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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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アイルフィール商会

 ソトモイ鉱山での赤色魔鉱を巡る抗争から、一年以上が経とうとしていた。

 今の季節は、日本で言うと春頃だろうか。この地域には夏と冬の両極端しかないため、季節感があまりないのだ。

 一年の間に、私ことミューと、アリエッタの生活は大きく変化したように思う。


 アリエッタは鉱山経営をイハナから委託され、アイルフィール商会なるものを設立した。

 これは当初、アリエッタの計画に必要な資金を確保するための試みだったのだけれど、結果として意外な効果をもたらした。


 一つは、鉱山の所有権を国に没収されずに済んだ事。というのも、ルーン・アンデレトワの策略によって住民が居なくなったソトモイは、国から町として認められず、アイルフィール家が領主を務めていたあの山一帯の土地が接収されてしまったのである。

 ただ、鉱山とその周辺施設は、アリエッタの作った商会の私有地として登録していたおかげで、接収を逃れる事ができたのだ。

 そうして町に戻って来た生き残りの町民たちも鉱山で働くようになり、商会が雇った人々が街に移り住んだことで、ソトモイは元の状態を取り戻しつつある。再び町として正式に認められる日も、そう遠くはないだろう。


二つ目は、イハナがその名前を失わずに済んだ事だ。

 領主としての地位を失ったイハナは、資産や権力に関して非常に衰弱した身分であったため、爵位を剥奪される可能性もあった。それを阻止したのは、アリエッタが筋を通して名付けた、アイルフィール商会という社名だった。

 アリエッタは商会を設立すると、真っ先に魔銃器の開発を始めた。魔銃器とは、魔法の知識がない兵士が、武装として扱う魔法武器の事である。

 これには、戦争中の国の情勢に合った物を造る事で、商会の利益と名声を、手っ取り早く上げてしまおうという狙いがあったようだ。

 実際、魔銃器の製造に必要なのは鉄だけだったので、赤色魔鉱が掘れるまで待つ必要が無く、なおかつ鉱山の主要産出物である鉄を実質タダで仕入れられる利点もあった。

 当時単発銃しかなかった所に、アリエッタはボルトアクションと弾倉給弾式という、未だこの世界に無かった二つの技術を用いた新型の銃器『ヘルティナス』を開発した。

 これは売り込みにこそ苦労したものの、新しい物好きの軍部の気質に上手く合い、性能も確かなものだった事で大きな利益を生んだ。

 これが国に貢献したと認められ、アイルフィール家は領主の任を解かれても、貴族としての地位を維持し続けられる事となったのだ。

 この件をきっかけに、イハナは感謝の気持ちとしてアリエッタを家に迎え入れ、彼女の名はアリエッタ・アイルフィールとなった。


 その後も赤色魔鉱を加工した高価な魔道具や、冒険者向けの簡単な武器まで、アリエッタは様々なものを開発した。そのどれもが品質の良い物だと言う評価がなされ、アイルフィール商会は、わずか一年で国中の者が知る一流企業となった。

 アリエッタは彼女が想像する世界の実現に向けて計画を立てている様だが、それはまだ準備段階の様で、今は黙々と商会の地位を上げる事に努めている。


 私の方はというと、アリエッタが仕事に励むようになってから、暇な時間が増えた。

 彼女が外出する際には護衛として付き添う役目を担っているものの、アリエッタが一度工房に潜れば、私にできるのはお茶を運ぶ事くらいである。

 なので、空いた時間を使って戦闘技術の向上に努めた。

 ソトモイでの戦いで、自分の経験の浅さを痛感させられた私は、プロの暗殺者であったミカに訓練をつけてもらう事にしたのだ。

 その効果がどれほどのものかは分からないけれど、努力した分少しは強くなっていると思いたい。


 そんなこんなで、この一年は比較的平和に過ごせたと思う。色々な出来事があったが、荒事に巻き込まれる様な事態はほぼなかったと言える。

 そんな風に平穏な日々が続いたせいか、私は今度の遠征に妙な不安を感じていた。

 軍の開発局から呼び出しの書簡が届いたのは、今から一週間前の事。

 兵器に関する話は機密の様なものが絡むのか、直接顔を突き合わせての話し合いが求められ、アリエッタと私は王都にやって来た。

 そうして今朝、アリエッタは国からの正式な依頼で、新型野砲の共同開発を依頼されたという訳である。


 しかし今、私とアリエッタの注意は野砲の開発には無く、相手方の開発責任者だというエニグマ・レクティバス博士に向けられていた。

 あのエニグマという女を見た途端、私の中に胸のつかえるような不快感が湧きおこった。それは外的な印象による嫌悪ではなく、本能がアイツはヤバイと告げている様なそんな感じに近い。

 その感覚を私が感じたのは過去一度。『召喚狩り』を名乗るシエル・ベテチカという傭兵と対峙した時に、よく似ている。

 シエルは私と同じく、日本からこの世界に何らかの要因で召喚された人間だった。しかも、彼女は神から授けられたと言う特異な能力を用いて、感情の赴くままに斬殺をくり返す殺人鬼だったのだ。

 私も含めて、そういった類の人間が召喚されているのか、それとも偶然だったのかは私には分からない。

 ただ、エニグマに疑いを持ってしまった以上、放って置くわけにはいかない。エニグマが仮に召喚者だったところで何かある訳ではないのだが、シエルの時の様に攻撃を仕掛けられるのは好ましくない。

 今回はアリエッタが関わってくる問題だけに、不安要素は潰していかなくてはならない。エニグマがシエルと同じ様に、召喚者と戦う事を求める様な性質の相手であれば、私のせいでアリエッタが巻き込まれる可能性が高いからだ。


「―――とは言っても、情報を集めるのって大変ですね」


 何冊目になるかも分からない新聞のスクラップブックを投げ出して、私は椅子の背もたれに体を預けた。

 人形の身体は疲労を感じないが、精神的な疲れは普通に溜まってしまうのだ。

 隣の席に座るアリエッタは微笑を浮かべて、公開されている政府資料に目を通す。

 今私達が居るのは、王都内にある図書館だ。学舎の生徒と、一定以上の階級の人間にしか開かれていない、そんな施設。

 ここで過去の記録から、エニグマの素性を辿ろうと試みた訳なのだが、著名人でもない一個人の情報を探るのはなかなかに難しい。

 シエルの時は、裏世界で名の通った殺し屋だったという風にミカから聞いているが、召喚者たちが皆そうした目立った活動をしているのかと言えば、おそらく違うのだろう。私だって、この世界に認知されていない一人である。


「……でも、全く収穫が無かったという訳でもないわ」

 

 目ぼしい手掛かりは無かったのか、資料を閉じてアリエッタは机に積んだ紙の山へと返した。これで図書館にあるそれらしい記録には全て目を通した事になる。

 私達がここに来て四時間ほど。アリエッタの言う通り情報自体はあったものの、結局些細な事しか分からなかった。


「今分かっているのは、エニグマが十歳の時に魔法学の分野で功績を残した事。それ以降、彼女はずっと軍の開発機関に勤めている事……と。四時間かけてこれは、しょっぱいなぁ」


 知り得た情報を整理しながら、どこか愚痴っぽく言葉が出てしまう。

 駄目だな、アリエッタの付き人なのだから、もっと行儀良くしていなくては。彼女の品格まで疑われてしまう。

 慌てて私が居住まいを正すと、アリエッタも窮屈そうに両手を挙げて伸びをした。


「確かに、疲れた割に大した情報は無かったわね。これなら探偵でも雇った方が良さそう。いっそ、ミカを呼び寄せて調べてもらおうかしら」


 珍しく冗談めかして、アリエッタは微笑む。


「アリエッタは、彼女が召喚者だと思いますか?」


 私の問いに、アリエッタは少しだけ考える様にしてから答えた。


「さあ、どうかしら。ただ、貴女がそういう予感を感じたと言うのなら、私はそれを信じるわ。この件に関して言えば、私には何も感知できないもの。異世界から来た人間が、特異な能力を授かって、この世界で好き勝手している。それがどんな目的や理由、利益の下で行われているのか、見当もつかないからね」


 目的や利益。確かにそれは気になるところだ。神とやらが本当にいて、異世界から人を呼び寄せる事にどんな利益があると言うのか。英雄を造りたければ、この世界の人間に力を与えたって良いわけだ。むしろ、そのほうがよほど自然に思える。

 そもそも、私は神様にも会ってなければ、特殊能力だってもらっていない。


「―――でもまあ、今はいいでしょう。引き受けた以上、レクティバス博士とは嫌でも一緒に仕事をしなくちゃいけない。向こうが行動を起こすつもりなら、必ず何か前触れがあるはず。そういうモノに常に気を張っていればいい。案外、私達に友好的な召喚者かもしれないわよ? そんな人が居ればだけれど」


 どこかうんざりした様子でアリエッタは言うと、皮肉っぽく笑った。

 彼女が言う通り、成り行き上、あの博士とは関わらない訳にはいかなくなってしまった。

 経過を見るしかないと言ういつも通りの、そして大体ろくな事にならない展開に、私はため息を吐いた。


「はぁ、結局いつも通りの受け身かぁ」


 私の呟きは宙に溶け、人気の無い閲覧室の静寂の中へと消えていった。

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