ウェアクァールの娘
戦争が起きた。
どうして起きたのか、どうして敵が攻めて来たのか、辺境に暮らす村のみんなが知る訳も無かった。
私の村は王国の一番端っこに在った。
昔から大人たちが、国境の近くだから物騒だと話していた覚えがある。
幼かった私には、その意味が理解できなかったけれど、大人たちの真剣な顔を見るたびに、何か良くない事なのだろうという事だけは理解していた。
それを私が身をもって知ったのは、私が十歳になった年の秋が終わるころだった。
その秋、村では珍しい事が二つ起きた。
一つは、奇妙な病が流行った事。病気の名前は忘れたけれど、長老のお婆様でも治せない、危ない病気だった。病にかかった村人の多くが死んでいった。私のおとうも、病にかかって死んでしまった。
二つ目は、村に冒険者が来た事だ。異国から来た丸耳族の女の人で、彼女は自らを治癒師と名乗った。治癒師のお姉さんは、病に倒れた村人たちを不思議な魔法で治してくれた。
村の大人たちはお姉さんに感謝したけれど、あの時の私はお姉さんを責めてしまった。なぜもっと早く来てくれなかったのか、おとうを助けてくれなかったのかと。
お姉さんは、とても悲しそうな顔をしていて、私に泣きながら謝ってくれた。
本当にひどい事をしたと思う。お姉さんは、何も悪くないのに。
私は何も言えなくて、ただ泣いていたのだけを覚えている。自分がどんな気持ちで、何を考えてあの場に居たのかを、今ではもう思い出す事も出来ない。
それは私にとって、一番の後悔だ。ただ一言、ごめんなさいと謝りたかった。それが伝えられたのなら、きっと私は救われただろうに。
そんな出来事があった日の晩、国境を越えて隣国の軍隊が攻めて来た。
家と畑に火が放たれて、村の住民たちは蹂躙された。兵士達は無抵抗な村のみんなを、容赦なく殺していったのだ。
私達が何をしたわけでもないのに。ただ、この土地に暮らしていたからという理由だけで。
国の偉い人たちの事なんて、私達には何の関係も無いというのに。
治癒師のお姉さんは、村の憲兵たちと一緒になって、敵の兵士と戦っていた。
私はお姉さんの事を見守っていたかったけれど、かかあに地下室へ連れて行かれた。
藁の束の中へと押し込まれて、朝まで絶対に出るなと言われた。
―――そうして、火の燃える音と、男の怒号と女の悲鳴を聴きながら、私は暗い地下室で夜を明かした。
どれだけの時間そうしていただろう。外が静かになってからも、私はしばらく怖くて外へ出られなかった。
お腹がすいて、喉が渇いて、私は地下室を出た。
地上に出ると、家が無くなっていた。全部焦げて真っ黒になって、残っているのは墨になった柱だけだった。私はそこで、かかあの遺体を見つけた。
焦げて真っ黒になって、顔も分からなかったけれど、焼け残っていた着物の端はかかあの物だった。
私は悲しくて泣いた。それから、村へと出た。
村中に遺体が転がっていた。大人も子供も関係なく、みんな死んでいた。生きていたのは、私だけだった。
お姉さんの遺体は、探したけれどどこにも無かった。生き伸びたのかもしれないし、丸耳族だったから兵士に連れて行かれたのかもしれない。
取り残された私は、どうする事も出来ずに村に留まった。
あの時の心理を説明するのは難しい。
誰かが来るのを待っていたのかもしれないし、もしかしたら兵士が戻ってきて殺してくれるのを待っていたのかも知れない。
けれど、結局来たのは兵士ではなかった。日の暮れかけた頃、村に現れた男たちは追い剝ぎだった。
追い剥ぎ達は、焼けた家屋や遺体から使えそうな物を盗っていた。
私は地下に隠れていたけれど、今度こそ見つかって、男たちに連れて行かれた。
男たちは、私に身の回りの世話をさせた。まさしく奴隷だったけれど、食事をもらえたし死にたくなかったので私は従った。
そうして一か月ほど経って、私に飽きた男たちは、私を行商隊に売った。
私を買った商人は、奴隷商だった。鞭で打たれ、檻に入れられた。
私が半獣人だから、獣だから、そんな理由で商人は、私を猛獣たちと同じ様に扱った。死にたくなかったから、私は耐えた。
何をされても耐えた。何をさせられても耐えた。何をしても生き延びた。何もしなくても生きる事だけは考えた。
いつしか私は、生きる事に貪欲になっていた。
生き続けなければいけないと、そんな風に強く思うようになっていた。
私は死にたくない。あんな風に斬られて、焼かれて、殴られて、潰されて、轢かれて、絞められて、死ぬのは嫌だ。
村の皆みたいに、死ぬのは嫌だ。殺されるのはごめんだ!
だから私は、逃げ出す事にした。
行商隊は、異国の大きな街に来ていた。商人たちは、ここを王都だと言った。おそらく、私の暮らしていた国とは違う場所。外国の街なのだろう。
だけれど、関係ない。どうせここに居たって、いつか何かの拍子に死んでしまう。それなら、自由の為に私は走る。脚の速さには、昔から自信があるから。
商人の相手をさせられている間にこっそり掏っておいた鍵で、檻の外へと逃げだした。
行商隊のテントから出ると、そこは見た事も無い景色だった。
灰色の街。それは要塞の様で、古代遺跡の地下迷宮の様でもあった。
空気は濁っていて、道には悪臭が漂う。人が暮らす場所とはとても思えなかった。
ここは魔界なのではないか。私は本当は、ずっと昔に死んでいたのではないか。そんな風に考えて、すぐに思考を振り払った。
私は走った。ただ、無我夢中で走り続けた。追手は無かった。
それから、季節が一回りした。あれ以来、私はこの街のスラムで暮らしている。
生きる事に忙しすぎて、トラブルが絶えないけれど、自由なだけ今はマシだと思える。
私の名前はクラム。半獣人の孤児だ。




