疑惑
宿へ戻ると、アリエッタは情報収集の為に電話をかけた。
理由は、私の目の前に置かれた新聞だ。報じているのは、憲兵団の拠点が襲われたという事件。
これを見るなり、アリエッタは昼間のゾンビ共との関連を疑いはじめた。昼間の内は、自分達に関係のない事だと言ったが、この報を見るなり気が変わったようである。
「そうですか。……はい、それだけ分かれば結構です。ええ、それではまた。ありがとうございました、大尉」
電話の相手は、軍開発局局長のエンバー大尉だろう。彼は友好的なので、アリエッタも快く接している。
アリエッタは受話器をそっと置くと、深刻な声で私に言う。
「ミュー、やはり腐乱死体が有ったわ。間違いない。昼間の生死体と憲兵団拠点の襲撃は同一犯よ」
「共通の犯人でしたか。……となると、死霊術師はアンデレトワ家とは無関係そうですね」
「そうね。正規の魔法使いではないのは確かよ。死霊術ならアシュメスを疑うべきだけれど、彼らは仲間意識が強い種族だから、同族の死体を利用するとは思えない。ウェアクァールも同じよ」
「だとすると、エルーシナか、ノイヤ……あとはオウガ族ですか」
「オウガは除外して良いかも。彼らは魔法より、分かりやすい武力を行使したがる傾向にあるから。それに、オウガなら正面から正々堂々と挑むわ。こんな姑息な手は使わないでしょう。まあ、犯人を推測するより、目的を推測した方が解答には近づけそうだけれど……まだ情報が足りないわね」
「各紙でも、色々憶測が流れていますが、はっきりした目的は分かってないみたいです」
テーブルの上に視線を落とす。街で買ってきた五枚の新聞が並んでいるが、そのどれもバラバラに、独自の解釈を述べている。多くの人間がこの事件に注目している様だが、アリエッタの言う通り情報が少ないのだ。
誰もが疑わしいというばかりで、その根拠や証拠を挙げるまでには至っていない。夕刊の内容を見るに、憲兵団もそれは同じ様だ。捜査機関でさえ、有力な痕跡は掴めていない様子だ。
アリエッタは新聞の報を、軽く一蹴した。
「ああ、政府に不満を持った反抗勢力とか、バスティアの工作員とかってやつね。その可能性は恐らくないでしょう。二十三分署は街の外れにあるし、あそこはそもそも交易路にすら面してない。国や街に打撃を与えたいのなら、そもそも憲兵団の拠点以外にだって、効果的な施設はいくらでもある。私としては目標からして違う気がするけれどね」
「目標? ……死霊術師の目的は、憲兵団への攻撃ではないと?」
「ええ。二十三分署で見つかった腐乱死体は、全員ウェアクァールだったそうよ。そして、昼間アシュメスの生死体と遭遇したのも半獣人街の外れだった。
憲兵団は当然、ウェアクァールに何かしらの疑いを向けるでしょうし、アシュメスの死体があの街から出れば、アアルメリオが黙ってないでしょう」
「なるほど。ウェアクァールに疑いの目が向くように仕組まれている……でも、それこそウェアクァール達が憲兵団を襲ったという証拠なのでは? バスティア帝国は、ウェアクァールの国でしたよね。祖国と戦うこの国を、快く思わない人たちだって居るはずです」
「まあね。けど、それなら二十三分署は無い。あそこは半獣人街からは一番遠い分署よ。近場にいくらでも、分署ならある。特別重要な拠点という訳でもないしね。だから誰も、ウェアクァールの犯行だとは言い切ってないのでしょう」
「そうか。……誰かが、ウェアクァールを貶めたがっている?」
「もしくは、そうする事でこの街の情勢をかき乱したい輩が居るか……ね。この街の勢力図を、書き換えたがっている連中はいくらでも居る。四大勢力の力関係に変化が生じれば得をする人間もね。これはむしろ、そういう動きの様な気がするわ」
エルーシナの『オムナシグ』、ウェアクァールの『スカジャハス』、アシュメスの『アアルメリオ』、そしてオウガの『コウガハン』、これらはリアチーヌ王国で暗躍する四つの反社会組織だ。私の世界風に言えば、ギャングやマフィアの様なものだろう。
これらの組織は、ここアルフェンで微妙な均衡を保ちながら共存しているが、必ずしも全ての組織が友好関係にあるとは言い難い。
表の世界にまで密かな影響力を持っているこれら裏社会の支配者たちの中には、隙さえあれば勢力を拡大しようと構えている所もあるという。
スカジャハスの様に、干渉する事もされる事も許さない平和的な組織もあれば、アアルメリオの様に薬物や兵器の密輸入で街の全域に手を伸ばしている組織もある。これらの組織が、今は絶妙な力加減によって均衡を保っている状況なのだ。
それをかき乱す事で、自分達の立場を有利にしようと考える者たちは、当然居るだろう。
「これは、組織同士の抗争ということですか」
私の問いに、アリエッタは頷く。
「または、抗争を起こす事が目的の誰かか。抗争が起きれば、アルフェンの街中で戦いが起こる可能性は十分にある。戦争で疲弊している今の現状で、街の治安を悪化させると、誰が得をするのか……」
「なるほど。結局堂々巡りって事ですか。確かに、判断するには材料が少なすぎますね。……でも、アリエッタがこの問題を気にし始めた理由は分かりました。確かにこの事件、何か嫌な予感がします」
裏社会の勢力図が変わり始めるという事は、そこに付け入る隙が生まれる可能性があるという事だ。この国を動かすために、裏の世界へ進出したいアリエッタにとって、足掛かりを得る格好の機会と言えるだろう。
同時に、この事件の気味の悪い感じは、私達が嫌という程味わってきた類の物でもある。
エニグマという不確定要素と対峙した今、私達はなおさらこういった事には警戒しなくてはいけない。
「ええ。私達も、戦う用意くらいはしておいた方が良いかもしれないわね」
アリエッタは構える私とは対照的に、とても落ち着いた様子でそう言った。それが強かさからくるものではなく、私への信頼によるものである事を、私は心得ている。
だからこそ、気を引き締める。もう二度と、失う側には立つものか。




