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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第4章 ヒルデブラント要塞攻防戦
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4-36 悔しさと

 一通りの経緯をラヴァル少佐から聞いたトゥール少佐は、当事者である兵士達程ではなかったが、苦味混じりの憤りを味わっていた。



「まさか、こんな初歩的な策に引っかかるとは……屈辱的で、悔しいなぁ……」


「本当にしてやられましたよ。見事に策に嵌り、悠々と敵を逃してしまいましたからな」



 悔しそうな言葉を並べたラヴァル少佐だったが、その様子をトゥール少佐は、呆れた様子で目を細める。



「悔しそうに言う割に、何でそんな嬉しそうなんだ?」



 ラヴァル少佐の顔には、言葉とは裏腹に笑みが浮かんでいたのだ。


 そんな彼を見ながら、トゥール少佐は嘆息を(こぼ)す。



「お前さん……強敵を見つけた際、まるで格好の獲物を見付けた様に嬉しそうにするよな? 今回の戦いでも多数の同胞が奴等に殺された。余り、そんな顔を部下達に見せんでくれよ? ……まぁ、手遅れだろうがな」



 苦笑いしながら少し反省の色を見せるラヴァル少佐。強敵と巡り合う事を楽しみに、帝国との戦いに従事している彼にとって、今回の敵は、やはり御眼鏡にかなう存在だったのだ。



「しかし、今回の敵……このやり口、似ているなぁ……」


「いや、間違いなく奴でしょう」



 2人の頭の中に1人の敵の存在が浮かび上がる。



「ヴァルト村の時の敵指揮官。今回の敵は其奴(そいつ)だろう。まさか、また相対することになるとはなぁ……」


「別に凄い事をしている訳では無いが、我々の意表を突いてくる。正面からの衝突をクルリとかわし、予想外の方向から傷を与える曲者」


「お前さんとは相性が悪いんじゃないか?」


「だから面白いんですよ! 俺に、命の危機を感じさせてくれる。本当の殺し合いができる。こんな喜ばしい事は無いでしょう!」



 ラヴァル少佐は獲物を狙う猛獣の様な瞳をギラつかせ、闘志に満ちた獣の様な笑みを浮かべた。その様子は(さなが)ら、(いにしえ)化物(けもの)を彷彿とさせた。


 その様子を間近で見たトゥール少佐は、一瞬恐怖し、標的に定めされた敵に同情し、ラヴァル少佐が味方である事に心底安堵した。そして、それを誤魔化す様に話題を振る。



「それにしても……本当に何者だろうな? その指揮官」



 トゥール少佐の言葉を聞き、ラヴァル少佐は元の表情に戻す。



「一応、情報部に居る友人に調べて貰っているんですが……この戦いの間には分かるかと……」


「おいおい、そんな事して大丈夫か? 情報部が下手に外部に情報を漏らすのは軍規違反だぞ! 最悪、漏らした先のお前さんも軍法会議に掛けられる可能性が……」


「大丈夫ですよ! それ程、重要な情報じゃ無いですし」


「それでも、漏らす方の友人殿は間違い無く情報部から追い出されるぞ?」


「バレなきゃ良いんですよ! バレなきゃ!」


「やれやれ……その友人も気の毒な事だな……」



 トゥール少佐はその友人の苦労を察し、嘆息を(こぼ)すのだった。




 その後、当たり障り無い会話をし、事後処理の為テントを後にしたラヴァル少佐。彼が外に出た時、空は暗闇が覆っていた。雨が降りそうな雲が空一面に広がっており、月明かりすら届かない。


 そんな中、辺りを焚き火やテントから伸びる光に照らされ、その灯を頼りに、兵士達が瓦礫や燃え滓などを片付けていた。


 彼等の様子を眺めながら、ラヴァル少佐は、ふと敵にしてやられた時の事を思い出す。




 敵の策に嵌った事を察した共和国兵達は、やり場の無い怒りをどうすれば良いか考えた。そして、1つの結論に至る。



「敵を追うぞ!」


「この屈辱、晴らしてくれるわ‼︎」



 口々に奮い立たせる様に叫び出す共和国兵達。彼等の士気は最高潮に達し、今にも帝国軍の追撃を行う勢いだった。


 しかし、それでも指揮官の指示が絶対であり、指揮官の賛同が無ければ遂行できない。



「少佐、敵を追撃しましょう! 奴等に目にもの見せてやろうではありませんか!」



 そう進言しながらラヴァル少佐の方を振り向いた1人の士官。


 すると、彼の顔に驚きの表情が現れる。


 ラヴァル少佐は笑っていた。狂った様に、愉快そうに、嬉しそうに、腹を抱えて笑っていたのだ。


 笑い声を聞いた兵士達は、予想外の状況に頭が追い付かず、ただ唖然と、笑い続けるラヴァル少佐に視線を向けるしかなかった。



「しょ、少佐?」



 ラヴァル少佐は一通り笑い終えると、言葉を失う兵士達を見渡し、流石にタイミングが悪かったと、笑みを抑えた。



「悪い悪い……敵の追撃だな。全員、逃げた敵を追うぞ!」



 望んだ指示を得た兵士達だったが、先程のラヴァル少佐の奇妙な笑いを見た所為で、当初程の士気は感じられなかった。彼の笑いの意味に思考が傾いていたのである。


 そんな事とは露知らず、ラヴァル少佐は足を走らせながら強敵の事を考えた。


 今、追った所で追い付かんだろうが……しかし、何故だか、この敵とは、また違う機会に会う気がするな。


 別に根拠は無かった。しかし、ラヴァル少佐は不思議とそう感じていた。


 「もう一度会いたい」と、心の中で念じながら。




 その後、ラヴァル少佐達は逃げた帝国兵達を追ったが、日が沈みきってしまっていた為、暗闇が邪魔をし、結局、追撃を断念する事となった。

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