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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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遭遇する話

 クラムの背中を見送ってから、ミューはゾンビの所見を口にした。ネネッシュの友人であるクラムに、気を遣った形だ。


「アリエッタ、この死体はもしやアンデレトワの……」


 ミューのそんな懸念を、アリエッタは否定する。


「さあ、どうかしら。これは正真正銘のゾンビよ。ルーンが感染させたモノとは、根本から異なる。これを放った人間は、相当に高度な死霊術の知識を持っているはず。商会勤めの一般人では、こんなもの作れっこない」


 死霊術は、この国では禁忌とされる魔法の一種だ。元は灰色長耳族(アシュメス)が生み出した黒い魔法の類とされている。その術の多くが非人道的な要素を含むことから、現代では当のアシュメス達ですら使わなくなったという。

 そんな古の高度魔術をアンデレトワの手の者が使えるはずもないと、アリエッタは語る。


「それに、ネネッシュさんがクラムさんの事を傷つけるとは思えない。―――いえ、そもそもそんな前提が有り得ないわね。……ミカの調査によると、アンデレトワ家にはルーンの他に四人の子供が居たそうよ。長男は既に死去していて、ネネッシュさんは当然除外。そうすると残りは長女と三男になるけれど、やはりどちらも魔法に精通している人物とは言い難い。

 仮に彼らが死霊術師を雇ったとしても、クラムさんを狙う理由が分からない。今回は関係ないでしょう」


 アリエッタの並べた情報を受けて、ミューは黙り込む。敵の情報を仕入れておく周到な姿勢には感心するが、同時にその執念深さには戸惑っていた。


「私が気になるのは、全員がアシュメスって事よ。アシュメスに死霊術なんて、いかにもな組み合わせじゃない。しかも獣人街の中で。これはもっと別の……何か良くない予感がする。ルーンなんかとは比べ物にならない、嫌な予感がね。

 まあ、今のところは様子見しましょう。私達に害があるとは限らないもの」


「ええ。そうですね……」


 どこか冴えないミューの返事に、アリエッタは首をかしげた。

 ミューの視線がクラムの消えた方へ向いている事に気づいて、アリエッタの口元が微笑む。


「……あの子の事が気になるの? 教会の時から、ずっとそうね」


「ばれていましたか」


 ばつが悪そうにミューは笑う。

 昨夜アリエッタがネネッシュと会談している間、ミューはクラムの様子が気になってその傍らで待機していた。ただ、不器用な彼女は話しかけるきっかけを見失い、ずっと立ち尽くしていたという訳だ。

 その様子を思い出し、可笑しさにアリエッタは笑う。


「もちろんよ。どれだけ一緒に居ると思ってるの」


「少しだけ……放っておけない感じがして」


 ミューは、サスティバンからネネッシュを庇った瞬間に見た、クラムの表情を思い出していた。絶望したその表情が、いつかのアリエッタと重なって、ミューは目を伏せた。

 身体を震わすミューを見て、アリエッタは不安そうに声をかける。


「ミュー、辛いの?」


「あっ、いえ……」


 慌てて顔を上げたミューへ、アリエッタは優しく言葉をかける。


「心配なら、気にかけてあげなさい。もう、後悔するような事はダメよ」


「はい。大丈夫です」


「そう。なら行きましょうか」


 アリエッタはミューの手を引きながら、今しがた自分達が出て来た空き家に目を向けた。二階建ての横に長い建築物である。

 それを無表情に、しかしどこか満足気に見てアリエッタは言った。


「それにしても、結構いい物件だったわ。これなら使えそうね」


「しかしアリエッタ、これを工房にするのは少し……」


 ミューは言葉を濁す。二人は昨日に続いて、商会の事務所を探している。

 広さこそ問題は無いが、二階建てという構造と、この場所の立地がミューには難があるように感じていた。

 ミューの言おうとする事を察して、アリエッタは言葉を返す。


「いいえ。これは工房じゃないの。不動産屋に頼んで、宿舎として使えるものを探してもらったのよ。孤児院を開こうと思って」


「孤児院ですか?」


「ええ。昨日あんな光景を見てしまってはね。……この街には種族も身分も関係なく、子供の力になってあげられる場所が必要よ。国がやらないのなら、私がするしかないでしょう。それに、こうすればネネッシュさんたちの負担も少しは軽減できると思うの。どうかしら?」


「それは、とても良い考えだと思います!」


 アリエッタの提案に、ミューは力強く頷いた。彼女がアリエッタの意見に背く事はまずないが、こういった善行にはより肯定的である。


「ふふっ、貴女がそう前のめりなのも珍しいわね。それじゃあ、準備をしましょうか。事務手続きは任せていい?」


「はい。承知いたしました!」


 朗らかな雰囲気で、二人は近くに停めている箱犬車キャリッジへ向かって歩き出す。

 不意に、そんな二人の前に人影が立ちはだかった。裕福そうな身なりの、目元のきつい女性だ。路地の出口を塞ぐようにして、その女は二人と対峙した。

 アリエッタを庇うため、ミューが前に出た。女はその対応には特に反応せず、自己紹介を始めだす。


「初めまして、アイルフィールの技師さん。私はアンデレトワ商会代表、ミライジャ・アンデレトワです」


 その名前に、ミューは警戒を強めた。ゾンビと遭遇して間を置かずに、因縁のある家系の人間が目の前に現れたのだ。この遭遇は、偶然にしては出来過ぎている。


「アンデレトワ……」


「ミュー、下がっていいわ」


 今にも攻撃を仕掛けそうな従者を、アリエッタは冷静に制した。渋々道を開けたミューの横を通って前に出ると、アリエッタはうやうやしくお辞儀をする。


「これはご丁寧に。お初にお目にかかります、わたくしアイルフィール商会の技師顧問をしております、()()()()()()と申します。アンデレトワ商会の代表様が、こんな一介の技師にどのような御用でしょうか?」


 アリエッタは身分を偽り、偽名を名乗った。ネネッシュに立場を明かしてしまっているとは言え、アンデレトワ家を警戒しているのはアリエッタも同じである。

 対するミライジャは、アリエッタの弁えた態度に気分を良くした。貴族というものの性質を、アリエッタはよく理解している。


「そうね、回りくどい事は無しにしましょう。うちに来る気は無いかしら? 給与は今の倍額出すわ。それ以外も、必要なものが在れば何でも融通する」


 意外なミライジャの提案に、アリエッタはほくそ笑む。これ以上滑稽な話もないだろうと。


「引き抜きという事ですか。……それは結構なお話ですが、貴女の商会は、貴女以上の給与を私に払う事ができるのですか?」


 アリエッタの返しに、ミライジャは眉をひそめる。これこそ、彼女にとっては予想もしていなかった言葉である。


「どういうこと?」


「そのままの意味ですわ。アイルフィール商会は私の造った物で全ての利益をまかなっている。商会は私を引き留める為にいくらでも出しますわ」


「……」


「それに、聞いたところによるとアンデレトワ商会は今不調だとか。業績を伸ばしているアイルフィールから、私が移る利点があるのでしょうか?」


 ミライジャは苦い顔で歯を食いしばる。しかしこれは、想定していた事だ。エニグマの提案を聞いた時から、ミライジャはこの取引が無謀な行為である事は分かっていた。

 それでもこうしてアイルフィールの技師を探し出し、話を持ちかけるほどに追い詰められているミライジャには、ここで退く事の出来ない意地がある。


「確かに貴女の指摘通り、今のアンデレトワは落ち目だわ。けど、戦争はいずれ終わるのよ。武器を造っているだけの会社が、いつまでも繁栄し続けると思うの?」


「なるほど。確かに、アンデレトワ商会の規模は大きい。軍需産業外の業務に活気が戻れば、貴女の所に勝てる商会は無いでしょう」


 アリエッタは含みを持たせた笑みを浮かべて、頷いた。

 いつもどおりの作り笑顔だが、アリエッタが無意識のうちに抱いた本物の愉悦の感情が、ほんの少しだけにじみ出る。


「ですがね、そうはならないのですよ。戦争は終わらない。断言したって言い。この戦争が終わっても、この国はまた新たな戦争を始める。この国は戦う事を止めません。貴族院が利益を求め続ける限り、絶対にね。貴女だって、分かっているでしょう?」


 本人すら気づかないうちに、どす黒い空気を纏うアリエッタ。その笑みに、ミライジャは慄く。

 年端も行かない少女がそんなものを浮かべるという事実に、ミライジャは感じた事の無い嫌悪を覚える。


「……るで、まるで貴族院が悪いみたいな言い方をしているけれど、貴女だって戦争で儲けている一人でしょう」


 ミライジャは自分の声が微かに震えている事を感じ取り、自尊心から虚勢を張る。こんな小娘に、自分は何を怯えているのかと。

 そんなミライジャとは対照的に、アリエッタは澄ました態度で応じた。


「ええ。だから私は戦争が悪いなんて申しませんわ。悪いのは、さて、誰なんでしょう?」


 嬉々とした態度で発されたその一言で、ミライジャはこの技師の人柄を理解した。

 戦争を―――いや、それに類する全ての混沌をこの少女は楽しんでいるのだ。そして、自身がその中心に居る事をこの少女は楽しんでいるのだと。

 兵器を造るという行為を、アリエッタは悦楽としている。商売人のミライジャには、そんな狂気は無い。


「…………駄目ね。悪いけど、この話は無かった事にして。貴女みたいな―――危険な人とは組めないわ」


「そうですか。それでは」


 アリエッタは無邪気な子供の様な笑顔を浮かべると、ミライジャの横を通り過ぎた。ミューはミライジャを警戒しながら、その後に続く。

 そうして路地に一人残されたミライジャは、苛立ち紛れに地面を踏みつけた。弾けた小石の音が、虚しくいつまでも路地に響き渡っていた。



「意外と、度胸がないのね彼女」


 箱犬車キャリッジに乗り込んでから、アリエッタはどこか皮肉を含んでそう言った。すでに興味は薄れたのか、いつも通りの無表情に戻っている。


「少し意地が悪かったのでは?」


 少し困った風にミューが言った。警戒していたものの、ミライジャがルーンの様な類の人間ではないと、ミューは先ほどのやり取りで察していた。アリエッタであれば、それはもっと早く、確実に確認できていたはずである。


「そうかしら。アンデレトワのご当主相手には、このくらいで十分よ。それに、汚名を被る度胸も無い人間に、生き残るなんてできるはずもない。私の様に悪だくみをしろとは言わないけれど、武器を売る以上は、ある程度黒に染まる覚悟が無くてはね。あの人には、自分を変える覚悟はないわ。あれなら、ネネッシュさんの方が向いてるかもね……」


「……そうでしょうか? 私はそうは思いませんが」


 アリエッタの意外な評価に、ミューは戸惑う。大人しいネネッシュに比べれば、気性の粗そうなミライジャの方が商人に向いていそうなものである。

 アリエッタは無表情のまま、どこか声だけは愉快そうにして、


「ふふっ、さあ、どうかしらね」


 と笑った。

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