表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
96/274

アルフェンの青い昼下がり

 アリエッタに頼まれた所用のため、私は宿へと戻った。

 とは言っても、宿のロビーで軍人に書類を渡すだけの事。それほどの大事という訳でもない。

 私達の宿と半獣人街バルヘンクァールはそれほど離れていない距離なのだが、それでも歩いて三十分ほど掛かる。

 用事一つの為に一時間かけて往復するのも何とも言えない感じなので、少しの時間休みをもらう事にした。

 元々アリエッタに私を縛るつもりは無く、今は情報整理に集中しているのもあって、アリエッタは快く承諾してくれた。


「お待たせしました、それでは参りましょうか」


 軍人と別れ、私はエントランスで待たせていた二人と合流する。

 ネネッシュと、クラムである。クラムは車椅子に座り、ネネッシュに押されている。

 私が珍しく休暇なんてものを取ったのは、この二人の為だ。ネネッシュがクラムに気分転換をしてもらいたいと言うので、その協力に応じた形である。


「あのさ、本当にここ、私が居て、平気?」


 宿を出た途端、クラムが不安そうにネネッシュに訊いた。


「大丈夫だよ。私が一緒に居る限りは問題は起らないと思う」


「ええ。それに、何かあっても私が対応いたしますので」


 ネネッシュの返答に乗って、私も言葉をかける。

 どうやら、半獣人ウェアクァールがエルーシナの街に居て良いのかと、気にしていたらしい。

 確かにこの宿のある一帯は、アルフェンの中でも特別な栄え方をしている地域といえる。上等の商人が宿を借りる高級宿場であり、その客を狙って周囲には様々な商店が立ち並んでいる。

 一般的な労働階級の住民よりかは、他所から来た商人や観光客でにぎわう街だ。


「むしろ、この辺はお金さえ持ってれば外国人でも、異種族でも歓迎する感じだから、本当に大丈夫だからね、クラム」


「う、うん。分かった」


 なんだかこうして見ていると、二人が姉妹の様に思えてくる。六つほど年が離れているという事なので、なおの事そんな風に見えるのかも知れない。


「それじゃあ、まずはご飯にしましょうか。私がよく行くお店が近くに在るから、そこへ行きましょう」


 ネネッシュに誘われ、私達は移動を開始した。

 普段から見ている景色なので特に思うところは無かったが、クラムはそうでもない様子だった。この街に住んでいるとは言え、表通りに出る事はあまりないのだろう。


「今まで避けてきたけど、いざ来るとやっぱりおっかないなここ」


 クラムの発した呟きに、ネネッシュは首をかしげた。


「おっかない? そんなに物々しい場所かな」


「私みたいな身分も保証されてない流れ者からしたら、商人の街なんて物騒なだけだって。そりゃあ、表立って人身売買するような奴もいないとは思うけどさ」


「そっか。そうだよね。ごめんなさい、気が利かなくて」


「ネネッシュが謝る事なんかないよ。もう、私は気にしてないしね」


 不安そうにするネネッシュと、強がった笑みを浮かべるクラム。

 二人の間に流れた妙な空気に、私は内心戸惑っていた。そんな私に、クラムは明るい口調で過去を話す。


「私、山賊に捕まって奴隷商に売られた事が有るんです。それで、ここまで運ばれて来たと」


「奴隷商……ですか」


 それは、私の世界ではすでに悪しきものとして断じられた概念だ。

 この世界の文明では、まだそういったモノが当たり前のように存在しているらしい。思えばこの国は、侵略の為に戦争を起こしたのだったか。

 ……気分の悪い話だ。


「はい、暗い話はそこまで。今日は楽しい事、楽しい話をしましょう。せっかく遊びに来たんだから」


 ネネッシュが手を叩き、話を閉じた。


「うん、そうだね」


「ええ、そうでしたね」


 クラムと私は首肯する。

 彼女の言う通りだ。こんな話なら、いつでもできる。今くらいは、明るい時間を過ごすようにしなくては。

 ネネッシュに連れられて街を行くと、一軒の食堂にたどり着いた。外観から、大衆向けといったおもむきを感じる。

 繁盛しているようで、店の中は客でにぎわっていた。

 私達の姿を見るなり、店主らしき男が朗らかに声を掛けた。


「おう、ネネッシュちゃんか。友達かい? 奥の席使いなよ」


「はい、ありがとうございます」


 ネネッシュは軽く店主へ頭を下げ、迷いの無い足取りで店の奥へと私達を連れて行った。

 席に着いてから、私はネネッシュに訊いた。


「お知り合いなのですか?」


「実はここ、私が働いているお店なんです」


「働いてる?」


 クラムも初耳だったのか、クラムの方を見ると意外そうにする彼女と目が合った。


「活動資金の足しになればと思って。炊き出しの無い日には、ここで給仕の仕事をやらせていただいてます」


「ああ、なるほど。アンデレトワからの援助は受けていないのですね」


「ええ。家長である姉とはそりが合わなくて、半ば縁を切られているような形なので」


「そうだったんだ。知らなかったよ、言ってくれれば手伝ったのに」


 クラムは驚きつつも、少し不満げな様子で言った。


「ありがとう。でも、ここまで来るともう自己満足みたいな感じだし。巻き込むのも悪いかなって」


「なぜ、貴女はそこまでして半獣人街バルヘンクァールを気にかけるのですか? こう言っては何ですが、貴女はエルーシナだし、豪商の中でも特に身分のある一族の出です。ここまでする理由はいったい?」


「言いたい事は分かりますよ。私もそれで姉としょっちゅう対立してますしね。貴族らしくない、エルーシナらしくないって、いつも言われます。でも、私は身分とか種族とか、そんなものよりもっと大切にしなきゃいけないものが在ると思うんです。この国もこの街も、今はみんな余裕が無くてギスギスしてるけれど、そんな時代だから、助け合うとか思いやるとか、そういうのをないがしろにしちゃいけないんじゃないかって」


 そう語るネネッシュの眼は、強い意志を感じる瞳だった。単なる綺麗事というだけでなく、彼女はそれを貫こうと努力している人だと分かる。


「貴女は、凄い方だ。それを、思うだけじゃなく実行してるんですから」


「そんな事……私なんて言うだけで大した事なんてできないし」


 謙遜ではなく本当にそう思っているのか、ネネッシュは困ったような、哀しそうな顔で言った。

 そんなネネッシュを、クラムは励ました。


「ううん。ネネッシュは自分が思っているより、ずっと凄い事をしてくれてるんだよ。普通がままならない私達に、普通の生活をくれてる。それは、とても大事な事だよ」


「クラム……」


 硬かったネネッシュの表情が、とても優しく和らいだ。


「私もそう思いますよ。貴女はもっと、自分に胸を張っていい。貴女がしてきた行いと、それによって得た信頼は誇っていいものだと思います」


「ありがとうございます。二人とも、ありがとう。うん、ちょっと救われた」


 ネネッシュは柔らかく微笑んだ。

 初めて会った時から芯の強い女性と思っていたが、意外にも自己否定に苦しんでいる質だった様だ。

 それでも、クラムの様な子がそばに居る限り、ネネッシュは大丈夫だろう。


「さて、それじゃあ食事にしましょうか」


 私はメニューを取り、二人の前に開いてやる。


「じゃあ、私は三番定食にしようかな」


「私は……お金ない」


「大丈夫。ここは私が出しますので。好きな物を頼んでいいですよ」


 そう言うと、二人は顔を上げて私に驚いた表情を見せた。


「……いいんですか?」「そんな、悪いですよ」


「大丈夫ですよ。お姉さんに任せてください」


 二人とも年下だからか、自分でも珍しく見栄を張ってみた。遠慮していた二人は、押し問答を避けたのか素直に受け入れた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」


「ミューさん、ありがとう! どれがいいかな? ねえ、ネネッシュはどれがおいしいと思う? 私よく分かんない」


「そうねえ、お魚とお肉どっちがいい?―――」


 メニュー選びすら楽しそうにする二人を見ていると、なんだか微笑ましい気持ちになった。思えば最近、こういう浮かれた時間を過ごす事は無かった。

 アリエッタは年齢以上に大人びているうえに、仕事人間の気質が有るので、こういう方向で遊んだりする事は無いのだ。それが悪い事とは全く思わないが、たまにはこういうのも良い。

 その後も、私達は街を巡って観光を楽しんだ。私やネネッシュはともかく、クラムには衣服や装飾具の店は物珍しかったようで、楽しんでいたようだ。

 こうして空が茜色に染まるまで、私達は遊び歩いた。


「今日はどうでしたか?」


 帰り道、クラムに問うと、彼女は嬉しそうに笑った。


「はい! すごく楽しかったです! ありがとうございました、ミューさん。誘ってくれたネネッシュもね!」


「うん! クラムが楽しんでくれたなら私も嬉しいわ」


 ネネッショも楽しそうに微笑んだ。

 二人がこうして笑ってくれたのなら、今日の休暇には意義があったと言えよう。

 私も清々しい気分で歩いていると、どういう訳か唐突に不快な声が聞こえてきた。


「おやっ、珍しい場所で会うものだね。今日はアリエッタ殿とは別行動なのかな?」


 見れば前方に、一人の女が居た。

 白いコートに身を包んだ、不敵な笑みを浮かべるその女性は、今最も私が疑惑の目を向けている人物。


「……どうも、レクティバス博士。体調不良とお聞きしましたが?」


 私の返答に、エニグマは困ったような顔をする。


「ああ、このところ不測の事態が続いてね。今も良い状態とは言えないんだ」


「そうですか。どうか、お体には気を付けて。それでは、私達は先を急ぎますので」


「ああ、ありがとう。そちらも気を付けたまえ。近頃夜は物騒らしいからね」


 意外にも、エニグマはすんなりとそう言って去って行った。彼女は私達の横を通り過ぎて、何事も無く歩いて行ってしまった。

 その後姿うしろすがたを注意深く目で追っていると、ネネッショが不安そうに訊いてきた。私の反応に、ただならぬモノを感じたのだろう。


「……今の方、お知り合いですか?」


「ええ……商会の仕事で。なに、大丈夫ですよ」


 要らぬ心配事を増やしてはいけないと思い、そう返答していると、不意にクラムが頭を抱えた。


「あうっ……!」


「クラム! 大丈夫?」


 苦悶の声を上げたクラムに、ネネッショは目線を合わせて不安そうに見つめる。


「う、うん……今の声…………いや、違うか?」


「本当に、大丈夫ですか、クラム様?」


 なにやら呟くクラムが心配で、私も声を掛けた。

 クラムはゆっくりと顔を上げると、蒼白した顔で私に告げた。


「――――――はい。一つ、思い出した事が……犯人の名前です」


「犯人の名前?」


 犯人と会話した記憶が戻ったというのか。しかし、どうして今?


「はい。アイツは、仮面の男は確かに言ってました。奴の名前は、そう、ネルン! ネルンと言っていました!」


 ネルン。知らない名前だが、有力な手掛かりにはなるだろう。ようやく、殺人鬼に繋がる確かな情報が得られた。

 ネネッシュは強い口調で、クラムに確認を取った。


「ネルン? 犯人は確かにそう言っていたのね!」


「う、うん。間違いないよ」


 ネネッシュの勢いに気圧されながら、クラムは頷いた。

 犯人の手がかりを掴んだからか、ネネッシュの気も急いているようだ。しかし、それにしても妙な反応だ。彼女の様子は何かに焦っているようにも見える。


「……ごめんなさい、二人とも。私、行く所がある!」


 そう言うと、唐突にネネッシュは走りだした。

 車椅子を押して追いかける訳にもいかず、ネネッシュの背は遠ざかって行く。


「あっ、ちょっとネネッシュ!」


 クラムの制止すら訊かずに、立ち尽くす私達を置いて、ネネッシュは人混みの中へと消えて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ