表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
97/274

アンデレトワ

 ネネッシュは公共の箱犬車キャリッジで自宅に駆け戻ると、躊躇なくその門を開いた。

 唐突な帰還に驚く侍女たちを問い詰め、ネルンの帰宅がまだである事を確認すると、ネネッシュは姉ミライジャの書斎の扉を叩いた。

 愛想をつかして出て行ったとばかりに思っていた妹の帰還に、ミライジャは大変驚いた。

 仮に家出を諦めて戻って来たとしても、ネネッシュの性格を考えれば真っ先に自分の元を尋ねてくる事は無いだろうと、ミライジャは考えていたからだ。

 しかも、ネネッシュの顔はそれまでミライジャが見た事も無いような険しいもので、それだけでただならぬ用件である事は察しがついた。


「……おかえりなさい。どうしたの、そんな怖い顔して?」


「姉上に、重要なお話があります」


「話? 貴女の活動の事なら―――」


「いえ、そうではなく。伝えに来たのは、家の大事です」


「どういう事?」


 突然舞い戻った妹の、焦りを帯びた勧告めいた言葉に、ミライジャは訝しむような顔をした。

 ネネッシュは家を出てからこれまでの経緯を、隠す事なく全て伝えた。

 時おりネネッシュの無茶に嫌悪の表情を浮かべたものの、ミライジャは静かにそれを聞いていた。


「―――なるほど、話は分かったわ。けれど、そのネルンが"うちのネルン・アンデレトワ"だという証拠は? そもそも、そんな状況ではその半獣人ウェアクァールの記憶だって当てにならないでしょう」


 ミライジャの指摘に、ネネッシュは確信があるかの様に首を振った。


「いいえ。そんな偶然は起こり得ないんです。だって私は、今まで一度だって、彼女に家の話をした事は無いのですから。それなのに私の周囲で起った事件の、その犯人がネルンという名前の男だったなんて、偶然にしては出来過ぎています」


「ためらいもなく、兄を、家族を疑うのね。あんな気弱な男に、そんな大それた事ができると思って? それに何年もの間事件を隠蔽し続けるだけの能力だって、言っちゃ悪いけどネルンには無いわよ。あの子は小心なうえに、浅はかなのだもの」


「その言葉を聞く限り、家族を信用していないのは姉上も同じの様ですね。私が今、どんな気持ちでここに居るか、貴女には理解できないでしょう」


 ネネッシュのその態度に、ミライジャは少し驚いた。そこには、数日前までの物怖じするネネッシュの姿は無かった。芯の強さ、意志の強さを感じさせる瞳に、ミライジャはこの数日ネネッシュが体験してきた事の過酷さを推し量る。


「そう……なら、直接訊いてみましょうか。これは、私達家族の問題だもの」


 ミライジャはそう言って書斎机から立ち上がると、窓際に移動した。その視線の先には、たった今戻ってきた、ネルンの箱犬車キャリッジがあった。



          ◇



 ネルンは帰宅早々、侍女に連れられて居間へと向かった。

 そこで待っていた意外な人物に、ネルンは驚いた。そこには睨みを利かせたミライジャと、複雑な表情を浮かべるネネッシュが居た。この二人が静かにネルンの帰宅を待っているような状況など、かつて無かったからだ。


「ネネッシュじゃないか、帰ってきていたのか! それにしても、二人が喧嘩せずに揃っているなんて珍しい」


 何の引け目も感じさせぬ、いつも通りの明るい口調でネルンは言う。

 そんなネルンへ、ミライジャは冷たい口調で席へと促した。


「座りなさい。貴女に私達から話がある」


「ほう、何かな? やっと仲直りする気になったとか?」


「……あのですね、兄上―――」


 躊躇ためらいがちに話し出したネネッシュを、ミライジャが制した。自分が言うと、ミライジャは視線で合図を送った。

 それを問うのは家長である自分の役目だと。


「ネルン、貴方よく夜中に外出するわよね。これまで個人的な事には踏み込んでこなかったし、興味も無かったけれど、今日は聞かせてもらうわよ。何をしているの?」


「はっ、何だよ急に。別にやましい事は無いよ。友達と飲みに行ってるだけさ」


 自身は潔白であると主張する様に、朗らかにネルンは返答した。


「……そう。なら、もう一つ。四日前の朝は何をしていたのかしら? 貴方、あの晩けっきょく屋敷に戻らなかったそうね。しかも、出社まで遅れてきて……あの時貴方を叱ったから、よく覚えてる。酒の匂いはしなかったわよ?」


「酔いつぶれた友達を介抱してたんだ。前にも言ったろ? 匂いがしなかったのは、身体を洗って着替えてから行ったからだ。いったいどうしたって言うんだ。どうしてそんな事を聞く?」


「―――貴方が、人を殺し周ってるって情報を聞いたからよ」


 ミライジャが冷たく放ったその一言で、場の空気は凍り付いた。

 それまで明るく振る舞っていたネルンから、陽気と笑顔が消えた。


「……なんだいそれ、そんな話を信じてるのか、()()()。家族を疑うのか?」


「私は誰も信用していないの。家族であってもね。……それに、貴方は昔から追い詰められると、私を姉上ではなく、()()()って呼ぶのよね。……何かやましい事があって?」


 毅然として冷めた表情を崩さないミライジャに対し、ネルンの表情は次第に怒りのそれへと変わって行った。


「なんだよそれっ! 俺が人殺しだって言うのか!」


「分からない。だから訊いているのよ。していないのなら、問題は無いでしょう」


「ふざけるな! 疑われただけでも心外だ!」


 ネルンは立ち上がり、居間を出ようと背を向けた。

 そんなネルンを、ミライジャは強い口調で引き留めた。


「待ちなさいっ! 話は終わってない。貴方はいつもそう。分が悪いとすぐに逃げ出す。母上にも、それを治せと言われていたでしょう!」


 その一言で、ネルンの纏う雰囲気が変わった事を、ネネッシュは感じ取った。

 これまで、ネネッシュの目の前でネルンが怒った事など一度も無かった。だからこそ、ネネッシュは兄の豹変ぶりを恐ろしく感じる。


「母上、だと? あの女の事を、俺の前で持ち出すなと何度言ったら分かるっ!」


 振り返り、ネルンは怒り任せに叫んだ。その強さに、ネネッシュは怯む。


「あの女? 自分の母親に対して、何なのその態度は」


 ミライジャはネルンの怒りをものともせずに、強く言い返す。


「俺にとっては、ろくでもない母親だったよ。そうだな、思えばいつもアンタはそうだ。アンタはあの女の味方を直ぐにするよな。ほんと、そっくりで嫌になる。自分らがこの世で一番偉くて優秀で、何より正しいと思っているその傲慢さ。吐き気がする。貴族だから、アンデレトワだから、男だから、そんな理由だけで、どうして俺が責められる! どうして自由を縛られる! 散々、人の人格を否定しやがってよ!

 ああ、そうだよ。俺は女が嫌いだ。あの女も、アンタも、アイツらも! 全部殺してやりたかった!」


「それは、自分がやったと認めるの?」


「―――っ!」


 静かに睨みつけるミライジャに嫌悪して、ネルンは短剣を抜いた。居間にネネッシュの悲鳴が響く。


「それで、私も殺す気? 母上みたいに?」


 ミライジャの問いに、ネルンは不敵に笑った。


「なんだよ、知ってたのか」


「まさか。鎌をかけただけよ。あの人の死にかたが不自然だったとは、ずっと思っていた事だもの」


「ふんっ、そうかよ」


「やめてください! どうしてそんな事をするんですか。いつもの優しい兄上は嘘だったのですか?」


 怯えるネネッシュへ、ネルンは優しい表情を向けた。


「それはお前が特別だったからだよ。お前は良い意味でアンデレトワの女らしくない。父上も、兄貴たちも、そんな優しいお前が好きだったんだ。あの女にたれた俺を慰めてくれたのは、いつもお前だったな」


「それは……家族ですから」


「なら、これも分かってくれるよな?」


 ネネッシュは怯えながらも、断固として首を振った。

 その反応に、ネルンは微かに目を見開く。


「どうしてだい?」


「兄上のした事は、許されない事です。罪もない人をあんなに殺して……私の大切な友人まで手にかけた。……私は兄上を、許せません!」


 ネネッシュの返答に、ネルンは歯噛みした。


「そうか、あの獣が喋ったんだな。お前が俺を疑うなんて」


 ネルンは髪を掻き乱して吼えた。


「違うっ! 違う、違うっ! お前はネネッシュじゃない。ネネッシュは、そんな事言わない。俺を否定したりなんかしないっ! そうだ、やっぱりあの獣共が悪いのか! あいつ等に毒されたから! やっぱり全部殺すべきなんだ。あの青いガキから殺すべきだったんだ!」


 ネルンは何を思ったか、振り上げた短剣をネネッシュへと向けた。


「兄上!」


 ネネッシュの制止など、もはや届かない。ネルンは正気を失いつつあった。

 逆手に持たれた短剣は、突き刺し殺すという意思の表れ。ネネッシュは防ぐ術もなく、固く瞼を閉じてうずくまる。


「―――うぐっ!」


 女の苦悶の声が、静かな居間に響く。

 ネネッシュが瞼を開き、そして見開いた。

 目の前にはミライジャが居た。ネルンの攻撃からネネッシュを庇い、代わりに刺されたのだ。


「姉上っ!」


 倒れるミライジャをネネッシュは抱きとめた。ミライジャは血を吐きながら、肺に刺さった短剣に目を落とす。


「ふっ、ふふふふっ、あははははははははははははっ! ざまあみろ! 死んだ、ついに死んだ! これで俺は、自由だァ!」


 ネルンの歓喜が居間に響く。その後ろでは、侍女が惨状を前に悲鳴を上げていた。それを聞きつけ、警護の者を呼ぶ声が遠くに聞えてくる。

 ネルンはそれをうっとおしそうにして、侍女に歩み寄り、新たに抜いた短剣でその首をかっ切った。

 地に落ちる侍女には目もくれず、そのままネルンは部屋をふらりふらりと出て行った。


「なんて……こと」


 兄の凶行を前に、ネネッシュは言葉を失う。

 そんなネネッシュへ、ミライジャは息を吐く様な声を掛けた。


「ネネッシュ、ごめんな、さい」


「えっ……?」


「あの子を、あんな風に、してしまったのは、私達のせい。私と、母上が、厳しくし過ぎたから…………」


「姉上……」


「訊いて、ネネッシュ。私は、貴女を、だましていたの。―――この家の、本当の主は貴女なのよ」


 姉が放った言葉に、ネネッシュは戸惑う。


「何を言って……」


「父上の、遺言には、貴女の名前があった。あの人は、最初から私も、ルーンも当主にするつもりは、無かった……。それが、気に入らなくて、嘘をついてた。貴女が―――貴女に嫉妬して、辛く当たってしまってた―――ガフッ……」


 大きく血を吐いたミライジャへ、ネネッシュは精一杯にその名を呼び掛ける。


「……ごめんね。ネネッシュ。ほんとうに、ごめんね」


 涙を流して謝罪するミライジャへ、ネネッシュは首を振ってみせた。


「ううん。姉様は、正しい判断をしましたよ。私じゃ、私なんかじゃ、今の商会を維持するなんてできなかった。姉様は家の為に、いつだって自分を犠牲にしてきたのを、私は知ってます。だから、貴女こそ当主にふさわしい。だから、謝らないで」


「……そうでもないのよ。あなたは、もっと自分に自信をもって、いいの。わたしなんかより、ずっと、ずっとすごいんだから。胸を張って、生きなさい、ネネッシュ―――――――――」


 ミライジャの瞳が濁り、その身体から力が抜けた。支えの無くなった人形の様に、その身体は直にネネッシュへ重さを預けてくる。

 ネネッシュは、姉の亡骸を抱いて泣いた。


 ミライジャの死に際の言葉を噛みしめながら、他の全てを頭の片隅へと追いやって、ただひたすらに姉の死を嘆き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ