4-34 代理指揮官
ラヴァル少佐は帝国軍の援軍を追い払った後、野戦病院となっているテントに入った。そして、1人のベットで横たわる兵士の下を訪れる。
「よぉ、ラヴァル少佐……無事だったか」
「当然ですよ。其方こそ大丈夫ですか? トゥール少佐」
サディ・トゥール少佐。ヴァルト村の戦いの際、ラヴァル少佐と共に、ヴァランス大佐の下で戦った戦友である。
この陣地の守備隊は、本来は彼の麾下の部隊であった。
少し顔色の悪いトゥール少佐は、起き上がると、咳き込みながら口を開く。
「すまんな……部隊の指揮を押し付けて。まったく、こんな時に体調を崩すとは……自分の事ながら情け無い」
「まぁ、仕方ないですよ。いつ、敵が攻めて来るかもわからん状況で、精神が磨り減っていたんですから。ぶっ倒れても無理はないでしょう」
「俺と10歳以上も歳下なのに、約2個大隊壊滅させ、分担場所とは別の拠点の防衛を成功させたお前さんに言われると……何か、嫌味に聞こえるな」
苦笑するトゥール少佐。
「まぁ、今回は、お前さんが指揮を代わってくれたから、俺はゆっくり療養できた。本当に感謝せねばな」
「いや、今回は少佐の運が良かったんですよ。俺が偶然、捕虜の輸送途中に此処を通った時、少佐が倒れた事を聞き、指揮を代わる事が出来ましたんで」
「まさか、指揮官自ら敵捕虜の輸送をしてるとはなぁ……お前さんの陣地は大丈夫なのか?」
「サルセル大尉に後は任せているから大丈夫ですよ。俺の部下達は優秀なんでね」
「本当に、嫌味にしか聞こえないな……」
自慢げに話すラヴァル少佐に、トゥール少佐は僅かばかり悔しさを感じならも、2人の間に邪険な様子は無く、戦友としての親愛関係が見てとれた。
「さて、そろそろ今回の戦闘報告を聞かせてくれないか?」
トゥール少佐は部隊の指揮をラヴァル少佐に任せていたとはいえ、部隊の指揮官として、部下達の様子を聞かない訳にはいかなかった。
それを察していたラヴァル少佐は、敵が攻撃を仕掛けた時から順を追って詳細に話し始める。アジャン中尉が戦死した事も含めて。
「そうか……アジャン中尉が死んだか……」
トゥール少佐は涙は流さなかったが、その表情には悲しみが見てとれた。
「彼は優秀な若者だった。将来は良き将になれただろうに……やはり、若者が先に死んで行くのは、堪え難い物があるな……」
トゥール少佐は現在42歳。アジャン中尉は21歳と、親子と言ってもおかしくは無い年齢差である。
親子程歳が離れた兵士。それは息子と同様の存在に思えた事だろう。
そんな存在を失ったトゥール少佐の喪失感はとても大きかったのだ。
「それで、アジャン中尉を討ったのが……その、"ガンリュウ"とかいう兵士だったんだな?」
「はい」
「アジャン中尉もかなり強かった。それを、実力差を示して勝った兵士か……しかも、お前さん相手に1対1で生き延びたんだろ? これは将来、共和国の脅威になるかもなぁ……」
トゥール少佐は腕を組み、真剣な表情で、共和国の将来に於ける強敵について考えた。そして、話は自然と、もう1人の強敵の事に移る。
「で、そのガンリュウの上官、事実上の敵の指揮官。其奴が、お前さんを相手にしながら、見事、逃げ切ってみせた訳だ」
ラヴァル少佐の実力は当然、トゥール少佐も知っている。彼と戦った敵部隊の大半は、全滅するか、降伏するかのどちらかであった。
そんな強敵を相手に、見事、逃げ切ってみせた敵の指揮官。それに興味を持つのは当然と言える。
「敵の指揮官は如何やって、貴官等から逃げ切る事が出来たのだ? 教えてくれるか?」
それに黙って首肯したラヴァル少佐は、そのまま続きを話し始めた。敵指揮官が如何やって逃げたのか、どの様な策を用いて逃げ切ったのかを。




