救済の代行者-1
図書館からホテルに戻ってすぐ、アリエッタは一本の電話をかけた。
電話と言っても私の世界にあったものとは違い、魔石を通して遠くの人間と会話をする、トランシーバーに近いものだ。その値段、平民の平均月収の五年分に相当すると言う非常に高価な代物である。
電話の相手は、ソトモイの商会本部に居るイハナだ。
野砲の共同開発を受けて、アイルフィール商会の工房と事務所を、王都に造るという話合いをしている。
販売拠点である支店はすでに王都に在るのだが、アリエッタは生産物の品質を下げたくないと言う理由から、ソトモイの本部以外に工房を置こうとはしてこなかった。
しかし、軍開発局との共同作業となれば迅速な連絡が求められるため、そういう訳にもいかなくなってしまったという訳だ。
アリエッタは窓際に立ちながら、手に持った砂時計みたいな形の受話器に話しかけている。
「ええ、そうよ。相場がどれほどのものかは分からないけれど、それなりの出費は覚悟して頂戴。……そう、なら良いわ。
―――え? 私もミューも元気にしてるわ。というより、四日会ってないだけで、そんなにあれこれ変わるものでもないでしょう。心配性なんだから。―――ええ、それじゃあまたね。」
電話を切ると、アリエッタは嬉しそうな笑顔を私に向けた。
「イハナが貴女によろしくと。あの子ったら、本当に心配性なんだから。大事は無いか、事件に巻き込まれてないかって、しきりに聞いて来るのよ」
「そうですか。まあ、私達では仕方ないかと」
私の言葉に、アリエッタは「そうね」と言って、くすくす笑った。
行く先々でトラブルを引き込む体質というか、そういう運命にある様な二人である。いや、主に私の方か。
召喚者として授けられた特殊能力に身に覚えが無いかと聞かれたら、その疫病神体質じゃないかと真っ先に挙げたくなるレベルの引きの悪さ。
まあ、本当にそうだったなら最悪な話だ。私は平穏に生きるほうが好きなのだから。
「とりあえずイハナに話は通しておいたから、私達は物件探しに向かうわよ」
「承知いたしました。では、すぐに支度を」
アリエッタの指示を聞き、私は急いで外套と帽子を用意してアリエッタに着せた。
彼女はこうした待遇を未だに嫌がるが、私の我儘でこうして付き合ってもらっている。
私は人形であり、アリエッタに仕える従者。そういう扱いを望んでいるからだ。
私達はホテルを出ると、犬車に乗って馴染みの不動産屋を訪ねた。以前商会の支店を購入した時に手を借りた男性だ。彼は愛想が良く気前も良いので、アリエッタも信用している商人である。
しかし、彼の薦める物件を見て周りながら五時間ほど潰したにも拘らず、アリエッタの気に入る様な物は見つからなかった。
今、私とアリエッタは横並びに、不動産屋は対面に座る形で、犬車で街を移動している。
時刻は夕暮れ時。薄暗い街並みは黄昏た風情を醸し出しながらも、往来を行く人々の活気は祭りのような賑わいを見せ、どこかちぐはぐな印象を感じさせる。
「週末だから、仕事帰りの連中で賑わってますな」
窓の外を見て、不動産屋が言った。
「こういう所は、やはり首都らしいですわね。ソトモイとは比較になりません」
社交用の作り笑いを浮かべて、アリエッタは答えた。
「まあ、こんな風になるのは週末だけですよ。労働者たちには、仕事帰りに呑む酒だけが楽しみですからね。明日が定休日となれば、その数は増える。……とは言え、二年前はもっと賑わっていたんですよ。これの比じゃなかった。はぁ―――戦争のせいで、景気が悪くなる一方ですよ。飲食店や、私ら不動産屋は特に。
本当はもっと良い物件をご紹介できれば良かったのですが、王都の建築物は老朽化が進んでいましてね。戦前は都市整備の構想があったのですが、それも白紙になってしまいまして。建築屋の多くが終戦まで様子見を決め込んでるので、新しい建物が建たないんですよ。改修工事でちまちまと生計を立てている所がほとんどです」
愛想の良い笑顔を浮かべながらも、どこか疲れた様子で不動産屋は言った。はっきりとは言わないが、彼はこの戦争にうんざりしているのだろう。
それはきっと、彼だけじゃない。窓の外に見える、仕事終わりの労働者たちもきっとそう。一目活気があるように見えても、やはり次の瞬間には疲れを感じてしまう。
街そのもの、国そのものが疲弊している。
話に聴くところによれば、戦争は一応勝っているらしい。元々、勝てる見込みのある戦争。勝てるから始めた侵略戦争だそうだ。
うちの様な武器を造る商会は便乗して儲けられるが、その代償に市民たちの生活の場が犠牲になっている事はこの街の様子が何よりも物語っていた。
こういう状態を嫌うアリエッタは、そこに加担している事をどんな風に思っているのか。
彼女は涼しい顔のまま、不動産屋の愚痴を流した。
「改修ですか。では、その辺りも視野に入れて探した方が良さそうですわね」
「ええ。その時は、うちで信用できる業者をご紹介しますので」
「よろしくお願いしますね」
それっきり会話は途切れた。アリエッタが窓の外へと注意を向けたからだ。
不動産屋は気を遣ったのか、話の種は尽きたのか、それ以降静かにしていた。
私は従者という立場上、黙って座っていればいいので、気を回さなくて良い分楽でいい。
それからどのくらいそうしていたか、唐突に犬車が停止した。目配せしてきたアリエッタに頷いて見せ、箱車を降りる。
御者に事情を問うと、彼は道の前方を指さした。
「どうしたのです?」
「申し訳ありません。どうやら、事故があったようで」
荷車同士が接触事故を起こしたのか、道の前方は散乱した荷物と、横転した荷車で塞がっていた。
「迂回できますか?」
「ここは道が狭いですから、方向転換ができませんな。道が片付くまで待つしかないかと」
「そうですか」
箱車に戻って事情を説明すると、アリエッタは真っ先に不動産屋へどうするかと訊いた。
「であれば、私はここで降ろさせていただきましょう。店までは歩いて戻れる距離ですので。ここまで乗せていただき、感謝申し上げます」
深々と頭を下げる不動産屋に対し、アリエッタも愛想笑いを返した。
「いいえ、一日付き合っていただいたのですから、このくらいは。であれば、私達も歩きましょうか、ミュー。たまには王都の通りを歩くのも良いわ」
「承知いたしました。では、御者にはそのように伝えておきます」
二人に頭を下げ、私は御者に徒歩で帰ると伝えた。その間に二人は別れを済ませたのか、私が戻ると既に不動産屋の背中は通りの奥へと歩いて行く所だった。
私とアリエッタもホテルを目指して歩き出したのだが、直ぐにアリエッタが不調を訴えたため、道をそれて裏通りへと向かった。彼女は過去のトラウマから、人の大勢いる場所は体が拒絶反応を起こすほどに苦手なのだ。
私が居るから歩くと言い出したのだろうが、独りであれば絶対に街へ出る事はしないだろう。
表通りをそれて一歩裏道へ入ると、全く印象の違う景色がそこにはあった。道は途端に細くなり、迷路のように入り組んだ地形に変わる。
左右にそびえ建つ外壁は不快なほど圧迫感を放ち、日光を遮っているせいで夜のように暗かった。
そして極めつけは、活気が無い事。表通りの仮初の賑わいもここには無く、在るのは荒廃した街の実情のみ。荒れた建築物と、汚い通りの隅でうずくまる人々のたまり場。老若男女問わず、ここには様々な人種の人間が居る。やけに子供が多いのは気になるところだ。
「随分と荒れているわね」
アリエッタが呟くように感想を漏らす。
「……貧民窟というやつでしょうか」
私の発言に、アリエッタは軽く頷いた。
「どこの都市にだって必ずある、陰の部分ね。……戦火で家を失った人や、親を亡くした子供がこうして流れてくるの。ここは隣国に近いから」
戦火。それはどこか遠いもので、自分には縁のないものだと思っていた。私の生まれた時代は平和だったし、紛争やテロはテレビの中の話だった。
けれど、ここは本物なんだと今更ながらに実感する。剣と魔法のファンタジー世界と言えば華やかに聞こえるが、ここも実際は人の成す醜悪が蔓延る現実だ。
私達は英雄の物語に夢を見るが、その裏で何が起こっているかを考えもしない。誰もそんなものは見たがらない。だから決して、描かれる事は無い。
家を失い、家族を失い、仕事を失って、餓えて、寒さに震えて、死んでいく。輝かしい誰かの物語の裏で、多くの人間が野良犬の様に殺されていく。
目の前でそんな光景を見せられているのだ。アリエッタが世界を壊したいと言う意味が、私にも少し分かりかけてきた気がした。こんなのは、間違っている。
「……何のために、戦うのでしょうね」
「さあ。他国から労働力や資源を略奪すれば、国が強くなると思っている連中が扇動しているからでしょう。実際それで一時的に豊かになったところで、永く続くはずもないのにね」
アリエッタは苛立ちを含んだ言葉で、私に語る。
「国の強さって、結局のところそこに暮らす人間達の生み出した利益の総算でしょう? 人の暮らしが豊かであれば、労働力である人材が育ち、人材が育てば生産力やら外への交渉力やらが上がる。全部が上手く繋がって、初めて国は強くなる。この国のお偉い方は、国が人の群れで作られた集合組織である事を、忘れてしまっているのよ。このまま、国民を疲弊させ続ければ、いつかどこかで綻びが生じる。広くなり過ぎた領土を治めきれずに暴動でも起きた時、戦える元気のある人間が居なかったら、その時こそ終わりでしょうに」
「……国を強くするというのが、アリエッタのやりたい事なのですか?」
「そういう訳でもないわね。この状態を改善したいというだけ。それで結果として、そういう方向に行き着くと言うのなら、まあ、そうなんでしょうけれど。正直、どうすれば正解なのかは、私にも分からないの。だって私は、この国が嫌いだもの」
不機嫌そうに、アリエッタは笑った。私は、これ以上彼女の機嫌を損ねるのは止した方が良さそうだと判断した。彼女の苛立ちに油を注ぐ行為は、何の利益にもならない。
狭い路地を抜けると、開けた場所に出た。催し物でもやっているのか、人の行列ができている。
「あら、何かしら?」
アリエッタの疑問に答えようと観察してみると、すぐにそれが炊き出しである事が分かった。行列の先に横一列に並んだテーブルが有り、そこで修道女達が食品を配っている。彼女たちの背後には、やや崩れかけているものの、教会も建っていた。
「教会の炊き出しみたいですね」
私がそう答えたのと同時に、修道女に混ざって働く女性が、こちらに気づいて駆け寄って来た。白い前掛けを付けた、少女だった。イハナと同い年か、少し上くらいだろう。
「あのっ、もしかしてナスラーム商会の方ですか?」
少女は私達の前まで来ると、唐突にそんな事を言った。私もアリエッタも首をかしげる。
「ナスラーム? いいえ。私達はたまたま通っただけよ」
何の事かと否定するアリエッタに、少女は慌てた様子で頭を下げた。
「そっ、そうですか。すみません! 私ったら、勘違いを」
「いえ、大丈夫ですわ。それより、これは?」
アリエッタの問いに、少女は行列へ振り返りながら説明してくれた。
「ああ、イリアス教会の炊き出しですよ。この地域は半獣人族の貧民窟に近いので、こうして週に三度、食事の配給をしているんです」
半獣人とは、猫の様な特徴を体の一部に持つ人種の事だ。言われてみるとなるほど、行列に並ぶ人々は皆、頭部に獣っぽい耳を持っている。
「なるほど。さっきのナスラーム商会というのは、寄付の話ですのね。確かあそこは、治療薬関係の製薬企業でしたか」
合点がいったとばかりに、アリエッタは頷いた。こういう察しの良さみたいなものは、流石だと言わざるを得ない。
ナスラーム商会というのは薬品を扱うこの国の有名企業だ。その名は私も知っていたが、ここまでの流れで寄付云々まで考えが至るほど、私の頭は回転してくれない。
アリエッタの指摘通りだったのか、少女は少し感心した様子で頷いた。
「はい。お察しの通りです。信徒様方の募金だけでは、なかなか手が回らない状態でして。国からの補助は受けられないので、大きな企業の援助が受けられればと掛け合っているんですけれど、これもなかなか」
首尾はそれほど良くないようで、少女は困り顔で笑った。
「国からの補助は、無いのですか?」
街の状況を見れば意外という程でもなかったが、不思議に思って訊いてみた。
少女はさらに深刻な表情になって、答えた。
「ええ。エルーシナならばともかく、ウェアクァールやノイヤに出す金は無いと。貴族院では、未だに差別意識が根強く残っていますから」
その返答にアリエッタが不機嫌になった事は、顔を見なくても分かった。
「そう。それは残念な話ね」
「ええ、本当に」
哀しそうに瞼を閉じる少女へ、修道女の一人が声をかけた。
「ネネッシュさん、お願い。ちょっとこっち手伝って」
「あっ、はい。すぐ行きます! ―――では、私はこれで。失礼しました」
仕事の最中だったと思いだしてか、ネネッシュと呼ばれた少女は、慌てた様子で私達に頭を下げると、戻ろうと踵を返した。
それをアリエッタが引き留める。
「ああ、ちょっと待って。私、こういう者なのだけれど」
唐突にアリエッタから名刺を渡され、ネネッシュは呆けた様子でそれを受け取る。その文面に目を落とした途端、彼女の態度が一変した。
「ああ、これはどうも――――――って、えっ! あのっ、アイルフィール商会の?」
困惑と驚きの混ざったような反応で、ネネッシュはアリエッタと名刺を何度も見比べた。
「ええ。私はそこの代表をしております。とはいえ、まだ成人してはいないので、書面では私の姉が代表という事になっているのですけどね。
私も常々、こういった活動に何かしら協力できればと思っていたのです。今の話で、貴女の言葉に嘘偽りはないと確信しました。どうか、私にも協力させていただけないでしょうか?」
珍しく他人へ純真な笑顔を見せるアリエッタ。彼女は人を見る目にかけてはずば抜けているので、まず間違いはない。アリエッタがこの様に判断したという事は、ネネッシュは善良な人なのだろう。
「本当ですかっ! ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか……ええっと、あのっ―――」
嬉しそうに笑いながらも、対応に惑うネネッシュ。なんだか忙しない人である。
そんな彼女へ、アリエッタは落ち着いた様子で声をかける。
「終わるまで待っていますから、戻ってください。詳しい話はその後に。―――良いわよね、ミュー?」
私へ振り向いたアリエッタに、静かに一礼をして肯定の意を示す。
「すみません。では、お言葉に甘えさせていただきます。もうそろそろ休憩できると思いますので、教会の中でお待ちください」
ネネッシュは深々と礼をすると、配給のテーブルへ駆けて行った。
「―――ん?」
ふと、視線を感じて列の方を見た。列から少し外れたところに、青い髪の少女が立っていた。顔より大きな耳を頭部に持つ、変わった半獣人の少女だ。
彼女は静かに私達の方を見つめていて、私と目が合ったとたん顔を背けて列の中へと消えて行った。
「……はて。なんだろう、今の」
「どうかしたの?」
私はアリエッタに何でもないと答えて、彼女と共に教会へ向かった。




