4-28 脅威の影
エルヴィン達、後方部隊は、撤退を始めた前線部隊の援護をしつつ、退路の確保を続けていた。
すると、一部の兵士が戦闘を継続し、ガンリュウ大尉がそれを抑えに行ったという報告が、彼等の耳に入る。
「やはり、こうなったか……」
眉をしかめるエルヴィン。彼は悪い事態を阻止できなかった事を悔いた。
兵士達は戦闘を経験する内に、戦う事に対して自信が付いた。兵士達の動きが最初より良くなったのは、それが要因である。
しかし、それは万全にでは無い。
万全に付くまでは、より多くの戦いを経験しなければならず、2、3回の程度では身に付かないのだ。
万全に至るまでの中途半端な状態、未熟な自信が付いた状態で、何人かの兵士は、何かをやらかす事をエルヴィンは予期していた。
そして、その予期が今、見事に的中してしまったのである。
「中途半端な自信は自惚れの原因になる。それを元に、兵士の数名が何かするとは思ったけど……まさか、こんなに早く起こるとはね……」
エルヴィンは深刻な表情で打開策を考える。時間が経てば経つ程、敵が集結し、追撃の苛烈さが増してしまう危険があったのだ。
しかし、打開策が少しも思い付かず、憤りのあまり頭を掻き毟り、その後、取り敢えずの命令を彼は下す。
「総員、前線の味方が撤退するまで、退路の確保に専念せよ!」
それが時間稼ぎでしか無い事をエルヴィンは分かっていた。しかし、考える暇を作れる上に、ガンリュウ大尉が暴走した兵士を連れて撤退する迄の時間を作れる事は出来る。
大尉、暴走した兵士達引き連れ、出来るだけ早く引いてくれ……撤退のタイミングを逸する前に……。
エルヴィンは心の中で念じつつ、必死で思考を働かせるのだった。
その頃、ガンリュウ大尉は襲って来る敵を撃破しながら、未だ暴走を続ける兵士達を制止し続けていた。
「もう十分だろ! 早く撤退しろ‼︎」
しかし、兵士達は聞く耳を持たず、ひたすらに敵を追い掛け回し続ける。
「不味いな……このままだと、退路から離れ過ぎる」
ガンリュウ大尉は退路を敵に封鎖される事を危惧するが、そんな中、また3人ほどの敵がガンリュウ大尉へと同時に襲い掛かる。
大尉は考えている所を邪魔された不快感を抱きながら、敵の1人を斬り伏せ、もう1人の首を刎ね、軽々と労せず敵2人を撃破した。
その光景を目の当たりにした最後の1人は、恐怖のあまり、背中を見せながら逃げ出す。
それは、追撃の好機だったろう。しかし、ガンリュウ大尉は背後の味方との距離が気になり、追う事はしなかった。
しかし、
「逃すか!」
「俺の手柄だ!」
2人の帝国兵が逃亡した敵兵を執拗に追い掛け始める。
「深追いするなと言っただろう‼︎」
暴走した兵士達の手綱を、何とか握ろうとしたガンリュウ大尉だったが、最早、指揮系統はガタガタ、彼の命令に耳を貸す者は居なかった。
ガンリュウ大尉は、敵を追い掛けた2人を連れ戻そうと、彼等を追い掛けるが、突如として彼を悪寒が駆け抜ける。
「敵に、何か居る!」
そう感じたガンリュウ大尉。彼は今迄に無い猛烈な圧を敵から感じ、鋭く眉をしかめる。
瞬時に、このままでは不味いと直感した彼は、兵士2人を止めようと、叫ぼうとした時だった。2人の帝国兵の胴に1つの線が入った。
その瞬間、2人の帝国兵の動きは完全に停止し、そして、その線を境に、彼等の胴は2つに分かれ、上の胴はずり落ち、下の胴は地面に倒れた。
それを見ていたガンリュウ大尉は足を止め、2人の帝国兵の死体の前に立つ、男の存在に気付き、1粒の冷や汗を流す。
「"ボンジュール" 帝国兵諸君! 俺の狩り場へようこそ!」
満面の笑みでそう叫んだ男。彼は巨大な剣を右手に握り、燃える様な赤い髪を靡かせ、同じく燃える様な赤い瞳を輝かせる。何より、2メートルはあろう高身長が異様な威圧感を出していた。
その姿を見た帝国兵は、死の恐怖に襲われ、怯えたように震えだした。彼等はガンリュウ大尉も含めて、その男を知っていたのだ。
そして、ガンリュウ大尉は、畏怖の念を込めて男の名を口走る、
「"《武神》、シャルル・ド・ラヴァル"……」




