1-9 迷子の偵察兵
共和国軍が敵の情報不足に苦しむ中、森の中では2人の帝国軍所属の偵察兵が迷子になっていた。
「ノイキルヒ……俺達、完全に迷子だよな!」
人間族の兵士が相方に呟くと、相方である獣人族の兵士が、帝国軍一般支給ボルトアクション式7.9ミリ少銃を構えて、震えながら答える。
「コトブス、それを言うな! 今、敵と遭遇するかも知れない恐怖が俺を襲ってるんだ。その恐怖が更に大きくなる!」
ノイキルヒとコトブス。2人は3日前にエルヴィンに敵情を報告した兵士達だった。
2人は、敵の情報を少しでも多く手に入れる為、敵陣地の偵察を行っていたのだが、途中で敵に見つかり、慌てて逃げだした。そして、なんとか敵の追撃は振り切れたものの、現在位置を見失ってしまい、森の中を彷徨っていたのである。
「まったく……帝国領なのに、帝国兵である俺たちが迷うとはなぁ……皮肉だねぇ……」
「コトブス、口じゃなく目を動かせ! 近くに敵が居るかもしれないんだぞ‼︎」
「そう張り詰めるなよ。俺たち兵士は運が悪ければ死ぬんだ。死ぬ時は、出来るだけ気楽に死にたいだろう?」
「お前、俺を安心させる気ないだろう!」
ノイキルヒは敵への恐怖心に襲われていた。彼自身、軍に入ったばかりで、今回が初めての実戦ということもあり、その恐怖心は人一倍であった。
コトブスも同じく初の実戦であり恐怖心があった。しかし、ノイキルヒと違いそれを表には出さず、軽口を言うことによってその気持ちを紛らわせていた。
そうやって2人が暫く歩いていると、突然コトブスが立ち止まり何かを見付ける。
「ノイキルヒ、あっち、森が拓けているぞ!」
そう言われ、ノイキルヒはコトブスが示す方に視線を向けた。そこには、森からの出口らしきものがあり、それに2人は安堵の吐息を零す。
「どうやら森から抜けれそうだな……」
「まぁ、森から出たら敵陣! なんて事になるかもしれないけどな!」
安堵感を悉く捻り潰したコトブスを、ノイキルヒは恨み辛みを込めて睨み付ける。
「なんだよ?」
「もし敵陣だったら、お前を囮にして逃げてやる……」
「事実を言っただけだろ? なんでそんな怒るんだよ!」
軽口を叩き、それを注意しながらも、なんだかんだで緊張感を和らげた2人。そして、彼等はゆっくり、姿勢を低くしながら、森の拓けた方に向かい、森から出る手前の茂みに身を隠した。
「ノイキルヒ、準備はいいな?」
「だ、だいじょうぶだ……」
「よし、いくぞ!」
2人は茂みから顔を出し森の外を見た。そして、そこには陣があった。
しかし、その陣を見た2人の顔は蒼白になる。
陣には共和国の国旗がはためいていたのだ。
「敵陣だったか……」
「お前が不吉なこと言うからだぞ!」
「俺の所為かよ⁉︎」
2人は近くに共和国兵が居ないか辺りを見渡した。
「早く逃げよう。敵に見付かったら終わりだ!」
「あぁ、そうだな!」
ノイキルヒはその場から離れようとし、コトブスもそれに付いて行った。
しかし、コトブスは去り際、ふと敵の本陣を見て、胸に突っ掛かりの様な物が引っ掛かる。
「これ……俺達が前に偵察した本陣か?」
コトブスが疑問を浮かべながらそう呟いた。そして、それを聞いたノイキルヒも立ち止まり、敵の本陣に視線を向ける。
「本陣は1つしかないだろう?」
「いや、前見た時と、なんか違うなと思って……」
「気の所為じゃないのか? そんなことより早く逃げよう! 敵に見付かる!」
ノイキルヒに諭されながらも、コトブスは敵陣をじっと見ながら考え込んだ。そして、ふとある事に気付く。
「旗だ、旗が違う! 部隊を示す旗のデザインが違う!」
「部隊の旗のデザイン?」
ノイキルヒは首を傾げながらも敵部隊の軍旗を見た。
「あれは、《武神》が率いる大隊の軍旗だ」
「《武神》?」
「知らないのか? 《武神》ラヴァル。共和国軍第203独立歩兵連隊、第3大隊の……」
それを聞いたコトブスは突然目を見開いた。心拍数も上がり、冷や汗をかき始め、そして、ノイキルヒの方を瞬時に振り向く。
「それは本当か⁈」
「あぁ、《武神》の部隊……」
「そこじゃなくて! 部隊の名前!」
「共和国軍第203独立歩兵連……」
その時、ノイキルヒも気付いた。そして、彼の顔も恐怖の表情に変わった。
「敵は1個大隊じゃなく、1個連隊?」
「敵の数は400じゃない! 最低でも約2倍は居る」
驚愕の真実に気付いた2人は慌て始める。
「早くこの事を部隊に知らせないと!」
「このままじゃ俺達は全滅だ!」
敵の予想外の戦力を知った2人は、その情報を少しでも早く部隊に伝える為、急いで本陣に戻ろうと動き出す。
「貴様等、何者だっ‼︎」
しかし、1人の共和国兵が2人に気付き、銃を向けた。
「クソ‼︎ 見付かった‼︎」
2人は全速力で逃げ出す。
「敵だ〜っ! 敵がいたぞ〜っ‼︎」
2人を見付けた共和国兵が仲間を呼び、周りに居た共和国兵達も駆け付け、2人を追い掛け始める。
「誰1人として逃すなぁあっ‼︎」
追撃の手が2人に迫る中、2人は全速力で味方の下へと走り続ける。
背後からは無数の弾丸が2人目掛けて飛び交い、2人は弾丸が後ろから襲ってくる中を必死で走る。
しかし、弾丸を全て避ける事は出来なかった。
共和国兵の放った銃弾が1発コトブスの右足に命中し、彼は態勢を崩し地面に倒れ込んだのだ。
「コトブスっ‼︎」
ノイキルヒは相棒の名を叫び、立ち止まってコトブスに寄り添った。
足に入った弾丸。それにより、コトブスはもう走ることが出来なかったのだ。
"このままでは2人とも敵に捕まる"そう悟ったコトブスは、勇気を出し、相棒に告げる。
「ノイキルヒ、お前は行け……!」
「だが……」
「何としても、敵の情報を本陣に伝えければならない……頼む! 部隊の仲間達の為に行ってくれ……」
ノイキルヒは最初渋りながら、なかなか動こうとしなかった。
しかし、コトブスの決意を無駄にしてはいけないと、相棒との別れを辛そうに奥歯を噛み締めながらも、仲間達を救う為、本陣に向かい、立ち上がろうとした。
するとその時、前方から銃声が響き、それと同時に後ろの共和国兵の1人が倒れる。
「何だっ⁉︎」
突然の攻撃に怯んだ共和国兵達。それに間髪入れず前方から複数の銃声が聞こえ、それと共に数多の弾丸が共和国兵を襲い始めた。
「クソッ! 新手か‼︎」
共和国兵達は突然の敵襲に混乱する。
「こままじゃ不味い……撤退だ! 撤退しろっ‼︎」
虚を突かれ、勝利出来ない事を悟った共和国兵達は、コトブスとノイキルヒの追撃を諦め、直ぐ様撤退した。
突然の援軍、突然の敵の撤退に、唖然と口が開いたまま塞がらないコトブスとノイキルヒだったが、前の茂みから4、5人の男達が出てきた事により、そちらに目線を向ける。
「お前等、大丈夫か?」
男達は帝国兵だった。
2人は、敵偵察兵を叩く為に動いていた第1中隊の兵士達に、偶然助けられたのだ。
味方が現れた事により、その安心感でコトブスとノイキルヒは、緊張の糸をプツリと切らし、ホッとしてドッと力が抜けた。
「「た、助かった〜……」」
2人は同時にそう口にした。
味方に助けられ、命が助かった2人だったが、まだ、やらねばならぬ事がある。
その目的を果たす為、2人は、ノイキルヒが負傷して歩けないコトブスに肩を貸し、帝国兵達に連れられ、本陣へと戻っていくのだった。




