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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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過去のはなし

 クラムを救出してから一晩が経過した。

 彼女は、街の闇医者とネネッシュとアリエッタの三人による集中治療を受けて、一命を取り留めた。

 血液を大量に失ったのですぐには動けないそうで、今はネネッシュが付きっ切りで様子を見ている。

 出血によって脳にも負担がかかっていて、記憶障害が起こっている可能性もあるのだそうだ。

 そうなってしまうと、犯人の捜索はまた振出しに戻ってしまうだろう。

 完全に逃げられてしまった今、酷な話だがクラムの記憶だけが頼りとなる。クラムは確実に犯人の姿を見ているはずだからだ。

 今は、彼女の回復を願って待ち続けるしかない。

 サスティバンから提供された部屋で待機していると、アリエッタが部屋に戻って来た。彼女は今まで、サスティバンから状況の説明を受けていた。ネネッシュの紹介という事で、私達はそれほど警戒されずにこの街に滞在できている。


「ミュー、貴女に御指名よ」


 戻るなり、アリエッタが私に言った。


「指名ですか。誰が?」


「クラムさんよ。彼女が貴女になら話すと」


「……なぜ、私に?」


「さあ、それは私にも分からないわ」


 アリエッタは首をかしげる。


「……ちょっと、行って参ります」

 

 ここで頭をひねっていても仕方が無いので、立ち上がってクラムの部屋へと向かう。

 しかし、妙な事もあるものだ。私とクラムが会ったのは、たったの二回きりだというのに。どうして名指しで私なんかを呼ぶのだろう。

 三度とも彼女の事を助けた立場ではあるが、そういう事なのだろうか?


 部屋を訪れると、クラム以外に人は居なかった。

 クラムはベッドに寝たきりの状態で、私を出迎えた。

 青白い顔で、私に微笑みかける。


「よく、来てくれました。ミューさん、でしたよね?」


「はい。私に話があるとか」


 椅子を彼女の枕元へ寄せ、座る。


「犯人の事、貴女に、伝えておきたくて。……ネネッシュじゃ、とても、耐えられないと、思うから」


「聞きましょう」


「……実は、記憶が曖昧あいまいで、話したのは覚えているんですけど、会話の内容は思い出せなくて」


「犯人と、話したのですか?」


「はい。女の方と……犯人は男女の二人組だったんです。男が実行犯で、女は計画犯みたいでした。顔は、仮面で隠れていて、分かりません。でも、二人とも身なりがすごく良くて。たぶん、貴族なんじゃないかって」


「そうですか。……よく話してくれましたね」


「いえ。……きっと、貴女達の方が、私達よりも、確実にアイツらを追い詰められると思うから」


「そうですか。では、期待に応えられるよう、善処しましょう」


 クラムは私がそう応じると、少し驚いたように目を見開いた。


「断らないんですね。呼び出しておいて、こんな事言うのも変ですけど、貴女には何の関係もない事なのに……」


「断ると思っていたのですか?」


「…………分かりません。でも、貴女なら、何とかしてくれる様な、気がしていたから」


「なぜ、私なのですか? いや、なぜ私だけに話すのですか? ネネッシュ様の事を気遣っての配慮とは理解しましたが、お嬢様やサスティバン様には話しても問題は無かったでしょう」


 私の問いに、クラムは少し考えた様子だった。


「……本当に、個人的な感傷なんですけど。貴女が、ある人に似ているので……話し易かったのかもしれません。理由なんて、それだけなんです。すみません」


「ある人?」


「はい。私にとって、その人は英雄みたいな、そういう憧れのある存在なんです。……同時に、後悔の種でもあるんですが」


「……そのお話、よろしければ聞かせてくださいませんか?」


 私はなんとなく、クラムの話に興味を持ちはじめていた。

 "あの人"とやらの話を持ち出した途端、彼女の表情が少し和らいだからだ。こんな絶望的な状況で、心の支えになる様な存在というものに、少なからず惹かれるものがある。私に似ているというのなら、なおさらに。

 それに、気を紛らわせるお喋りというのも、今は必要な気がした。


「つまらない話ですよ。それに、上手く話せる自信も無いし」


「構いませんよ」


「そうですか……」


 クラムは天井へ視線を移すと、一呼吸おいた。


「私の故郷は、今はもう無いんですけど、バスティア帝国南西の国境沿いにある小さな村です。村の人口は百人にも満たない、そんな僻地へきちの農村です。そこで、ある時期から急に病が流行り出したんです。カビが木を腐らせるように、人の肉を蝕む、そんな病でした。

 その病のせいで、村の人間がたくさん死にました。私のおとう―――父親も。感染源は分らず、治療法も不明。死体を厳重に焼いて処分しても、被害が収まる事は無かった。

 そんな時に、村に珍しく余所者が来たんです。若いノイヤ族の女の冒険者で、彼女は自分を治癒師だと名乗ったそうで。村長はそれを聞いて、冒険者に病人を診てもらったんです。そうしたら、何をしてもダメだった病人たちが数時間で元気になって。

 私も治療の場を盗み見ていたんですが、魔法みたいなもので腐った肉をあっという間に治してしまうんですよ。外国にはあんな凄い技術が有るんだなって、感心すると同時に、やり切れなくなってしまって。

 はぁ……あの頃はまだ、何も知らない子供で、本当に愚かな子供だったんです、私は。

 称賛されるべき冒険者を、私は責めてしまいました。どうしてもっと早く来なかったのか、どうして父親を助けてくれなかったのかって……酷い話でしょう?」


「……でも、貴女はまだ子供だったのでしょう?」


「ええ。そしてまだ、私は子供のままだ。未だに、そう思ってしまう心がないわけじゃない。それと同時に、無関係の人に手を差し伸べるあの人の姿に、憧れを抱いてる。

 あの人は、責めた私を抱きしめて、泣きながら謝ったんです。もっと早く来てればって、ごめんなさいって。本当に、高潔な人だったんです。私はそれに憧れたはずだったのに、今じゃこんなだ」


 クラムは自嘲する様に笑った。それが意味するものが何なのかを、私は知る由もない。


「貴女がネネッシュ様と行動を共にするのは、そういった理由からなのですか?」


「確かに、それもあるでしょう。私はネネッシュに、あの冒険者の姿を重ねているのかもしれない。ネネッシュのやろうとする事を手伝えば、私は自分自身が憧れた理想の様なモノに触れられると思ったのかもしれない。今回だってそう。殺人犯を捕まえて街を守れば、貴女に近づけると思ったのかも」


「私に?」


「はい。貴女は、関わりの無い私やネネッシュを助けてくれた。貴女にも、高潔な心が宿っていると、私は思っています」


「…………それは、買い被りだと、申しておきましょうか。ですが、そうですか。貴女を焚きつけてしまったのは、私だったのですね」


「あっ、いえ、そんなつもりで言ったんじゃ……」


「いえ。大丈夫です。それなら、今回は貴女の期待に応えましょう。私は、他者に定義されて初めてその価値を得るモノですから。高潔さは保証できませんが、必ず殺人鬼を始末して御覧に入れましょう」


「やって、くれるんですか?」


「ええ。最初から、そう申しておりますよ。それに、私は子供を傷つける人間が嫌いですから。―――だから、その代わり、私と一つ約束をしてもらいたいのです」


「約束ですか? わ、私にできる事なら、何でもします!」


 何を言われると思ったのか、クラムは緊張したように固まった。


「ええ。なら、どうかご自分を嫌いにならないように。例え後悔があっても、貴女が抱いた憧れを否定しないで下さい。それは紛れもなく、崇高なものですから。高潔さとは、成るべくして成るものではなく、在ろうとするから成るものなのだという事を、見失わないで」


 クラムは私の言葉を、真剣な表情で聞いていた。これを彼女がどう受け止め、これからどうするのかは、もう私が口を出せる話ではない。

 だけれどやはり、私やアリエッタの様になってほしくは無いと、そんな風に願わずにはいられない。

 この少女が対峙するのは、自身の後悔だけでいい。

 現実も因縁も怨讐も、他の全てを私が肩代わりしよう。私の様な汚れ役に与えられるべき役割はきっと、そういうモノのはずだから。


「それでは、そろそろ失礼します。クラム様もお疲れでしょう。今は、休む事だけを考えてください。それでは」


 頭を下げ、部屋を後にした。クラムは何も言わなかった。

 客室に戻ると、アリエッタは外出の準備を始めていた。


「ああ、ちょうど良かった。ミュー、倉庫の調査に行くわよ」


「承知いたしました。直ぐに支度を―――ああ、そうだ。アリエッタ、一つお願いが有るのですが、聞いていただけますか?」


 勝手な頼み事と気乗りしなかったが、アリエッタは優しく微笑んだ。


「もちろん。貴女の頼みを、断るわけないでしょう」


「その、クラムに脚を造ってあげてほしいのですが」


「そう。それなら、工房で試作してる新商品があるわ。すぐに届けさせましょう」


「本当ですか、ありがとうございます!」


「良いのよ。貴女が言わなきゃ、私からやっていた事だもの。それに、この件は私たち二人だけじゃ手に余る。本社からミカ達を呼び寄せる時期だと、ちょうど思っていたしね」


 そう言って不敵に笑ってから、アリエッタは急に無表情に戻った。部屋の入り口にサスティバンがやって来たからだ。


「さっ、胸糞の悪い実況検分に行きましょうか」


 アリエッタは冷たく呟いて、部屋を出た。

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