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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第4章 ヒルデブラント要塞攻防戦
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4-29 武神

 それは、最悪の状況、最悪のタイミングの登場だった。


 全面崩壊を紙一重で阻止している状況で、単騎で戦況をひっくり返せる猛者が現れてしまったのだ。


 エルヴィンの表情には苦々しさと、焦りが色濃く浮かんでしまう。



「最悪だ……後方部隊と先頭部隊が離れ過ぎいる状況で、一刻も早く撤退しなければならないこの状況で、《武神》……共和国でも最強と呼ばれる魔術兵が現れるとは……」



 "《武神》ラヴァル"その名は当然エルヴィンも知っていた。

 かつて、帝国側の砦1つを、およそ400人の守備隊が居るにも関わらず、単騎で陥落させ、更に、無傷で平然と帰還し、帝国はおろか、共和国すらも震え上がらせたのは有名な話である。

 そして、その異常な戦果から、帝国、共和国の兵士達から"《武神》"と恐れられる様になった。


 《武神》が実際に戦った所をエルヴィンは見た事が無いが、その話を知っていれば、《武神》がどれ程、恐ろしい存在なのかは理解できる。

 そして、《武神》登場により、1個大隊と2個中隊が行方不明になった原因を察する事も容易だった。


「おそらく……ここ2日で大隊と中隊2つが行方不明になったのは、間違いなく《武神》の仕業だろう。だけど……行方不明になった敵拠点から、此処(ここ)まではだいぶ距離がある筈だ……では、何故、彼が此処(ここ)に居るんだ?」

 


 エルヴィンは1つの疑問を抱えながらも、それを振り払うように首を横に振った。



「今、こんな事を考えても仕方ない。それよりも……」



 エルヴィンは思考を直ぐに切り替えた。


 事実上、《武神》の力を考えて、敵の戦力は2個大隊以上ある事になる。更に、味方は殆どが新兵であり、個人的な実力差にも雲泥の差がある。

 そして現在、一部の味方の暴走で、先頭部隊が前に出過ぎて、味方の隊列が伸び切っていた。ジーゲン中尉達が何とか部隊の分断を防いでいるが、それもそろそろ限界だろう。



「早く対策しないと……本当に不味い事態になる」



 エルヴィンの思考を危機感が駆り立て、打開策を必死に考えさせた。


 降伏か全滅か生還か、部隊の命運が彼の肩に重くのしかかっていたのだ。


 そんな切羽詰まる彼の姿を、アンナは心配そうに見詰めるのだった。




 《武神》と相対した先頭部隊の帝国兵達は、次々に彼へと立ち向かって行く。



「オオオオオオオッ!」


「覚悟ぉおおおっ!」



 まず2人の帝国魔術兵が、ラヴァル少佐に勇敢に斬り掛かり、その刃を彼の皮膚へと届かせる。


 しかし、金属が擦れるような音を奏でるだけで、《武神》の皮膚には傷1つ付けられなかった。強力な身体強化に阻まれたのだ。



「そ、そんな……馬鹿な……」



 2人の帝国兵の脳裏に死の文字が過ぎり、逃げる為、1歩下がろうとし、片足を後ろに出した。


 しかし、その瞬間、2人は胴を真っ二つにされ、死体となり地面に転がっる羽目となってしまった。


 その後も何人かの帝国魔術兵が《武神》に戦いを挑んだが、まるで歯が立たず、次々と羽虫の如く捻り潰されていく。



「どうした帝国兵共‼︎ 貴様等は挙って雑魚揃いかぁあっ‼︎」



 帝国魔術兵数人を相手にしておきながら、未だ断固たる余裕を見せる《武神》に、暴走を続けていた帝国兵達も、完全に戦意を(くじ)かれた。


 そして、とうとう全員が死への恐怖に耐え切れず、尻尾を巻いて逃げ始め、その様子を見たラヴァル少佐は、不機嫌な舌打ちを(こぼ)す。



此奴(こいつ)等も只の雑魚だったか……」



 簡単に逃げ、しかも、素人丸出しに背中を見せる帝国兵達に、ラヴァル少佐は幻滅した。


 退屈という感情が浮き彫りになりながらも、軍人である以上、敵は撃滅せねばならず、彼は背中を見せながら逃げる帝国兵達を追う。


 脚力強化を加えた足を走らせ、秒で1番後ろの帝国兵に追い付いたラヴァル少佐は、大剣を振り上げ、その標的となった帝国兵は、自分に迫る危機に気付き、後ろを振り向き、そして、目前に迫る大剣と《武神》の顔を見て、自分の死を覚悟し、その恐怖に襲われる。


 ラヴァル少佐は、表情が死の恐怖に染まった敵兵を見下ろしつつ、退屈そうな表情で大剣を振り下ろした。


 すると、1つの金属の衝突音が、戦場にこだまし、ラヴァル少佐の大剣が兵士に届かず止められた。


 襲われた帝国兵とラヴァル少佐の間に、1人の男が剣を頭上で横に構え、《武神》の一撃を防いでいたのだ。


 その様子を見たラヴァル少佐は嬉しそうに口端を吊り上がり、嬉しそうな笑顔を見せ、帝国兵は尻餅をつかながら、驚いた表情で男の名を呼んだ。



「……ガンリュウ大尉!」



 第11独立遊撃大隊最強の魔術兵が、目の前に立ち、頼り甲斐のある背中を部下に見せていたのだ。


 ガンリュウ大尉は《武神》の強烈な一撃を抑えながら、後ろで尻餅をついたままの帝国兵を睨む。



「何してる、早く逃げろ!」



 《武神》とは別の強制力じみた恐怖をガンリュウ大尉から感じた帝国兵は、直ぐさまその場から離れていき、それを確認したガンリュウ大尉は、未だ嬉しそうな笑みを見せる《武神》に目をやった。



「さて……」



 ガンリュウ大尉は平静を装っていたが、実際には切羽詰まった状態であった。


 腕と足の骨は(きし)み、身体は悲鳴を上げていたのだ。


 なんて力だ……今にも押し潰されそうだな。


 ガンリュウ大尉は何とか《武神》の一撃を抑えていたが、ラヴァル少佐は笑みを浮かべながら、さも楽しそうに、嬉しそうに、目の前の鬼人の剣士に目をやっていた。



「よく俺の一撃を受け止めたな! 帝国軍にも骨のある武人がいたか‼︎ じゃあ、これはどうだ?」



 ラヴァル少佐が大剣に入れる力を上げた。

 何とか必死に抑えていたガンリュウ大尉も、更なる圧力に耐えきれず、片膝を地面に着ける。



「どうした! その程度か‼︎」



 余裕の笑みを浮かべながら、息をする様に力を入れる《武神》を、ガンリュウ大尉は軽く呪いつつ、刀を傾け、その一撃を斜め下に逸らした。


 刀を滑り、地面に叩き付けられた大剣は、大きなクレーターを作り上げる。


 その隙に、ガンリュウ大尉は《武神》と距離を取り、八相の構えを取りながら、警戒は解かず、荒れた息と態勢を整え、ラヴァル少佐は地面に刺さった大剣を抜くと、それを肩に乗せた。



「俺の一撃を防いだ奴は久々だ! 貴官、名は?」


「ヒトシ・ガンリュウ……」


「なるほど、ガンリュウか……じゃあガンリュウ……」



 ラヴァル少佐は大剣を片手で軽々と持つと、剣先をガンリュウ大尉に向ける。



「もう少し持ち堪えてみせろ‼︎」



 大剣を両手に持ち替え、大振りの構えを見せながら、ラヴァル少佐はガンリュウ大尉へと襲い掛かった。

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