表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
79/274

探す者の話A

 陽がある程度昇ってから、私は半獣人街バルヘンクァールへと向かった。昨日ネネッシュと約束した、人捜しのためだ。

 最近炊き出しに顔を出さなくなったというキロエとカリーは、半獣人街バルヘンクァールに住む孤児である。歳が近かった事もあって意気投合し、二人とはよく一緒に遊んだりした事もある。

 ただ、私が寝床を移してからここ二ヶ月ほど交流が無かったせいで、二人が今どこで何をしているのかは見当もつかない。

 貧民窟の孤児は廃墟に棲みついている者が多いが、一か所に長く留まる事はあまりなく、気分で場所を転々とする。その為、いざ捜すとなると一筋縄ではいかない。

 大人と違って、子供は自分の事をあまり他人には話さないものだ。交友関係をあたったところで、私的な情報が得られる事はほとんどない。


 とりあえず、二人が住処にしていた廃墟を訪れた。三階建ての四角い建物だ。壁は剥き出しで、窓には何もはまっていないような、そんな寒々しい場所である。

 以前、ここで二人とかくれんぼをした。部屋がいくつもあって、遊び場としては都合の良い場所なのだ。

 二人は拠点を移したのか、この廃墟には居なかった。

 廃墟の中で何人か子供に会ったが、彼らもキロエとカリーの行方については知らなかった。ただ、中には二人が居なくなった時期をきちんと把握している子が居て、だいたい二週間ほど前から姿を見ていないという情報を得られた。


 二週間というのは結構長い期間である。それだけの間、誰も姿を見ていないというのはいよいよ不自然な話だ。確かに半獣人街バルヘンクァールは、背の高い廃墟が連なった複雑な街だが、範囲はそれほど広くないのだ。

 大人も子供も、そこに住んでいれば誰もが顔見知りとなる様な、そんな場所だ。この街に住んでいて、二週間以上潜ったまま生活するなんて、意識して隠れでもしない限り不可能である。

 だとすれば―――


人攫ひとさらいか、殺しか……」


 呟いて、振り払うように首を振る。嫌な考えだ。それを断定してしまうのは、残酷な事だ。

 だが、この世界はそういう所だ。盗賊や商人は子供をさらい、売り物にする。頭の中で線の切れた者は、独自の解釈で平然と他者の命を奪う。人の悪意が充満した、掃き溜めのような街なのだ、ここは。

 だから最悪の事態は覚悟しなくてはいけない。この街で何か異常事態が起きているというのなら、私は道徳を捨ててでも自分の身を守る事に神経を注がなくてはいけない。私はこんな所で、死にたくない。


 気持ちを落ち着けてから、廃ビルを出ようと階段を下りた。

 退廃的な雰囲気がそうさせるのか、この街に居ると陽の下でも陰鬱な感情に苛まれる。ここはやはり、心を穢し、魂を蝕む街だ。


「ネネッシュに、会いたいな……」


 綺麗なものに触れたくて、そんな言葉を口走る。


 ―――しかし私の前に現れたのは、私の心中を投影したような醜いものだった。


 階段を下りた途端、目の前に数人の人影が見えた。半獣人街バルヘンクァールではまず見る事の無い、灰色長耳種アシュメス族の男たちだった。組織の協定で、彼らがこの地域に足を踏み入れる事は無いはずだ。

 そもそも異常なのは、全員が白目を向き、力なく開かれた口からは不快にも唾液を垂れ流している事。鼻を突く悪臭を漂わす彼らは、どう見たって異質な存在だ。

 身の危険を感じて、私は後退る。これに関わるのはまずい。逃げなくては―――

 しかしそこで、ふと気づく。この廃墟の主な出入り口はここしかなく、そしてこの廃墟の上階には自分よりも幼い子供たちがたむろしている。私が後退して中へ逃げれば、あの子達も巻き込まれるだろう。

 ……


「追って、来いっ!」


 私は叫んで、足を踏み出す。アシュメス達の間をすり抜けて、外へ飛び出した。

 振り向くと、アシュメス達は追って来ていた。数は七人。全員が恐ろしい程に足が早い。アシュメスとウェアクァールでは身体能力に差があるはずなのに、私の速度に追いついて来ている。


 自分の甘さに歯噛みする。他人の為に、自分の身を危険にさらすなんて。

 いや、連中は最初から私を狙っていたのか?

 ……分からない。誰かに恨みを買っている可能性は否定できないけれど、それにしたって異常すぎる。

 あのアシュメスたちは正気じゃない。不自然すぎる。まるで薬か何かで操られているみたいじゃないか。

 連中に捕まったら、死ぬよりも悲惨な目に遭いそうだ。それだけは、絶対に嫌だ!


 あても無く裏路地を走り抜ける。逃げても逃げても、追いかけてくる。

 こっちの体力が限界にきているのに、追手は依然として一定の速度で追いかけてきていた。疲れを感じていないのか。いや、そもそもあれは生き物なのだろうか? アシュメス達からは、声も息遣いも聞こえてこない。人の形をしただけの何かに追いかけられているみたいな、そんな不気味な雰囲気を感じる。


 息が上がり、足元がふらつく。体力が限界に達し、私は何も無い所でつまずいた。

 堅い地面に打ち付けた衝撃で、視界が揺らぐ。鼻の奥から、きな臭い匂いが上がって来る。

 ……駄目だ。止まってちゃいけない。このままじゃ、わたし死んじゃう。それだけは、それだけは絶対に嫌だ。


 両腕で体を支え起こす。追手の足音はすぐそこまで来ていた。

 逃げなくちゃ……逃げて、生き残らなくちゃ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だっ!


「―――死にたくないっ!」


 叫んだ瞬間、私の視界を黒い何かが遮った。

 全身の力が抜けて、涙がこみ上げる。死んだと思った。けれど―――


 肉と骨を裂く、不気味な音が背後から聞こえて来た。

 振り向くとアシュメス達が倒れていて、私の頭上では光を反射させて何かが高速回転していた。それが剣で、アシュメス達を斬り倒したものだと気づくのにしばらくかかった。


「お怪我はございませんか?」


 女の人の声がして、私は回転刃に気を付けながら前方を見上げた。そこに居たのは、アイルフィール商会の従者だった。私の視界を遮った黒は、彼女のスカートだったらしい。


「あっ……あの、ありがとうございます」


 私がお礼を言うと、彼女は優しく微笑み返してきた。

 彼女を中心に空中で回転していた剣は、動きを止めるとドロドロに溶け、彼女の手元に吸い込まれていく。見た事も無い、奇妙な魔法だ。


「立てますか?」


「あっ、ありがとうございます」


 従者さんが手を貸してくれて、私は立ち上がる。視界が上がると、すぐ近くに商会の女主人が居るのも見えた。たしか彼女は、アリエッタと言ったか。


「貴女は、ネネッシュさんと一緒に居た子よね?」


「はい、クラムといいます」


 アリエッタさんは私の前に立つ。虚ろな眼に威圧されて、つい緊張してしまう。


「どうして、彼らに?」


 アリエッタさんの問いに、私は首を振る。落ち着いた今でも、状況が理解できないでいた。


「それが、よく、分からなくて。突然、追いかけられて……」


「……お嬢様、これを」


 従者さんに呼ばれ、アリエッタさんはアシュメス達の死体に近づいた。私としては不気味で触れたくも無いのだが、アリエッタさんは平然とした様子でアシュメスの身体を調べ始める。


「…………吸血鬼の眷属じゃない。腐ってる。これは死霊術かしら?」


 なにやら呟いて、アリエッタさんは唐突に私の方を見た。


「クラムさん」


「はっ、はい!」


「この街には、()()()()()がよく出るの?」


「まさか。こんなの、初めて、です」


 こんな得体の知れないものが、昼間から闊歩かっぽしている様な光景が、日常であってたまるものか。


「そう……誰かに命を狙われているという可能性は?」


「それも、たぶん……無いと、思います」


 私が否定すると、アリエッタさんは涼しい顔で考え込んだ。それから作り物の笑みを見せて、優し気に彼女は言った。


「そう……念のため、安全な所まで送って行くわ。教会に住んでいるの?」


「あっ、いえ。そこまで、していただかなくても、私は、平気、ですから。一人で、帰れますので」


 きっと身の危険は無いのだろう。そうと分かっていても、私はなんだかアリエッタさんが怖くて断った。

 アリエッタさんと従者さんに礼を言って、私はその場から急いで逃げ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ