4-33 逃走
戦場を駆けた爆発音。その音は、帝国、共和国、両兵士達の思考を真っ白にし、ラヴァル少佐の笑顔を始めて崩れさせる。そして、1番早く思考を戻したのは、やはりラヴァル少佐であった。
「何があった!」
ラヴァル少佐の声で共和国兵達は正気に戻ると、1人の兵士が駆け寄り、少佐に報告した。
「陣地後方にて爆発! 敵の魔法によるものと思われます!」
「なんだと⁈」
ラヴァル少佐は耳を疑った。
陣地後方では、共和国兵の一部が森に隠れる帝国軍の兵士と、銃の撃ち合いを行なっていたのだ。
「帝国軍の援軍か……」
「少佐、兵のほとんどを此方に回した所為で、後方が手薄です。このままでは……」
「分かっている。総員! 一部の兵士をこの場に残し、後方の帝国軍を応戦に向かう!」
少佐の指示の下、共和国兵達は陣地後方に向かうが、その去り際、ラヴァル少佐は森の奥を見詰めると、僅かに微笑みを浮かべた。
彼の視線の先。それは偶然なのか、そこにはエルヴィンの姿があった。
「大隊長、チャンスです! このまま敵の背後を突けます!」
士官の1人がそう進言したが、エルヴィンはその策を是としなかった。
「いや、無理だね……味方の疲労が尋常じゃない。敵もそれを見越して、渋らず後方の援護に向かったんだ。今は、逃げる事に専念しよう」
エルヴィンはそう告げると、総員に即時撤退を命じた。
その後、エルヴィン達は共和国軍の追撃を受けながらも、敵兵の数が減った事もあり、すんなり逃げ切ることができた。
「なんとか間に合ってくれたね……」
エルヴィンが安堵の吐息を吐いたと同時に、偶然、森から人影が現れる。
「エルヴィン、どうにか上手くいきましたね」
アンナがスコープ付きライフルを肩に掛けながら、同じくスコープ付きライフルを肩に掛けた兵士達と、杖を持った兵士達数名と共にエルヴィン達と合流したのだ。
「アンナ、お疲れ様。お陰で助かったよ」
「いえ、エルヴィンの策が良かったんですよ。まさか、本当に引っ掛かってくれるとは思いませんでしたが……」
「情報量の差だね。此方は敵の戦力を把握していたが、敵は此方の戦力を知らなかった。それが作戦の成否を分けた」
「今頃、敵は悔しがっているでしょうね」
「そう、だね……」
エルヴィンはそう言いながら、周りの味方の様子を見て、少し沈んだ表情を見せた。
兵士達には覇気が無く、精神的ダメージが表情に色濃く現れていたのだ。
「今回の戦いで、おそらく味方の半数を失った。私が敵兵力の質まで調べさせていれば、もう少し減らす事が出来たのにな……」
「エルヴィン……」
兵士達の暴走。それを予期しておきながら、何も対策しなかった。
《武神》の登場、それを予期出来た筈なのに出来なかった。
それ等が自分への憤りとなって、エルヴィンを襲っていたのだ。
しかし、それを振り払うように彼は頭を振る。
「いかん、いかん……終わった事を悔やんでも仕方ない。私がすべき事は、この失敗を次に生かす事だ! 彼らの死を、別の死の回避に役立てる事だ! 気持ちを切り替えよう……取り敢えず、まずは生き残った兵士達を、出来るだけ故郷に帰す事に専念しないとね」
「そうですね」
自力で立ち直ったエルヴィンに、アンナは安堵し、笑みを浮かべた。
「それにしても……《武神》、噂には聞いていたけど、実際に相手してみて、あれ程恐ろしい敵は他に居ないと感じてしまったよ」
「大尉でも相手になりませんでしたからね」
「次、会う時の為に、何か対策を練っておかないとな……」
エルヴィンは顎を摘んで考え込み、それにアンナは首を傾げる。
「ワザワザ考えなくても、戦場は広いですから、《武神》に会う機会はもうほとんど無いと思いますが……?」
「ほとんどだろう? その僅か数パーセントを引き当てた時に、何も対策練って無かった方が恐ろしいよ。それに……」
「それに?」
「何故か、近いうちにもう一度、会いそうな予感がするんだよね……」
別に根拠は無かった。しかし、エルヴィンは不思議とそう感じてしまう。
「二度と会いたく無い」と、心の中で念じながら。




