アルフェンの深い夜-【 】
寝静まった街の中心地で、そいつは人を殺していた。
何度も何度も丹念に、まるで掘り物でもするかのように半獣人の女を切り刻んでいた。
そいつの傍らには、見慣れた赤いコートの女が佇んでいる。僕の嫌いな、嫌味な女。
いかれぽんちな殺人鬼は、死体漁りに満足すると、コートの女に何やら話して去って行った。
殺人鬼の気配が遠ざかるのを待って、僕は地上に降り立つ。
僕が目の前に現れても、コートの女は顔色一つ変えずに、済ました顔で僕を一瞥した。
「来たか」
赤いコートの女―――エニグマは、素っ気なくそう言った。これは流石に、寛容が売りの僕でも腹が立つというものだ。
「酷いなぁ、人を呼びつけておいてそんな態度をとる訳? 流石の僕も怒るよぉー?」
僕がそんな風に嘯くと、エニグマは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「ふっ、感情を失った死に戻りが怒りを語るのかね?」
「冷たいなぁ。ふりくらいはしないとつまらないだろう? 君、死体より冷えてない? 普段の不敵なレクティバス博士はどこに行ったのさぁー」
普段から全てを見下したような不遜な態度をとるくせに、今日はなんだか冷めている。こういう時は、大抵この女が不機嫌な証拠である。
エニグマは依然変わらぬ態度で、自嘲気味に笑った。
「あれこそ、ふりだとも。本能の私が感情豊かに振る舞えるものかね」
エニグマの言に僕は思わず首を傾げた。おかしなことを言うものだ。感情なんて、理性から発生するものでも無いだろうに。ただ、それを指摘するとこの傲慢な魔女はいよいよ手が付けられなくなるので、僕は流す事にした。
「そういうものかなー……まあ、いいや。それより、僕を呼んだのはこれかい?」
僕が女の死体を指さすと、エニグマは頷いた。
最近は殺人鬼の後始末に、僕が呼び出されることが多い。人の事を掃除屋扱いしてくれることには遺憾の意を示したいが、それはエニグマも同じだろうから収めておく。
おおかた彼女の機嫌が悪いのは、手下が言う事を聞かずに好き勝手殺しまわってるとか、そんな理由なのだろう。エニグマは自分の手下が思い通りに動かなかったりする事が、一番我慢ならない質なのだ。
天才が馬鹿に振り回されるのを嫌う。それは別に自分が天才でなくとも、何となく納得できる字面ではある。
「ああ、処理してくれ。できるか?」
「朝飯前だよ。ネクロマンシーがちょいと魔法の粉を取り出せば、死人も飛び起き走り出すってね」
まあ、魔法の粉なんて使わないけれど。
ちょいと回復能力を使ってやれば、女の死体は動き出す。それがたとえ■の中身が無い体であろうと、お構いなしである。たちまち生ける屍の完成だ。
唸りを上げて、ゆらりと起き上がった生死体は、僕が命じるままに、歩いてこの場を去って行く。
その様子を見送りながら、エニグマは苛立ちを含んで低く呟いた。
「―――まったく。シャム種の検体はもう要らないと言っているのにな……サンプルの収集に協力する気はあるのかな、あの子は」
やはりエニグマの不機嫌は、殺人鬼の勝手な行動によるものらしい。
「ふふっ、それは傲慢というものじゃない? 君は彼の殺人欲を利用しているだけで、報酬なんて払ってないんだろう? 言う事を聞くだけの犬がほしいなら、暗殺者を雇わなくっちゃ」
雰囲気が悪いので、少しばかり陽気な調子で指摘をしてやると、エニグマは不機嫌を押し込む様な不細工な表情で頷いた。自尊心の高い彼女は、僕なんかに正論を言われるのが一番キツイのだろう。それでも、デキる女的には、怒りで取り乱すとかはナンセンスらしい。
「嫌味な女だ……しかし、君の言う事も一理あるな」
美女の醜態を見て、深夜呼び出しの鬱憤を晴らした僕は、上機嫌で追い打ちをかけてみる。
「そうさ。ついでに僕にも報酬を払ってくれるとありがたいんだけどなあー? 毎回、死体掃除の報酬が死体そのものって言うのもねー」
しかし、これには済ました顔をして返答してきた。まったく期待外れもいい所である。
「そのうちな。―――それより、頼んでいたものはできているか?」
「はいはい。アシュメスの生死体でしょ? 注文通り七体仕上げておいたよ」
僕がポンと手を叩くと、応じて路地裏の闇から七体の生死体が、のっそのっそと現れる。全員が灰色長耳種の死体だ。エニグマから発注を受けて作った、僕の商品である。
エニグマは指定した人数が揃っているかを指さし確認して、頷いた。
「いいだろう。揃っているな。これは手間賃だ」
エニグマから受け取った金の枚数を数えながら、こんな物を要求してきた理由を尋ねてみた。
「いったい生死体なんて何に使うのさ? しかもアシュメスなんて。僕だってギャングは敵に回したくないんだよ?」
少しだけ愚痴も混ぜつつそんな問いをかけると、エニグマは不敵に笑った。
「なあに、ちょいと喧嘩を売ってやろうと思ってね」
「喧嘩? 誰に?」
エニグマの敵は多いが、わざわざ彼女から犬をけしかける様な相手はそう居ない。
気になって訊き返すと、意外な答えが返って来た。
「転生者さ」
楽しそうに笑うエニグマを見れば、それが冗談でないと分かる。
「お仲間ね……そう。この街に居るんだ」
それはそれは……楽しそうな事になっているじゃないか。
思わず口元が緩んでしまう。同じ異世界人なんて、僕らからしたら恰好の実験材料だ。
そんな僕へ、エニグマは少しだけ慌てた様子で念を押して来た。
「おっと、先に見つけたのは私なんだ。横取りはしないでくれよ」
「はいはい、了解だよ我が主。僕は黙って観察してますよ」
ふてくされてそんな風に返してやったが、当然言いつけを守る気は無い。
そんな僕の心中はお見通しとばかりに、エニグマは僕を睨んでいた。
◇
さあさ、準備は完了だ。
役者は舞台にそろい踏み。
悪い少女と、綺麗なお人形。
不幸な女の子と、憐れな少女。
怒れる彼女と、嘲笑うあの子。
迷う獣と、憐れな人殺し。
ちょいと癖が強いけど、この舞台に立つにはその位じゃなくっちゃ。
脚本、演出、果ては美術まで。全てが全てこのボク作!
さあさ、それではご静粛。
これより始まる素敵な悪夢は、あの娘のために!
喝采せよ、喝采せよー! 世界の終わりの始まりだ♪




