表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

秋の桜子の物語集

おじいちゃんのお正月

作者: 秋の桜子

 パチン。ぱき、がさ、パチン、ぱき、がささ、庭に可愛らしく咲く、桃色と白の山茶花を、一枝づつ。


 今年も正月三日に鋏を入れる。元旦からは気が引けるので、三日にするのが、数年前から、独りで暮らす彼の小さな決まり事。


 ☆☆☆☆☆


 二日の朝は、一日の昼間から年賀に尋ねて来ている、離れて暮らす娘夫婦、二人の子供である小学生の孫達と、娘手作りの持参した、おせちをつつき、雑煮を頂くのでゆるりとは出来ない。


 昨夜は前もって予約していた、子供達が好きな回転寿司で、毎年恒例のじいちゃん主宰の、新年会をした。


 大きくなった孫達の、いい食べっぷりに感心しながら、財布の心配を思わずした主催者だった。


 そして一夜明ければ、賑やかで、何時もと違う、少々せわしない朝の食卓。おじいちゃん、おじいちゃんと声がかかる。


 春に五年生となる芹那が、ホームこたつの上に、小さい二段の重箱を運んできた。小皿を並べて、祝い箸を置いていく。


 大きくなったなね、偉いよと誉めると照れくさそうに笑う、蓋をあけながら、私もお手伝いしたの、おじいちゃん見てみてーと話してきた。


 蒲鉾、厚焼き玉子、田作り、煮豆、数の子、なます、筑前煮、それと子供の好きな照り焼きに、肉団子、ソーセージ、唐揚げも入っているのが面白い。そして芹那の好きな栗きんとん。


 お手伝いをしたそれとは、彼女の好物のきんとんらしい。早速食べて、食べてと皿によそい、すすめてくる。


 ああ、芹那が作ったのか?とそれを受けとる。すると、子供らしく、取り巻く時が早く過ぎる中で生きている彼女は、


 美味しい?美味しい?と口にするか、しないかの内に、無垢な笑顔が聞いてくる。


 それに、慌てて甘くトロリとした、それを一口なめるように味わうと、美味しいよ、上手だね、と話す。えへへと笑うまだあどけない彼女。


 そんな彼女に、今年は慎二は、アレにしたからね。お姉ちゃん少し少なかったろう?お母さんにヒミツな、と密かに用意していたポチ袋を、いけない取引のようにこっそり渡す。


 え?と慌てて部屋を見渡し、三人だけなのを確認した芹那は、うそ!おじいちゃん、嬉しい、うれしいとそれを握りしめる。


 さっ、早く隠せ!隠せとあおると、クスクス笑いながら、ポケットに大切そうにしまいこんだ。


 そして、芹那と二人でニヤニヤ笑いあう。その時、台所からコップ運んで、と声が上がった。


 はーいと、立ち上がる孫娘と、ヒミツな、と視線で最終の意思確認をする。いけない祖父と孫だな、と苦笑しながら甘いそれを口にする。


 傍らでは、ピッピッ、ドーンとリアルな小さい音をたてている。昨日お年玉だよ、とネットで前もって、購入していたソフトのそれだ。


 ポータブルのゲーム機を片時も離さない、弟の慎二は、四月に三年生になる。


 ……じいちゃん、お年玉ねー、ねー!ゲームのソフトにしてー、と親に内緒でメールが入ったのは、クリスマス前。


 毎年ポチ袋に娘に、指示された額を入れていたのだが、そうすると買えるのは一つだけ、になるらしい。


 ……お父さんと、お父さんのじいちゃんと、おっちゃんからもらうやつで、一つ買うけれど、もう一つ、ぜったい欲しい!から……ダメー?


 抜け目のない彼と、秘密の取引をしたクリスマスイブの夜。思いもよらず、プレゼントを貰った気分だった。愉快になりながら、


 いいよ、と返信すると、ぜったい!お母さんにナイショ!と即座に応えてきた、今はまだ二年生の彼。


 ……もう!何してるのよ!お父さん!もぅー!慎二?何かやった?


 年賀の挨拶の後に『お年玉』を渡した時に、こっぴどく、娘から叱られたのはじいちゃん。


 いや、老人会でみんなコレにしてるってきいたんだよ、と惚けて誤魔化したのだが、


 元旦そうそうに、叱り飛ばす訳にもいかないのか、慎二に対して、じいちゃんとの闇取引についての追及はなかった。


 じいちゃんじいちゃん!ありがとう、ありがとう、じいちゃんサイコー!と、孫息子に抱きつかれ、満足至極のじいちゃんだったのは、言うまでもない。


 ピッピッと攻略に集中しているその様子を、身支度を整え、茶の間に入って来た父親の(たかし)が見咎めた。


 食事の時には持って来ない、約束だろ、と少々強くたしなめる。その時重なる声。


 そうよ止めなさい、と娘の(みやこ)が、雑煮を運び入って来た、そして慎二を見るとそれに同調する。


 ……じいちゃん。と助けを求める様な視線で、隣に座っている慎二が身をすり寄せ、見上げてくる。


 食べる時にはやめとこうな、早くセーブしろ、と助け船を出す。こうみえても彼とは、幼稚園の頃からのオンライン仲間だ。


 今ではすっかり、彼の方が上達しているが、それでも彼と時間が合うときは、待ち合わせをして、ゲームの世界で、楽しく遊んでもらっている。


 もう!孫に甘すぎよ!お父さん、と妻の若い頃そのままな都。それによく似てきたな、と思いながら、


 まぁ、たまになのだから、好きにさせておくれ、と話し、出されている飲み物が、お茶とジュースなのを確認すると、


 よいせ、と立ち上がると、台所に向かい冷蔵庫からそれを取りだし戻る、飲んべえなじいちゃんさ。


 そして、義息子 孝にノンアルコールのビールをすすめる。彼等が帰るのは昼過ぎだから、大丈夫だろう。独りになってからは、家でたまに嗜むノンアルコール。


 便利な飲み物だな、と話すと都がノンアルでもよくないわ、と口調もそっくり……


『飲み過ぎはダメ、飲んべえなんだから……』


 ハイハイ、と頭に流れるそれに正月だからよしとしろ、と返すとまぁ休めばいいだろう?と孝にすすめる。


 じゃぁ少しと、好きな彼も笑いつつ、三百五十を二人で分けあい、カチンとご挨拶をした。


 じいちゃん、ぼくも、ぼくもと、事を済ませた慎二が、そそいでもらった、グラスを手に話してくる。


 じゃ、カチン、私もー、との芹那にも、カチン、お父さん私も!と、都も参戦、これには苦笑しながらカチン。


 そして心に浮かんだ、妻にもグラスを捧げる。


 おめでとうな、と昨日かけた言葉を再び心に呟いた、今は小さな庭があるこの家で、独りで暮らす。


 ☆☆☆☆☆


 おはよう、元に戻ったな、嵐が去ったようだな、と静寂が戻った家に入る。


 何時もの様に台所に立ち、何時もの朝食の用意に、取りかかる。


 玉子を湯がいて、冷凍室から今日はブロッコリーにするか、とカランカランと数個耐熱皿にいれ、気分でチーズ、出来上がりに、マヨネーズか、たまにおかかとお醤油を足らす。


 今朝はチーズをのせると、チン。トースターには食パンを、コーヒーはたてる方が好きなのだが、今日は少々疲れているので、インスタントにする。


 それと、カルシウムを取れとれと、カルシウム教、教祖の栄養士のお姉ちゃんに、老人会でたまに開く講習会で言われてるので、牛乳も温めコーヒーに合わす。


 トレーに、トーストにブロッコリーのチーズのせ、茹で玉子、みかん、カフェオーレを並べると、先ずはこたつに運ぶ。


 それから、小さな仏壇に庭から摘んできた、山茶花を活け、ついでにいれた、妻の分のカフェオーレも供え、線香に火をつける。


 細い煙がすぅ、と昇る。フリージアの香りが広がる。


 飾ってあるフォトフレームに、すまんな、と謝る、どうしても出てしまうな、何年経っても……ダメだなあ、苦笑が浮かぶ。


 ……こうして、簡単だが、食事の用意を今はするが、お前がいた頃は、何もしなかったな。思えばコーヒーの一杯も、いれてもらうばかり……


 フォトの妻は、あら、出来るようになったの、と笑っている様。それに対して、そうだよと答える。


 立ち上がる細い煙、ほわほわと白い湯気、美味しいかい?美味しいかな?と呟く。


 ……カフェオーレは、お前がよく飲んでたのは、なんとなく知ってたけどな、美味しいか?お前、俺が入れたそれは……美味しいかい?



 何も答える事はない、フォトフレームの妻。



 生前に一度でもそれを入れて……美味しいか?と聞いたら、美味しいわねぇ、と笑って言ってもらっていたのなら、


 その時のお前の声や、顔が浮かぶのに、わからないなと、寂しく笑う。


 …… 一度も、いれることなど、思い付きもしなかった。日曜日に、テレビや、ネットで時間を潰していても、


 正月でゴロゴロしていても、おい、いれてくれ、それだけだったからな。


 ……美味しいか?聞けば、おいしいと、きっと笑顔で、それは分かるよ。でも浮かんで来ないんだよ。入れて手渡した事などなかったから……


 ほわほわと、白い湯気の一杯。それを眺めながら、美味しいか?、上手く入ったか?と呟く。


 こじんまりと仏間は、朝日の白い光に満ち、フリージアの香が漂う。外からはチュンチュンとふくふくとした、雀がさえずっている。


 隣の家のチワワのチロルが、賑やかにワンワン何かに吠えている声がここにも届く。


 しんと、静かな朝の時間が過ぎていく。


 妻の、冷めるから早く食べたら、と新聞読んでばっかなんだから、iPhoneいじってご飯たべない!としかめる顔が、怒る声が聞こえてくる。


 くくく、そんな事ばっかりだったな、慎二と変わらん、変わらんな、と思いだし笑うと、


 想いきるようにリーン、と御鈴を鳴らす、そして……


 にまりと亡き妻の遺影に笑み、何時もの朝食を取る為に、よいせ、と立ち上がるとその場をはなれた。


『完』




















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] よくある壮年くらいではなく、孫のいる老齢の視点から見た正月……。 世間から見れば、まだまだ青いと言われる歳ですから、この視点の小説はなんだか新鮮であり、興味深く、良い参考になりました。 読…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ