狩る者の話C
アリエッタと私は、ウェアクァール達と共に倉庫群を再び訪れた。
当然、殺人鬼の姿は無かったが、奇襲が功を奏したのか地下にはそれらしい痕跡が至る所に残されていた。
照明の無い暗い地下を魔石の照明で照らすと、その醜悪さの全貌が明らかとなった。
入り口から最奥の部屋まで、いくつもの血痕が線を描いていた。
最奥の部屋は、壁も床もおびただしい量の血液で汚れていた。
部屋には"解体用"と思われる血の付いた工具がいくつも有り、隅には拷問器具まで置かれていた。
誰もが言葉を失っていた。
ここで行われていた事を思えば、ここで死んだ者の事を思えば、胸の奥が痛む。
「この様子だと、被害者は今把握している人数を遥かに超えているわね。血も古い。一年以上前から、人攫いは起きていたのね……」
ただ一人、アリエッタだけは平常に部屋を観察していた。
親しい者の前でしか感情を見せない彼女は、こんな現場を前にしても冷静で居られる様だ。
「しかし、こうなるといよいよ目的が分からないわね……」
「目的って、死霊を作ることじゃないのかよ?」
アリエッタの呟きに、サスティバンが反論した。
それに首を振り、アリエッタは自分の所見を語ってみせた。
「違うわね。ここの設備とクラムの傷を考えれば、犯人は人体を解体し、尚且つ切り取った身体を回収する事を目的としている。貴方達が対峙したという生死体と、私達が遭遇したアシュメスの生死体、そのどちらも体の部位は欠損していなかった。そもそも、死霊術の基本は"生物の形をしたモノを操る"という事だもの。解体してしまったら、概念が変わってしまう。死霊術師なら、特別な理由が無い限りそんな事はしないわ」
「生物の形って、あの死霊どもは明らかに生物の形をしてなかったぞ」
「それは、成った後の話でしょう。ここで問題とするのは、魔法をかける前の材料となる死体の話。動き出した後、魔力に中てられて変質するのは、問題じゃないの。
貴方、目の前に身体の部位全てが異なった継ぎ接ぎだらけの人間が居たとして、それを正常な姿だと思う? 想像してみなさいな。両腕両足の長さも左右で違う、肌の色も違う。顔は三分割されて、両目と口は別人のモノ。そんなモノを、貴方は人と認識できる?」
「こんな場所で、嫌な想像させんな」
サスティバンが思いきり顔をしかめる。
「そもそも、それがどうしたって言うんだ? 死体なら何でも操れるのが死霊術なんじゃねえのかよ」
「乱暴な言い方をすればね。でも、魔法と言うのは概念に縛られた法則のある技術よ。何でもできると思うのは、そういう風に見えるってだけで、実際はそうもいかない。ちゃんと決められた規定があるの。死霊術の場合は、対象が死んでいる事と、それが生物の死骸として認識から外れていない事。死体を繋いでしてしまった時点で、二つ目の法則からは外れてしまう。死体が壊れているなら、壊れたまま動かすのが基本よ」
「……よくわからんが、つまり死体をわざわざ解体する死霊術師は居ないって事か」
「ええ。だから、この殺人鬼の目的は違うと言ったの。あれだけの技術を持った死霊術師が、そんな素人みたいな事をするはずがないもの」
「いや、じゃあ、あの死霊は何なんだよ? どうして攫われた連中が、死霊になって憲兵団の拠点を襲うんだ?」
「それは、単純な事でしょう。別の目的で動いている人間が複数人居るという事よ。ここで人間を解体したい人間と、死霊を作りたい人間が居たという事。私はよく知らないけれど、憲兵団の拠点を襲った半獣人達の遺体は、綺麗な状態だったんじゃない?」
「確かにな……複数犯って事か。そうか、あの時の子供の声!」
「クラムによると、ここには二人いたそうです。仮面で顔は分からなかったそうですが、男女の二人組だったと」
クラムから聞いた情報を伝えると、サスティバンは更に険しい表情になった。
「女? 子供か?」
「いえ、あの口ぶりからすると、成人している女でしょう」
「って事は、三人か! くそっ、いったい何なんだよ!」
怒号を張り上げたサスティバンに、他の半獣人が声をかけた。
「兄貴、こっちに来てくれ…………」
酷く落ち込んだ声に呼ばれて、サスティバンは怪訝な顔をした。
私達もサスティバンと共に呼ばれた方へ向かう。
そこにはもう一つ部屋があった。私達が殺人鬼と対面した広間の横に繋げられた、小さな個室。
開け放たれた鉄製の扉の向こうに在るものを見て、私は気分が悪くなった。生身だったなら、吐き出していたであろう、醜悪な罪の塊。
それは、死体の山だった。種族を問わず死体が積まれていて、その全てが少女だった。そして、やはり体の一部が無くなっている。
「……畜生っ! なんだこれはぁっ!」
サスティバンが怒りと共に壁を殴った。
彼の怒号が反響していく様がはっきりと分かる程に、その場の誰もが息さえ殺して立ち尽くしていた。
「ふっ、ふふふっ、あははっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!」
不意に、少女の笑い声が轟いた。
誰もがその反応に奇異の目を向けた。
笑っていたのは、アリエッタだった。彼女は傍から見れば、歓喜するように笑って見える。
当然の様に、サスティバンが殺気立った。
「てめぇ、何が可笑しいんだっ!」
そんなサスティバンを、私は抑え込む。
「失礼を。お嬢様は、なにも可笑しくて笑っているのではないのです」
「はっ?」
サスティバンは怪訝な顔で私を見た。
それはごく自然な反応と言える。だが、アリエッタは普通ではない。壊れているのだ。彼女が心の底から笑うという事は、彼女がそれだけ憎悪したという事なのだから。感情の価値観が壊れているのだ。
「…………殺しましょう。ええ、殺しましょう。サスティバンさん、私は、いえ、アイルフィール商会は全力を持って、この件の解決に協力いたしますわ。私、この犯人をたまらなく殺してしまいたくなりましたわ」
アリエッタは笑った。虚ろな瞳で、歓喜する様に笑った。
その邪悪な姿に、その場に居た誰もが戸惑った様子だった。
身なりの良い可愛らしい令嬢が、こんな悪辣な笑みを浮かべるなどと、いったい誰が思うだろうか。
「お前、いったい何なんだ?」
サスティバンは異形なモノを目にしたように狼狽えながら、尋ねた。
アリエッタはそれに、笑みを湛えて静かに答えた。
「ただの悪人ですわ」




