4-38 野戦病院にて
兵士達の士気を上げる策を考えながら、愚痴を零しながら、特に目的地も無く陣地を彷徨っていたエルヴィンは、知らぬ間に野戦病院の前まで来ていた事に気付く。そして、野戦病院の中から聞こえる、負傷兵達の悲鳴と、衛生兵達の声が自然と耳に入り、思考を止められる。
「誰かこっち手伝ってくれ‼︎」
「おい! 包帯はまだか‼︎」
絶えず飛び交う声から、治療に追われている、切羽詰まった衛生兵達の様子が容易に想像できたエルヴィン。 それにより中の様子が気になった彼とが野戦病院に入ると、予想通り、衛生兵達は休み無しと言った様子で治療に追われていた。
激痛で暴れる兵士を抑え、重傷の兵士の治療、怯え続ける兵士の精神ケア、やる事は山積みであり、彼が入って来た事にも気付く気配すらない。
そんな衛生兵達の様子を見たエルヴィンだったが、彼の表情に、苦い思いが現れる。
「やはり、軍医が居ないのは痛いな……」
第11独立遊撃大隊、新兵の寄せ集めである為、軍医が在籍していなかった。その為、衛生兵のみで負傷兵の治療にあたらねばならず、応急処置程度が関の山であったのだ。
更に、現在、負傷兵の中には瀕死の重傷の者も居り、沢山の負傷兵と合わさり、衛生兵達では到底処理出来ない状態であった。
「不味いなぁ……予想以上に、治療に手間が掛かっている。しかし、それにしても、これはすこし酷過ぎる様な気がするなぁ……」
経験不足の衛生兵全員、応急処置ぐらいしか出来ない筈なのだが、それにしては1人の負傷兵に時間を掛け過ぎている様にエルヴィンの目には映った。
「1人1人の動きが遅い。治療が終わっても、如何して良いか分からず、そのまま同じ兵士の治療にあたっている感じだ。そう、まるで、指示している者が居ない様な……」
指示する者が居ない。その考えが頭を過ぎった時、衛生兵小隊の隊長、ウルム准尉の存在を思い出したエルヴィン。そして、次に准尉の姿を見た時、彼は困った様子で頭を掻いた。
「耐えられなかったか……」
ウルム准尉はテントの隅で、バケツを手に蹲り、嘔吐を引き起こしていた。その表情は真っ青で、初めて会った時の自信は完全に消え失せていた。
負傷兵の中には腕や足を失った者も居た。それ等の惨たらしい姿、更に、激痛に悶え苦しむ悲鳴、鉄臭い血の匂い、傷口に集ってくるハエ、ありとあらゆる最悪な環境に精神を攻撃され、それに准尉は耐えられず、とうとう吐いてしまったのだ。
精神も回復せず、吐き続けるウルム准尉が指示など出来る筈もなく、指導者が機能しなくなった衛生兵達は、次にどの行動を取って良いか分からず、上手く身動き出来ないでいたのである。
何とか副隊長が代わりに指示を出していたものの、それでも、士官学校出のウルム准尉に比べれば知識量は足らず、的確な指示を出しているとは言えない。
「このままでは、負傷兵の治療が間に合わず、死者を出す恐れがあるな……」
エルヴィンはそう危惧し、ウルム准尉を立ち直らせようと、准尉に話し掛けようと歩みを進めた、
すると、1人の衛生兵が准尉に話し掛けるのが見え、エルヴィンは足を止める事となる。
「隊長!」
ウルム准尉が振り返り、話し掛けた部下の顔を見た時、その表情には力なくも、苦々しさが現れる。
「メールス二等兵……」




