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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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アルフェンの深い夜-【ミライジャ】

 ミライジャ・アンデレトワの人柄を端的に表現するならば、鉄の女と言うのが妥当であろう。

 自分も含め、世界の全てに一切の妥協を良しとしない完璧主義者。

 怠惰である事、不完全である事を憎み、怒り、憤る様な、苛烈すぎるほどの情熱を持った人物。

 しかしそれ故に、彼女は自分の目で判断した物を絶対とする、傲慢ごうまんの塊でもあった。彼女が劣っていると判断したなら、他の主張や客観的な目線は、全て考慮にも値しない。

 自身の型にハマらない物を侮蔑ぶべつする、怒れる暴君なのである。

 それにまだ救いがあるとすれば、そう言った信条を自分自身にも徹底している事だろう。彼女は誰よりも自身に完全を求め、妥協なき人生を歩んできた。

 それは彼女がアンデレトワ家の当主になってからも変わる事は無く、歴史ある商会の長という重責を問題なく遂行している。


 そう、彼女に問題は無い。問題があるとすれば、それは時代が悪かったという事。

 この時期に、衰退の兆しを見せている商会を継いだことは、ミライジャにとって結局のところ最悪でしかなかった。

 商会が失った信頼と、下降していく業績、そして跡継ぎ争いによって生じた数多くの不始末の精算。それらをミライジャは、一身に背負う形となってしまったのだ。

 彼女がどれほど完璧にその職務をこなそうとも、意図しない所から足を引っ張られてしまう。

 無能な部下の不始末。無責任な前会長の不始末。死んだ次男の遺していった大きな損失。数え挙げればキリがない。

 ミライジャが目指していた理想は遥かに遠く、に完全である事を求めるのが、どれだけ無謀な事かを思い知る。

 そしてそれら全てを自身の責任とし、自分の無力を怒り、ミライジャの性格は荒れる一方であった。


 そんなミライジャの内心を見透かしたように、エニグマ・レクティバス博士は愉快そうに笑った。

 ここはアンデレトワ家邸宅の応接間。

 ミライジャとエニグマは、酒とテーブルを挟んで、向かい合う形に座っていた。


「また一段と荒れているじゃないか。商会の業務はそんなに大変かね?」


 エニグマの軽口に、ミライジャは強い剣幕で応じた。


「分かっている事を、いちいち聞かないでほしいわね!」


「ほぅ―――私が何を知っているって?」


 ミライジャを嘲笑う様に、不敵な笑みを浮かべるエニグマ。

 その挑発的な態度に、ミライジャは激怒した。


「アイルフィールよ! 新型野砲の件はうちの工房に回すって言ってたわよね? 貴女、約束覚えてる? 貴女の欲しい資材を、違法でも何でもうちが仕入れる。代わりにアンタから軍の資材部に口利きする。そういう話だったわよね? 何一つ守られていないじゃない! こっちはアンタの為に危ない橋も渡ってるのよ!」


 部屋を震わすような怒号を前にしても、エニグマは余裕の態度でグラスを口に運ぶ。


「―――ふむ。そんな話か」


「そんなって―――貴女どういうつもりなの? ばらされたい訳?」


 ミライジャの放った苦し紛れの脅迫を、エニグマは安い挑発だと嘲笑う。


「ばらすって、何をだい? 君が密輸品を売買していたって事をかい? したいならすればいい。でも、それで損をするのは間違いなく君だけだと、断言しておこう」


 嫌味な嘲笑を前にして、ミライジャの煮え立った思考は限界を振り切った。ソファーから立ち上がると同時に、咄嗟とっさに掴んだグラスを振り、その中身をぶちまける。


「このっ!」


 琥珀色の液体が、エニグマの眼前で爆ぜた。エニグマは展開した防御魔法の前で、呆れたように息を吐く。


「…………短気だねぇ。せっかくの酒が、もったいない。普段からそんな風に社員を苛めているのかい?」


「貴女が人をイラつかせる達人だっていうのは、重々承知しているけれど、今はそんな余裕が無いのよ」


 疲れた様子で鼻根をつまみながら、ミライジャは自身の短気を恥じて座りなおした。

 怒りによって熱せられていた気配は、途端に冷めてどんよりとした倦怠感けんたいかんにじませる。


「いけないね。君は強いところが魅力なのに……それほど追い詰められているのかい?」


 打って変わって優し気に言葉をかけたエニグマへ、ミライジャは力なく頷いた。


「そうね。商会始まって以来の窮地かもしれない。産業革命以来、技術の進化が早すぎたのよ。おかげで輸送方面は儲けさせてもらったけれど、そっちで補填したって追いつかないほど、生産系は振るわなかった。貴女のような有能な技術者は、うちの系列には居なかったのね。時代遅れの評価を張られて、それっきり。そんな時期に、うちの馬鹿親父が跡継ぎだとか言い出すんだもの。お家騒動の間に、アンデレトワの評判は完全に地に堕ちてしまったわ。修復が困難なほどにね」


 ほう、と感心したようにエニグマは息を吐く。

 困難だと言っても、不可能だとは言わない。そんなミライジャの芯の強さには、エニグマも一目置いていた。

 だからこそ、そんなミライジャをエニグマは苛めたくなってしまう。


「ふふっ。止めを刺したのは君じゃないか」


 エニグマの指摘に、ミライジャはうんざりした様子で首を振った。


「やめてよ。あの時はもう、父を殺してでも止めるしかなかったの。ルーンなんかに商会を任せてみなさいよ。アイツに、今の商会を立て直す力なんか無かった。敗北を受け入れられない人間は、自尊心で全てを滅ぼすのよ」


「なるほど。でも結果として、ルーン君は亡くなったわけだしね。父君を始末しなくたって、君は当主になれたんじゃないのかい?」


 ミライジャの顔が、悲しみに曇る。


「そうでもないのよ………………もういいでしょ、そんなタラレバ話なんて。私がしたいのは、これからの話」


 他人の家庭事情にはさして興味も無く、エニグマは言われるまま、あっさりと話題を切り替えた。


「そうだったね。野砲開発の件は、申し訳なかったと思うよ。君とは長い付き合いだし、色々と融通してもらっている立場でもある。できる事なら助けてあげたかったよ」


 そう言いながらも不遜な態度を変えないエニグマの鉄面皮に、ミライジャは微かに呆れ笑いを浮かべた。そうしたミライジャの反応を楽しんで、エニグマも皮肉に笑う。


「でもね、軍部はヘルティナス以降、アイルフィールの技術を高く買っている。私でも、あれだけの技術を短期間の内に再現―――あいや、発明するのは難しい。あそこは本当に腕のいい技術者を囲っているよ。それこそ、長年の実績があるアンデレトワを切ってでも、買い付けたくなるほどに優秀だという事だ。世界征服を本気でしようとしている今の軍部は、性能評価を何よりも尊重しているのさ」


「貴女が他人を褒めるなんて、珍しい。それほど、うちの商品は徹底的に負けてしまったという事なのね」


 ミライジャは驚いた様子で、目をしばたたく。自分のところの商品が否定された事よりも、エニグマの態度の方が気を引いてしまう。それだけ、この万物に不遜な博士が、他人を評価する事など無いのだ。


「まあ、そういう事だ。期待に応えられず、申し訳ない」


 やはり悪びれる様子もなく、言葉だけを連ねるエニグマに、ミライジャは呆れを通り越し、とうとう親しみすら感じて微笑んだ。

 燻っていた苛立ちが完全に消え、ミライジャは本来の聡明さを取り戻しつつある。


「いいのよ。貴女が悪いわけじゃない。今日は呼びつけて悪かったわ」


「構わないさ。同級生のよしみだろう? 君はよくやっている。あまり自分を追い込んだりしない事だ」


「ええ。分かってる。ありがとう」


 唐突にかけられた優しい言葉に、ミライジャは複雑な表情を浮かべた。掴み処のない人柄は、旧知の間であっても理解を隔てる壁がある。


「だがまあ、一つ私から助言をするとすれば、アイルフィールの技術者を引き抜いてみてはどうかな? 君に残された強みは歴史と財力だけだ。それを武器にする他に、道はないだろう」


「引き抜き……」


「彼女は―――アイルフィールの技術者は今、この街に居る。高級宿ハインテネムの最上階だ」


 エニグマの出した情報に、ミライジャは顔をしかめた。何故、エニグマがそんな事を知っているのか、どうしてそんな事を知ろうとしたのか、ミライジャはそれを聞く様な迂闊うかつな人物ではない。

 代わりに感心と、皮肉を込めた言葉を送る。


「……相変わらずの変態趣味ね。街の事は何でも把握してるってわけ?」


 嫌味すら不敵に笑って受け止めて、エニグマはどこか自慢げに言った。


「ああ。今の私には優秀な"眼"が在るからね。私に分からない事なんて、もうほとんど無いのさ」


「なによそれ。変なの」


 それをいつもの奇行と受け取って、ミライジャは呆れたように笑った。

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