間違いだ。普通は、はっきよぉ〜い、じゃなく、はっけよぉ〜い、だ。それだけじゃない……始まりの合図に「残った!」何とは言わん上、選手名の後に山と海しか付けなかったのは頂けない。もう少し、レパートリーを増やすべきだ。他にも、お前の行司には色々問題点があり過ぎる」
「なかなかに細かいね……仕方ないじゃないか。相撲については、私は一般知識にすら届いていないんだ。所々綻びが出るのは仕方ないよ」
「一般知識? まるで周りの人間の多くが知っているという言い草だな……」
「あっ!」
転生者としてのボロを出してしまったエルヴィンは、目をキョロキョロさせながら、言い訳を考えた。
エルヴィンは東方の本を読み、相撲という物がこの世界にも存在するという事は知っていたが、他は前世の知識で補っていた。その為、うっかり口を滑らせてしまったのだ。
「えっと……そう! 君達鬼人族が持っている知識よりも少ないって事だよ!」
冷や汗を流しながら、少し必死に誤魔化すエルヴィンに、ガンリュウ大尉は目を細め疑いの目を向ける。
しかし、別に気にする程度の話でもない為、話題にはしなかった。
「まぁ良い……」
ガンリュウ大尉の興味が削げたのを見て、エルヴィンは取り敢えず、誤魔化せた事に安堵する。
しかし、次に、話題を変えようとしたガンリュウ大尉が、途端に真剣な表情を浮かべ始めた。
「お前のお陰で、兵士達の士気を上げる事は出来た。だが……」
「これが何度も続く訳はない、だろう?」
「やはり、気付いていたか……」
《武神》との戦い。確かにその《武神》により部隊が壊滅しかけたのは事実だが、何も脅威は彼だけではない。
有能な指揮官、優秀な参謀、新兵だらけの部隊を捻り潰せる要因は多々ある。今後の戦いで、それにまたぶつからない理由などなかった。
「これまでは運が良過ぎた。私の指揮が良かったと君らは言うけど……やはり、運が良かった。その要因が大だろうね」
「ヒルデブラント要塞防衛戦。それがまだ終わった訳ではない。まだ長く続くだろう。そして、我々はこの戦いの内に、もう一度、有能と言える指揮官に、確実に当たる。その時、また同じ事ができるか……」
ガンリュウ大尉にはそんな不安がシコリとなって思考にこびり付いていたのだろう。全滅する姿が映る未来について考え、彼の眉が鋭くしかめられた。
しかし、それに対し、エルヴィンはふと、笑みを浮かべ始める。
「大丈夫だよ。……まぁ、100パーセント大丈夫とは言えないけどね」
その言葉に眉をひそめるガンリュウ大尉。しかし、エルヴィンが見ている方向を見て、彼は言葉の意味が理解できた。
「兵士達の顔が凛々しい。顔付きが最初より明らかに良くなっている……」
「多分、《武神》と戦ったのが、予想以上に兵士達の経験値になったんだろうね。まだ熟練の兵士には遠く及ばないけど、かなり兵士として成長したんじゃないかな?」
また笑みを浮かべるエルヴィン。それは、安堵する様な、思いやるような優しい笑みだった。
「これで、多くの兵士達を、また家族に会わせられるかな……?」
その発言を聞いた瞬間、ガンリュウ大尉の瞳が、エルヴィンを、輝かしく、誇らしく写し出した。
部隊の兵士達が成長し、部隊が強くなった。それにより望んだのは、"戦いの勝利"ではなく、"兵士達を家族と会わせる"であり、それはエルヴィンがどれ程、兵士達を思い、心配し、大切にしているか、それを感じ取る事が出来る言葉だったのだ。
そして、ガンリュウ大尉はそんな隊長、上官の下で戦える事を、不意にも光栄に思ってしまってしまった。
「お前が上官で良かったかもな……」
「ん? 何か言ったかい?」
「いや、何も……」
ふとエルヴィンを賞賛してしまった自分に、ガンリュウ大尉は、誰の視界も向かぬ間に、ふと苦笑を零すのであった。




