人形造りの話
翌日、私はそれとなくアリエッタについて、オルコットに尋ねてみた。口止めされた以上、それを守るつもりでいるけれど、やはり心配だった。アリエッタのために何かできる事がないか、考えるだけでもしてみようと思ったのだ。
「えっ、最近アリエッタに変わった事は無いかって?」
私の唐突な問いに、オルコットは目を丸くした。彼はしばらく考えた後、特に無いと答えた。
この親子の関係は良好だと言えるが、それでも二人の距離感はごく一般的な、年頃の娘を持った親子のそれと変わらない。オルコットがアリエッタの事に目が行き届いていなくても、無理もない事だった。
「しかし、いきなりどうしたんだい? そんなことを聞くなんて、何かあったのかい?」
「いえ、そういうわけでは――……ただ、アリエッタの事を知りたかっただけです」
誤魔化した。この身体には表情なんてものが無いから、こういう時には便利だ。
「そうか……あの子は、君にも自分の事は話さないか」
「はい」
一日の半分以上を共に過ごしているが、アリエッタと話すのは自然や動物と言った学問的な話が多い。そういう点では、大人びているというよりも子供らしさのない少女だと言えるかもしれない。素直で無垢な性格とのバランスをとっているのだとしても、極端な話だった。
困ったような表情で、オルコットは息を吐いた。
「アリエッタは元々静かな子でね。僕にも、あまりそういう事を話してはくれないんだ。学校での事とかそういうの、親としては気になるんだけどね。訊ねても、簡単な返答で済まされてしまうんだ」
「意外です。アリエッタはよく話す子だと思っていました」
静かだという印象をアリエッタから受けた事は無い。私が目覚めたばかりで言葉が分からなかった時から、彼女は頻繁に語りかけてくれていた。
「そうだね。あの子は君相手にはよく話す。君が来てから、少し明るくなったのは確かだよ。……きっと、君の事を姉か妹か、そんなふうに見ているのかもしれないな。同性の肉親が居ないと、やはり窮屈に感じる事もあるんだろうね」
同性の肉親か。そういえば、この家には母親が居なかった。アリエッタにとって確かにそれは、障害になっている部分もあるだろう。
「……訊いてもよろしいでしょうか。アリエッタの、母親の事」
オルコットは、もちろんと言って頷いた。
「そう言えば、まだ話していなかったね。……あの子の母親、つまり僕の奥さんな訳だけど、名をユーフィリアと言ってね。この街の領主の娘で、実はこの屋敷と土地は彼女の物なんだ。僕みたいな冴えない職人が、こんな所に住んでいて君も不思議だったろう?」
「ええ。それは確かに気になっていました」
私の返しに、オルコットは自嘲気味に哂った。
「そうだろう。ユーフィリアは良い家柄のお嬢様で、僕なんかとは本来釣り合わない身分なんだけど、彼女は生まれつき肺が悪くてね。永くないと昔から言われていたんだ。それに三女で末娘という事もあって、彼女の父親も僕との結婚を許してくれた」
目を伏せて、記憶をたどるようにオルコットは語る。
「でも、それから三年も経たずに彼女は死んでしまった。あの年の冬は本当に寒くてね。肺の病気が悪化してしまったんだ。その頃アリエッタはまだ二歳になったばかりで、自分の母親が死んだなんて分からなかったんだろうな。母親が傍に居ないと分かると、部屋を勝手に抜け出して屋敷の中を探そうとするんだ。あれが一番辛かったよ。
アリエッタが静かな子に育ったのは、早くに母親を亡くした影響だったのかな。……まあ、僕が不甲斐ないというのが一番の原因なんだろうけどね。あの子は僕に心配をかけまいと、しっかりした子に育ってくれたけれど、無理をしているようでときどき心配になるよ」
「アリエッタは良い子ですよ。彼女をああいうふうに育てたのは、間違いなく貴方だ。それは、自信を持っていいことだと思います」
オルコットがあまりにも寂しそうに言うので、思わずそんな事を言ってしまった。出過ぎた真似だと思ったが、オルコットはありがとうと言って微笑んだ。
「ミュー、君に頼みがあるんだ。アリエッタに何かあれば力になってあげてほしい。あの年頃だと、父親には話せない事もあると思うし、君になら色々と悩みとかも打ち明けてくれると思うんだ。お願いできるかな」
「もちろんです。アリエッタの事は私にお任せ下さい」
私は表情を作れない代わりに、意思を示すため強く頷いて見せた。
「ありがとう、ミュー。――さてと」
オルコットは話を切り上げて立ち上がった。
「話はここまでにして、そろそろ戦闘訓練をはじめようか」
唐突な話に私は面食らう。……いや、そもそも今日はそれがメインだったか。
昨日の工程で四肢が揃った私は、外見的にはほぼ完成と言っても良い状態になった。だが、私は戦闘人形として製造されたので、戦える状態にならなければ完成とは言えないのだそうだ。
「ミューには、三週間後の運用試験に出てもらう。そこで君の性能が認められれば、軍が設計図を買ってくれる事になっている」
「三週間ですか……短いですね」
「本来なら、戦闘動作を魔石に書き込んで覚えさせるだけだから、この日程でも十分に余裕があったんだ」
二週間前、オルコットは人形の動作の基本を司る核のパーツを造ろうとして、誤って私を召喚してしまったらしい。召喚された私の魂は、人形の核である魔石に憑依するかたちとなり、現在に至る。
本来命令を打ち込めば動く単純なロボットだったはずが、私という人格があるせいで"動きを覚えさせる"という手間を増やしてしまったのだ。
「申し訳ございません、オルコット」
「いや、君が謝る事じゃない。責任があるとしたら僕の方だ」
「……オルコット。もし、私の核に元々施すはずだった動作命令の書き込みを行ったら、どうなるのでしょうか? 私の意識があるとはいえ、パーツそのものに変化は無いのでしょう?」
私の印象としては、知識をインストールするだけで戦える様になるという感じなのだが、実際どうなのだろう。そうであればその方が楽でいい。オルコットがわざわざ手法を変える必要性が感じられなかった。
「確かに、君の言う通りだ。でも、ね。正直、人の魂が入った核にそんなことをして大丈夫なのかという不安がある。こんな事前例が無いし、君にもしもの事が起こったらそれこそ対応できない。安全を重視するなら、やはり君に覚えてもらう方が良いだろう」
「なら、試験的に簡単な動作を、私の核に書き込んでみてはどうでしょうか。それで支障があれば、別の方法を取ればいい」
オルコットは顔をしかめる。
「君の安全について言っているのに、どうして当の本人がそう危険を犯すことに前向きなんだい?」
「だって、それで試験に間に合わなかったら嫌ですから。私のせいで貴方の仕事を駄目にしてしまうなんて、そんなのは許されない。どうか、私の提案をお受けくださいませ」
道具が主人に気を遣ってもらうなど、もってのほかだ。
私が頭を下げると、オルコットは深く息を吐いた。
「……まったく、君は頑固だな。分かったよ。そうしよう。ただし、異変があればすぐに言う事。いいね?」
「承知しております」
やれやれと呟きながらオルコットは私の背後に回ると、後頭部を開いた。彼が私の頭の中をいじると、ふいに視界が暗転した。体から意識が引き抜かれる様な気持ちの悪い感覚があった後に、再び視界が戻る。
私はオルコットの手の中に居て、今まで私の身体だったものが直立不動で突っ立っているのが見えた。
オルコットは私を作業台の上に置く。作業台の上に置かれた鉄瓶に、私の姿が映り込んだ。
血のように真っ赤な結晶体。人形の核となる魔石であり、この世界での私の真の姿だった。五センチほどしかないこの小さな石の中に自分の意識が入っていると思うと、なんだか不思議な感じだった。
「オルコット、こんなことを言うと根本から否定する事になってしまうのですが、別の魔石を使ってあの人形を造れば良かったのではありませんか?」
ふと思いつきで言ってみた。ここ連日、オルコットは私に気を遣って人形の製作に手間取っていたが、核を取り外すことが可能なら、最初からそうすれば良かったのではないだろうか。
遥か上から私を見下ろしているオルコットは、作業の準備を進めながらそれに答えた。
「ところが、そうもいかないんだ。実は、君が目覚める前にすでに石を三つほど駄目にしていてね。どうやら、あの人形は君にしか動かせないみたいなんだ。普通の手段で魔石に保存されただけの魔力では、出力が足りないらしい」
「魔力って、そんなもの私には無いと思います。私の世界には、魔法なんて無かったんですから」
オルコットは少しだけ驚いたような表情になり、笑った。
「ほう。それは興味深い。そういう世界もあるんだね……まあ、でも、やはり君にも魔力は有るよ。魔力というのはね、生命力を変換したエネルギーなんだ。あの人形には自然界の生命力を取り込んで魔力へと変換し、動力へ回すための永久機関が組み込まれている。おそらく通常の魔石では、その機関を支配するだけの力がないんだろう。君が魔力を生成できなくても、君が生きてさえいれば、あの人形が勝手に君の生命力を魔力に変えてくれる。それが人形の機関を制御し、動かすに至ったんじゃないかな」
「……えっと、つまり、私は生きているんですか? こんな姿で?」
「その様だね。不思議な事があるものだ」
「不思議すぎますよ」
幽霊が憑依するみたいな雰囲気で自分の状態を納得して済ましていたが、生きていると言われるといよいよ分からなくなる。
いや、そもそも異世界へ召喚だとか、人形へ生まれ変わるとか、おかしな事は十分に起こっているのだ。今更何だってどうだっていい。分からない事は起こったままに受け入れるしかないのだから。
しかし、それは置いておくとしても興味はある。魂があれば、無機物でも生きていることになるのか。そもそも、生命とは何だろうか。
そんな哲学みたいな問題に独り突入しかけている私を摘み上げて、オルコットは機械にセットした。私は慌てて思考を引き戻す。
「じゃあ、これから防御魔法を君の石に記録するよ」
「はい。いつでも始めてください」
私が応えると同時に、オルコットが機械を作動させた。バチバチと電気の流れるような音と共に、私の周囲が青い光に包まれる。それと同時に、私の思考の中に、あるビジョンが浮かんだ。私が知らないはずの知識。魔法という異界の技術が、私の内に流れ込んできた。
二十秒も経たずに機械が止まった。その頃には、私はすでに防御魔法なるものを習得していた。それがどんな理屈で成り立つ物なのかは分からないが、何のために在って、どんな時に使うべきなのかは理解している。そんな感じだ。
「大丈夫かい? 異変とかない?」
オルコットは機械から私を取り外し、心配そうにのぞき込んできた。
「ええ。問題ありません。おそらく、無事に習得できたと思われます」
「……そうか。何事も無くて良かった。――試してみようか」
オルコットは再び私を人形の身体へと取り付けた。視界が切り替わり、私は再び体を得る。
私から距離を取って、オルコットが指示を出した。
「魔法展開、用意。内部機関の動作も、同時に確認してくれ」
「承知いたしました」
オルコットの指示に従い、魔法を発動させると同時に身体の様子を点検する。やり方を教えてもらったわけではないが、自然と自分の体が正常に動いているかどうかの判断が付く。
これも人形の持つ本来の機能が、私の中にインプットされているという事なのだろう。
「……――機関に異常ありません。発動準備完了です」
「よし。防御魔法、展開」
「展開します」
動作の確認を慎重に終え、魔法を展開する。体内に生成されたエネルギーを外部へと放出し、イメージした形に形成する。私を中心に、透明な立方体が浮かび上がった。外界と私を隔てるこの結界の出現こそが、防御魔法の成功を意味していた。
初めて魔法を使ったこと、そしてそれが成功したことに、私はこれまでに感じた事のない高揚に包まれた。
「オルコット。実験は成功ですね」
「ああ、やったね」
魔法を解くと、オルコットが駆け寄ってきた。彼に肩を叩かれながら、喜んだのもつかの間。ふと、私は致命的な見落としに気づいてしまった。
「――あっ!」
「どうした、ミュー?」
「オルコット、私気づいてしまいました。私にしか使えない人形を、どうやって軍に売るのですか? 量産できないでしょう」
私の指摘に、オルコットは沈黙した。しまったという表情が、あからさまに現れている。ひどく単純な事なのに、どうして今まで気が付かなかったのか。
「まいったな。どうしようか……」
オルコットが困り顔でつぶやいた。それは私に向けたものではなく、自分自身へ問いかけているような雰囲気だった。
こうなってしまっては、ずぶの素人である私には、彼が結論を出すのを見守る事しかできない。
期限は三週間だったか。これまでオルコットの作業工程を見てきた限りでは、今更作り直すという選択肢は不可能なように思える。
オルコットは腕を組んだまま、険しい顔で唸り続けていた。