4-45 士気を上げる
自分のテントで休んでいたガンリュウ大尉だったが、外から聞こえる賑やかな声で目が覚める。
「なんだ……? 騒がしい……」
ガンリュウ大尉は軍用ベットから起き上がると、寝起きの少しボサボサの髪のまま、無愛想な目の鋭さが寝起きの顔で更に増したまま、上着を着ずに、テントの外に出た。そして、ある光景が彼の目へと飛び込む。
「にぃし〜! ヴィリのやぁまぁ〜! ひがぁし〜! エゴンのうぅみぃ〜!」
相撲が始まる際の、選手名の読み上げが聞こえ、目が冴えたガンリュウ大尉。
「両者、見合って見合ってぇ……ハッキヨ〜イ……残った!」
その合図と同時に、上着を脱いだ2人の兵士が、地面に描かれた円の中でぶつかり合い、互いのズボンのベルトを掴み合いながら、押し合いを始めた。
「なんだ? これは……? ……いや、何かは分かる。だが何故、こんな事をやっている……?」
東方の島国で行われているとされる国技、"相撲"。それが遥か西方の、文化すら違うゲルマン帝国の地で行われている。それが、ガンリュウ大尉には理解できなかったのだ。
「ガンリュウ大尉、お目覚めになられましたか!」
ガンリュウ大尉が唖然と立ち尽くしていた所を、ジーゲン中尉が声を掛ける。
「ジーゲン中尉……これは一体……」
「あぁ、これは大隊長の命令でやっているんです。確か、相撲というやつですね」
「彼奴が⁈」
ガンリュウ大尉は驚いた。そもそも、純粋なゲルマン人であるエルヴィンが東方の島国の文化を知っていたという事が意外であった上に、何故かそれを部下達にさせている。ずっと寝ていて何も知らないガンリュウ大尉からすれば、理解不能な状況だろう。
「何故、奴がこんな事を命じたんだ?」
「あぁ、そうか! 大尉は知りませんでしたね」
寝ていてガンリュウ大尉が何も知らぬまま事が進んでしまっていた、という気付いたジーゲン中尉は、兵の士気が底まで落ちた事、そして、相撲はその士気を上げる行いである事を伝えた。
「なるほど……理由は分かりました。しかし、それで士気が上がるとは思えませんが……」
「確かに、それだけでは士気は上がりませんね」
相撲、1種のスポーツであるそれは、見る者、する者が多少は盛り上がりはするだろうが、落ちた士気を回復させるには、やはり物足りなかった。
しかし、それにある物を加えさせれば別である。
「ですが、ただ単に相撲をしている訳ではありません」
「というと?」
「各試合の観戦者に、どちらが勝つか、賭けさせているんですよ」
競馬であってもそうだが、ただ観戦するのはつまらない。しかし、それに賭けという要素が加わった場合、勝ち負け、お金を得た、失ったで一喜一憂する分、盛り上がりが出る。そして、その分、士気の回復に繋がるのだ。
しかし、東方人であるガンリュウ大尉としては、賭け相撲という単語を聞いて呆れるしかない。
「神聖な国技なんだがな。賭けをするのは、神々への冒涜なのだが……」
相撲とは本来、神への奉納を兼ねた武道であり、賭けをするなどもってのほかである。
しかし、今回のこれは、明らかに遊びの要素が強く、実際、遊び半分でする事も珍しくはなかった上、士気を上げるという立派な目的もある。不満はあるもののガンリュウ大尉は目を瞑ることにした。
「まったく……にしても、彼奴は、よく相撲の事を知っていたな」
「少佐は読書好きだと、前フェルデン少尉から聞いた事があります。その影響では?」
ガンリュウ大尉はこの時、不思議とジーゲン中尉の意見に納得出来ていなかった。「エルヴィン・フライブルク。彼奴には俺達の知らない何かがあるのではないか?」という奇怪な考えが浮かんでいたのだ。
しかし、何故そんな考えが浮かんだのか大尉自身にも分からず、その考えを頭を振って払った。
「何かって何だ? 何故こんな考んがえが浮かんだんだろうな……」
ガンリュウ大尉は自分の思考を心の中で嘲笑うと、話は戻り、ジーゲン中尉がある疑問を問いかける。
「そういえば、大尉も相撲というものをした事があるのですか?」
「えぇ、あります。 何故、そんな事を?」
「いえ、ゲルマン帝国に住む鬼人族は、40年ぐらい前に、東方から移住してきた者達だと聞いた事があるので……祖国の文化も、未だ引き継がれているのかな、と思いまして……単純な興味です」
ゲルマン帝国には鬼人族の村があるのだが、そもそも、鬼人族は遥か東方の島国に住む種族であり、その国独自の種族である。彼の国から遥か西方、ノース大陸の国である帝国に居るのは奇怪だろう。移住して来たと考えるのが妥当であり、実際に彼等は東方からの移住者達であった。
40年前、島国で起きた内戦に敗れた者達が、新天地を目指して西方へ旅をし、その結果、ゲルマンの地に辿り着いた。そして、当時の皇帝ギュンター1世の許可を得て、村を作り移住。現在のゲルマン鬼人族は、その時の生き残りに加えて、子、孫の代である。
「俺は移住2世ですので、東方の祖国の事は知りません。しかし、祖父からよく、その国の文化について教えられ、実践されられてきましたので、相撲も含め、祖国の文化はある程度できます」
「なるほど……それは、強敵になりそうですね」
ジーゲン中尉の最後の意味深な言葉に、眉をひそめたガンリュウ大尉。そして、その言葉の意味は、直ぐに分かる事となった。
「あっ! ガンリュウ大尉!」
兵士の1人が、ガンリュウ大尉の存在に気付いた。
「お〜いっ! ガンリュウ大尉が起きたぞ〜!」
「よしっ! やっとか……」
「待ち侘びたぜ‼︎」
兵士達は口々にガンリュウ大尉の復活に喜んだが、その喜び方が明らかにおかしかった。
「待ち侘びた? 俺が起きた事で、何か始まるのか……?」
ガンリュウ大尉がそう思った矢先、
「これより、マンフレート・ジーゲン対ヒトシ・ガンリュウの相撲勝負を始めたいと思います‼︎」
「…………は?」
あまりにも唐突な事に、ガンリュウ大尉は呆れ、唖然と立ち尽くすのだった。




