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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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森の掟

 腕に落ちた雫の冷たさに、私は目を覚ました。

 瞬間、私は自分の両腕が拘束されている事に気づいた。壁から伸びた拘束具に腕を吊るされて、壁際で座り込む形になっている。


「なっ、なにっ、これ!」


 もがく度に鎖の音が、この空間の中で幾重いくえにも反響した。それはまるで、怪物の唸り声みたいに聞こえてくる。

 ここは石と鉄で造られた、照明も乏しい地下室の様な場所。視界の頼りとするのは、壁に備え付けられた古びた魔光灯の、頼りない灯りのみである。

 部屋には湿った空気とえた匂いが漂い、床は不快な事にぬめりを帯びていた。


「おや、お目覚めかな?」


 音を聞きつけたのか、前方の暗闇から、女が現れた。ワインレッドのコートを着た女だ。顔は仮面によって隠されていて、判別できない。あの殺人鬼の仲間だろうか?


「実に、珍しい種だね君は。こんなクソ都会の中で、出会えるとは思っても見なかった。その青い毛並み、大き過ぎる耳。クァールでもトップクラスと言われる脚力。―――知っているかね? 君は学名だとウェアクァール・フェネアと言うんだよ」


 女はそんな聴いてもいない事を、自慢げにぺらぺらと話し出す。


「そんなの、知らない。それより、私をどうする気? 他の子達みたいに、殺して怪物にするの?」


 無駄なあがきと分かっていても、精一杯に女を威嚇する。


「ふっ、勘違いをしている様だが、あれをやったのは私ではないよ。それに、君が追っていた男でもない。まあ、殺したのはあの男で間違いないが、遊び終わった残骸をどうするかは別の女に一任していたんだ」


 そんな女の言い草に、私は腹が立つ。


「ふざけるな! 人の命を、玩具みたいに!」


 女は怒りに打ち震える私を、まるで嘲笑するかの様に喉を鳴らした。


「玩具だとも。この世全ては、我々召喚者ナンバーズの遊び場だ。いつの世も、力を持つ者にのみ世界をかき乱す権利があるのは道理だろう」


「そんなの、ただの傲慢じゃないか!」


「傲慢だとも。権利は与えられるのではない。主張するものだ。ならば、強者にのみ主張の機会が与えられる世界は、そもそもに傲慢なのだ。私が特別悪辣な訳ではないさ」


「それは違う。私の故郷じゃ、誰もが協力し合って、苦難と喜びを分かち合っていた。人は強いとか弱いとか、そういう事ばかりじゃない。尊重して、思いやって、そういう心で、世界を平和にする事だって、できる。アンタみたいな、ヤツばかりじゃないよ!」


「ふふっ、まさかウェアクァール(君たち)がそれを言うのかね? あの貧民窟で、君はいったい何を見て来たんだ? 結局君の故郷だって、戦火に消えたのだろう? そんなものは、まやかしだとも。結局"個"から"集合体"へ視点が変わっただけで、なにも変化なんてしていないだろう? 弱ければ滅びるのだ」


 女の指摘に、私は反論ができない。この女への反感からあれこれ論じてみたものの、やはり私自身、この一年間で彼女の言うその道理とやらを、嫌と言う程経験してきたのだから。


「私の故郷では"Gesetz des Dschungels"という言い方をするのだがね。これは強い者が食らい、弱い者は食われるという意味だ。自然の摂理を端的に言い表した、じつに分かりやすい表現だろう? 人は所詮、獣なのだ。しかし知恵があるから、傲慢になる。獣が獣を殺すごく当たり前の行為を、道徳や倫理から外れた行為と論じるのだ。私達の行為は、全て自然の一部だとも」


 なるほど、確かにこの女はイカレている。これだけ弁を尽くして語れるだけの、理解がありながら、明らかにそれに反した行いをしているのだから。


「……いいえ。確かに、強い者が生き残る構図は、自然なモノかもしれない。でも、アンタのは違う。獣が殺すのは、生きるため。食べて、身を守るため。アンタみたいに殺す行為を喜ぶ生き物はやっぱり、この世界には居ちゃいけない」


 女は何がそうさせたのか、ただ楽しそうに笑った。


「良いな。君とは実に討論のし甲斐がある。"ああ言えばこう言う"という、言葉遊びが私は大好きなんだ。ああ、実に残念だ。君が実験材料サンプルでさえなければ、私の助手にしたいくらいだ」


「人殺しの助手なんて、こっちから願い下げだ」


「ふふっ、いいや。私は殺す側ではないよ。むしろ創る側なのだ。―――君は言ったな、動物が殺すのは生きるためだと。その通りだよ。私がこの実験を百年以上前から繰り返しているのは、私自身が生き残るためだ」


「どういう事? 百年って、貴女もしかして吸血鬼?」


「はっ! あんな劣化した模造品と一緒にしないでくれ。我々はそれらより遥かに優れた本物だとも。……まあ、こんな話を君にしたところで意味はないな。獣人にイリアスの神話など、関係ないからな」


 女はそれだけ言うと、突然背を向けて暗闇の方へと歩き出した。私と話す気は、もう無いらしい。


「来たか……怪我はどうだね?」


 女が、暗闇に向かって話しかけた。目を凝らすと、闇のなかに人影を確認する事ができた。


「ええ、元々たいした怪我ではないので」


 答えたのは、男の声だった。おそらく、さっきの仮面の男だろう。


「ふむ―――君も存外丈夫だな。鍛え上げられたフェネア種の脚力は、岩をも壊すと聞く。あの娘が未熟者だった幸運に感謝しろ。……そもそも、私の言いつけ通りにしていれば、こうはならなかったんだ。どうして、あの娘を狙った?」


 叱る様に、女は訊いた。どうやら構図が見えてきた。男が実行犯で、あの女がやはり黒幕の様だ。


「アイツはネネッシュを歪ませた元凶だ。アイツさえいなければ、全部収まる」


「……」


 男の回答に、女は呆れた様子だった。だが、私にはそんな事はどうでもいい。気になるのはなぜ、この男がネネッシュの名前を出すのかという事だ。


「……アンタ、どうしてネネッシュを知っているの?」


「無視しろ」


 私の問いに、仮面の男が反応した。女は男を制したが、彼は聞かずに私に迫った。

 男の脚が、私の顔の真横を通過して壁を蹴る。

 それに怯んだ私へ、仮面の男は苛立ちを含んだ言葉をぶつけてくる。


「どうして知っているのかだと? ……アイツは、俺の話を、ネルンの話をしなかったのか?」


「……ネルン?」


 それが、こいつの名前? ―――分からない。ネネッシュはそんな名前を口にした事があっただろうか?


「そうか。……そうかよ」


 仮面の男は低く呟くと、腰からナイフを抜いて私の左肩に突き立てた。

 肉を裂く嫌な音と、鋭い痛みが、肩から全身へ駆け巡る。


「―――――――――――――――!!!!!」


 あまりの痛みに、私は悲鳴を上げた。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛いっ!


「馬鹿者っ!」


 女が、男を蹴り飛ばした。


「あぐぅっ―――はぁ、はぁ…………私を、殺すの?」


 女に問う。彼女は応えず、無表情で私を見下していた。

 怖い。……麻痺していた恐怖が、今になって戻って来た。

 何を、考えていたんだ私は?

 何を、焦っていたんだ私は? 

 自分さえ良ければ良かったはずなのに。自分が生き残る事こそ、最優先のはずだったのに。

 私はどうして、ここに来てしまった?

 気づけば顔は涙で濡れ、尻の下は不快な温度で湿っていた。なんて、惨めな。


 女は男へ視線を移すと、冷ややかに言い放つ。


「あまり調子に乗るなよ、クソガキ。私がお前の面倒を見ているのは、あくまでも私に協力する対価としてだ。この実験材料サンプルの確保は手柄だが、それを無闇に傷つけては意味がないだろう!」


「ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ!」


 男は床に這いつくばって、女へ謝罪した。そこにさっきまでの荒々しさはない。まるで、親に叱られる子供みたいだった。


「さて、―――」


「―――あぐっ!」


 女は容赦なく私の肩からナイフを引き抜いた。


「悪いが、名前を聞いた以上、君には死んでもらおう。だが、安心していい。私は彼の様に、恨みがある訳ではないからね。痛みを感じないようにしてから、()()()()()()()()()――――――」


 その冷ややかな声で発せられた、おぞましい宣告に、私は震えあがる。逃れようとあがいても、拘束は私を固定して放さない。

 女の右手が私の顔を掴んだ。頭蓋を破壊されるんじゃないかという勢いで、女の指が私の頭部を捉える。


「嫌ッ、やめて―――死にたくない! 私は、まだ、死にたくないっ!」


「お休み。リヴ・ヒュプノスア――――――」


 私の言葉が届くはずもなく、冷酷な女の呪文が私の自由を奪った。

 駄目だと分かっていても、魔法の影響力には逆らえず、身体は硬直して動かなくなった。感覚も、感触も無くなって、私はただ目で状況を見つめる事しかできない。

 そう、残酷な事に私の意識は残ったままなのだ。目を閉じる事も叶わず、視線すら動かせない。

 自分が殺される状況を、ただ見ている事しかできないのだ。

 なにが、安心していいだ。この女は、殺人鬼どころか本物の悪魔だ。こんな残酷な方法を、あえて選ぶなんて!


 女が私の脚に、ナイフを入れた。痛みは感じない。

 けれどそれ以上の絶望と恐怖を私に与えながら、女は私の脚を丁寧に丁寧に、解体していった。


 あぁ、止めて。私を壊さないで。……誰か、助けて。


 そんな言葉は、私の内から出る事も叶わずに、虚しく消えていった。

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