4-31 武神と鬼人の剣士
帝国軍の兵士達は、追撃する共和国軍に応戦しながら、少しずつ森に撤退していった。その中でも、ガンリュウ大尉が最も辛い戦闘を強いられていただろう。
《武神》を相手に、直ぐにでも逃げ出したかったが、後ろを見せれば死は確実であり、万が一逃げ切れたとしても、他の味方が次の標的になるのは明らかであった。
勝利は絶望的でありながら、彼は逃げ出すことができず、しかも、長時間の戦闘で体力は底を尽きかけ、足や腕に限界が訪れていたのだ。
それを余所に、ラヴァル少佐は汗一つかかず、息も乱れず、白い歯を見せながら、満面の笑みで戦闘を楽しみ続ける。
「どうしたガンリュウ‼︎ 先程より動きが鈍いぞ‼︎」
ラヴァル少佐の大剣の重さを感じさせない斬撃の連続を、ガンリュウ大尉は何とかいなしながら、度々彼の身体を斬り付けた。
しかし、やはり金属が擦れる音を奏でるだけで、《武神》の身体には傷1つ付かない。
ガンリュウ大尉は態勢を整える為、もう1度《武神》から距離を取り、ラヴァル少佐はその様子を愉快そうに眺める。
「まさか、ここまで耐えるとはな! 実に嬉しいぞ‼︎ こんな敵が帝国に居たんだ、帝国との戦いも捨てたもんじゃ無いな‼︎」
ラヴァル少佐はガンリュウ大尉を賞賛したが、大尉本人は少しも喜ぶ気にはなれなかった。
大尉が満身創痍の状態なのに対し、《武神》は敵を賞賛できる程の余裕があるという事だったからだ。
圧倒的武、圧倒的存在を前にし、ガンリュウ大尉は、自分の苦境を呪わずにはいられなかった。
しかし、彼の戦意そのものは失われていない。
ガンリュウ大尉は剣先を《武神》へ向け、闘志を燃やし続ける瞳で彼を睨み、その様子を見て、ラヴァル少佐に更なる高揚感を与えた。
「最高だ! 貴官は最高の敵だ‼︎ 俺相手にここまで戦い抜いた奴は初めてだ! いままで、貴官程の武人は居なかった‼︎」
ラヴァル少佐には歓喜が溢れていた。
《武神》と呼ばれる程強く、最強と呼ぶに相応しい実力と力を備えた最強の武人。しかし、それは1つの孤独を生んだ。
最強という事は、上が居ないという事、越えるべき人物が居ないという事である。
武を生き甲斐にするラヴァル少佐にとって、それは、先の無い道に立っている様な物だった。
だからこそ、自分に届きそうな猛者、自分を越えそうな強者との出会いは、彼に新たな喜びを味合わせるのだ。
「本当であれば貴官を見逃し、俺に届く実力を付けた後、本当の死合いをしたかった。だが……」
ラヴァル少佐は武人ではあるが、軍人でもある。
軍人、祖国のために命を尽くす仕事である以上、戦いを勝利という形で終わらせなければならない。ガンリュウ大尉を殺す事によって。
「そろそろ終わりにしなきゃならん。これは戦争だからな」
「なるほど……確かにそうだ」
ガンリュウ大尉は刀を鞘に収め、姿勢を低くし、居合の構えを取った。
ラヴァル少佐も大剣を両手で握り、大振りの構えを取る。
「そん、じゃあ……」
「決着を付けるとしよう……」
その言葉を最後に、2人は口を閉ざし、辺り一帯を沈黙が覆う。
2人は、互いが隙を見せるのを待ち、両者の間合いを見極めようと鋭く互いを観察する。
そして、遂にガンリュウ大尉が足に身体強化を加え、強化された脚力を使い、地面を蹴った。
目にも止まらぬ速さでラヴァル少佐の懐に入ったガンリュウ大尉は、鞘に収めた刀を抜き、少佐の胴を居合と共に斬り付ける。
しかし、やはり、傷1つ付かず、ガンリュウ大尉は苦い顔をして終わる。
それによりガンリュウ大尉の居場所を瞬時に察知したラヴァル少佐は、間髪入れずに、大剣を彼目掛けて思いっきり横に振った。
それに、ガンリュウ大尉はもう一度脚力を強化すると、地面を思いっきり蹴って上にかわし、その際に、ラヴァル少佐の首を斬り付ける。
しかし、またも強力な身体強化に阻まれ金属が擦れる音を響かせた。
ガンリュウ大尉はまた苦い顔をしながら、ラヴァル少佐の身体を蹴り、すぐに少佐から距離を取る。
それに対し、ラヴァル少佐は直ぐに脚力強化を加え、瞬時にガンリュウ大尉の目前に迫ると、剣を大きく振り上げ、勢いよく振り下ろした。
ガンリュウ大尉は防御しようと、刀を頭上で横にするが、突然、彼を脱力感が襲う。身体強化が切れてしまったのだ。
しまった、魔力を使い過ぎた……。
ガンリュウ大尉の脳裏に死の一文字が浮かび、《武神》の刃が大尉の頭上に迫る。
すると、突然、ラヴァル少佐の頭が、爆発音と共に黒い煙で覆われ、振り下ろされた剣は大尉を避けて地面へと叩き付けられた。




