家族の話
あれから二日が経った。
この二日間は、各々が事後処理に奔走した。
私とアリエッタとイハナの三人は、町の人々の遺体を埋葬して墓を建てた。町の全景が見渡せる丘の上。ルーンの城があった跡地である。
瓦礫の掃除の際に私が負った苦労は、とても一言では言い表せないので割愛としよう。とは言え、シエルが派手に破壊したおかげで、忌々しい城が消えてくれたのは清清した。
別行動していたミカは、町の外れに仲間を埋葬して、別の墓標を建てたらしい。その際、わざわざイハナに確認を取って土地を使ったあたり、ミカは相当に律儀な人物だと理解した。元敵対者であり、暗殺者だった事から警戒していたが、彼がアリエッタに噛みつく事は無さそうである。義理高い性格は信じてもよさそうだ。
ちなみに、町に残っていた住民のゾンビは、当初掃討戦が難航すると思われていたのだけれど、意外にも野に放たれたスライムが全員食べてしまった事が発覚し、あっけなく解決してしまった。スライムは魔力切れで自然消滅するという事なので、ゾンビを片付けるだけ片付けて、消えてしまったようだ。ありがとうスライム。君の事は忘れないよ。
そんなこんなで、私達がこの町ですべき問題は一時的とはいえ全て片付いた。今後この町をどうしていくかに関しては、領主となるイハナが決めればいい事だ。
一つ心配事が在るとすれば、ルーンの遺体が見つからなかった事だろうか。アリエッタによれば、生きている確率は低いだろうという事なので、捜索はしなかった。仮に生きていたとしても、大した事はもうできないだろう。不完全な吸血鬼にされたらしい彼は、人の世で生きていく事は不可能となった。いつ発狂するかも分からない爆弾を抱え、孤独に野で暮らすしかない。権力も金も、社会的な最低限の地位も失った男に未来はない。
そうして私は、三日目の朝を迎えた。
◇
私ミューは、一人で街の外周を散歩していた。
普段アリエッタから離れる事をしない私が、唐突にそんな行動に出た理由は自分でも説明しづらい。本当に、唐突な思い付きだったから。
朝の静かな世界の中を歩くと、静かな気持ちになれた。
外側からの刺激が乏しい私にとって、自分の中で生まれた感情が全てになる。何かを感じるため、瞑想に耽るために、孤独になる事を無意識のうちに望んでいたのかもしれない。あえて理由をつけるなら、こんな所だろうか。
眩い朝日の作る燈色の空の下、澄んだ雪景色を楽しむ。
そうして町外れを歩いていると、町の外周を囲む森の中にミカの姿を見つけた。背を丸めて、しゃがみ込む姿に気を引かれ、私はミカの居る方角へと進路を変えた。
そうして森の中へ入っていくと、ミカが何かに祈りを捧げているのだという事に気が付いた。
ミカの前には、三十を越える石が整然と並んでいた。それが暗殺者たちの墓標である事は、すぐに解った。
石の並ぶ場所は崖のようになっていて、その向こう側には雄大な山脈が見渡せる。隠れた場所ではあるが、立地としては良い。むしろ森の中に隠れているのが暗殺者らしくて良いのかと、なんとなく思う。
「つけて来たのか? ―――いや、そんな訳ないか」
私の気配を感じ取ったのか、声をかける前にミカは立ち上がって、こちらに向き直った。
「たまたま見かけたものですから。……申し訳ございません。私がここに居ては不愉快ですよね」
こちらの謝罪に、ミカは不思議そうな顔をする。
「何故だ? 別に構わないが」
「……その中には、私が命を奪った方も居るのでしょう?」
恨まれて当然だとは思う。敵であれば容赦はないが、その身内に対して敬意を欠くほど、私も浅はかじゃない。
しかし、こちらの複雑な思いとは裏腹に、ミカはそんな事かと笑った。
「アンタが気にする事は無いよ。あれは仕事だった。あいつ等だって、この仕事を選んだ以上は、殺される覚悟はしていただろうよ。むしろ可哀想なのは、犬死した連中だ。シエルみたいな奴に一方的に、無意味に殺されたんだ、こいつらは」
「貴方だって、私のした事をすべて把握している訳ではないでしょう。……私とシエルに、大きな差は無いと思いますよ。どっちにしたって、殺した事に変わりはないのですから」
「いいや、アンタとシエルは違うよ。アンタは少なくとも、いつだって誰かを守るために戦ってる。それはシエルやルーンとは大きく違う部分だ。攻めて行ったのは俺たちの側で、アンタは迎え撃っただけ。だから気にするな」
「まさか貴方から慰められるとは、思ってもみませんでした」
意外に思う私に、ミカは乾いた笑いを送った。
「事実を言っただけさ。俺はアンタみたいにできなかったからな。俺がもし、もっと賢くて仲間を守るために動ける男だったのなら、こうはならなかっただろう。リーダーなんて名乗ってたくせに、結局自分可愛さに信念を曲げて、ルーンの軍門に下っちまった。そのせいで、家族を誰一人として救えなかった」
並ぶ墓碑に哀しい視線を向けて、ミカは呟やく。
「……暗殺者集団なんて余所から見ればクズの集まりにしか見えないだろうが、俺にとっては家族だったんだ。俺を育て、共に戦ってくれた家族だ」
家族という言葉に、私は目を伏せてしまう。罪悪感と、哀しい記憶が心を責め立てるみたいだ。
それを奪われる辛さを私はよく知っているし、それを自らも奪う側に立ってしまった事へ思うところが無いわけではない。
「手を合わせても、良いでしょうか?」
ミカが許すと言ってくれても、私は彼に対して謝罪の意を示す必要があるのだと思う。
祈りの文化が違うせいか、一瞬ミカは不思議そうな顔をした。
「手? ……ああ、そういう事か。もちろんだ。ありがとう」
礼を述べたミカの表情は、とても柔らかかった。普段険しい顔しか見せない彼のそんな態度に、私は少しだけ気が楽になる。
墓標に手を合わせ、黙祷を捧げる。
死者に対して、罪の意識はない。だから後悔も無く、苦悩も無い。何も感じない、虚ろな心。
それを哀しいと思う事すら、いつしか感じなくなっている。いずれ自分は何もかも無くすだろうと、そんな事を考えながら、私は静かに目を閉じた。
◆
私アリエッタは、イハナさんと二人で町民たちの墓碑を訪れていた。ミューとミカは別の仕事があるので、今日は来ていない。
ミューが城の瓦礫から削り出してくれた墓碑には、セレイアさんを筆頭として、亡くなった町民の名前が全て刻まれている。
祈りを終えて瞼を上げると、隣でイハナさんが泣いていた。
私は何と声をかけるべきか少し考えて、静かにその場を去ることにした。冷たいと思われるかもしれないけれど、私だったら一人で泣きたい時もある。思いっきり泣いて涙を枯らせば、一時的でも気持ちは安定するから。
破壊された城塞は上手い具合に柱と壁が残り、神殿の様な姿になっている。吹き抜けの天井からは温かい日差しが差し込み、壊れた壁からは町と山々が一望できる。
私とイハナさんがここに墓碑を建てようと決めたのは、この立地条件の好さからだった。この惨劇を起こした男の居城が、こんな形で私達の役に立つのだから、皮肉なものである。
セレイアさんならきっと、これすら負の遺産として残すべきだと言うのかもしれない。
崖から街を見下ろすと、ちょうど町を出て行く犬車の行列が見えた。イハナさんがわざわざ私財を使って、ルーンの私兵達の遺体を本国へと運ばせたのだ。ミューとミカは、私兵の遺体を搬送するために街に残っている。
「出発したっすか」
隣にイハナさんが現れた。
赤く泣き腫らした眼で、彼女は悲しそうに町を見下ろしている。
「どうして、私兵の遺体を送り返したの? 燃やしてしまっても良かったのに」
「確かに彼らのした事は許せないっすけど、あの人たちにも家族が居て、その人たちに罪は無いんだろうなって思ったら……自己満足っすかね」
私の疑問に、イハナさんは困り顔で笑った。
憎しみだけで完結しないモノ。それを、彼女は自分の内に見出す事ができたのか。私にはまだ、それはできそうにない。
許すなんて事、私にはできない。
「貴女はやっぱり、優しい人ね。尊敬するわ、本当に」
「優しいと言うのなら、アリエッタさんだって。私のためにここまでしてくれた事を、私は一生忘れないっすよ」
「……私のような人間が、貴女の為に何かできたのだとしたら、それだけで十分よ。それこそ、優しさではなく、自己満足なんだから」
私の返しに、何故だかイハナは笑い出す。
「もう、本当にアリエッタさんは素直じゃないんすから。たまには正直になったって、良いんじゃないっすか?」
「素直って……私ってそんなに歪んでるのかしら?」
本当に自覚は無いのだけれど、外から見ると私ってそんな感じなのか。
「それはもう。―――でも、そんな所がアリエッタさんの良さなのかもしれないっすね」
そう言ってにへらと笑うイハナさん。歪んでいるのが良いとはどういう事なのか。
でもまあ、きっと悪く考え過ぎるのも良くないのだろう。褒められているのだから、良しとしよう。
「……そっ、なら良いわ。貴女がそう言うなら、それで」
そこで会話が途切れて、手持ち無沙汰になった私は、意味もなく遠くの山を見つめた。
晴れ渡った空と、澄んだ空気。今日はとても気持ちのいい日だなんて、そんな意味の無い事を考える。
数分か、数秒か、そうしてしばらくしてから、イハナさんは唐突に口を開いた。
「―――お二人は、王都へ向かうんすよね」
「ええ。私は向こうで、やりたい事があるから」
「やりたい事っすか?」
イハナさんは首をかしげる。いつか話した気もするし、もしかしたら彼女には一度も話していなかったかもしれない。
その必要も、あまり感じられなかったが、私は本心を全て明かす事にした。
「そう。世界をね、ぶっ壊してやりたいのよ。私はこの世界が嫌い。この国のシステムが嫌い。だから全部滅茶苦茶にしてやるの。―――きっとそれでも世界は良くならないと思うし、理不尽な事は消えないと思うけれど、今よりはマシな場所にしたい」
「それはまた、壮大っすね」
引かれようと無意識にしているのか、あえて頭の悪い表現を使った割に、イハナの反応は笑顔だった。馬鹿にしているという風でもない。素直に笑っている。
「どうして貴女は、こんな荒唐無稽な話を聞いて、そんな顔をするのよ」
少し呆れながらにそう言うと、イハナは照れくさそうに微笑む。
「私は頭が悪いから難しい事は分からないけど、きっと、アリエッタさんなら正しい事をするんだろうなって、確信があるっすから」
「……買いかぶり過ぎよ。私がしようとしている事は、復讐なのだから。行く所まで行けば、私はアンデレトワの連中よりも質の悪いモノになるかもしれないのよ?」
「なら、私も最後まで見届けるっす。そして全部終わったら、『やっぱりそうはならなかったでしょ?』って言ってやるっすよ。アリエッタさんは、正義の人っすから」
「……正義ねぇ」
本当に、買い被りだ。確かに今回は、彼女のために色々やったが、要は復讐と人殺しの幇助である。それ以前にだって、私は身勝手な理由で多くの人生を奪っている。私の行為には、そんな誇れるような綺麗なものは何もない。
「―――てっ、貴女今、付いて来るって言った?」
イハナの言葉を思い返して、ふと気づく。驚く私とは対照的に、イハナは何でもない事の様に頷いた。
「言ったっすよ。まさか、私を独りここに残していくつもりだったんすか? それは寂しすぎるっすよー」
「いや、でも、鉱山とかどうするのよ?」
「そこで相談なんすけど、私の代わりに鉱山の経営をしてみないっすか?」
思わぬ展開に言葉が詰まる。それを彼女から切り出してくるとは思っていなかったからだ。
「……正直に告白すれば、一時期それを狙っていた事も有ったわ。資金は必要だもの。でも、やっぱりそれは、私の信条に反する行為だと思ったから止めたの」
ミューとミカに構想を話した時には、そういう腹積もりではいた。けれど、セレイアさんがイハナに遺したものを私がどうこうするというのは、やはり違う気がしたのだ。
私にだって、お父さんから受け継いだミューの身体には、特別な想いがある。そういうものは、やはり大切にしたい。
「それは私から盗んだらの話っすよね。そうじゃなくて、二人でやるんすよ。権利の貸与って言い方でもいい。私は領主っすから、この土地の権利を所有している。アリエッタさんはその土地で鉱山を経営すると。これなら、私から奪った事にはならないっすよね」
気乗りしない私とは対照的に、イハナは積極的に提案してくる。いつの間にか、立場が逆転していないだろうか、これ。
「どうして? 今回の礼だと言うのなら、それは……」
それはもらえない。私は結局、大したことはしていないのだから。
「お礼と言うのも当然あるっすけど、私もアリエッタさんの力になりたいんすよ。大きな事をするにはお金が要るでしょう? 私も友達のために何かしたいんす。それに、経営とかそう言うのは、たぶん……いや、かなり私には向いてないので……」
苦笑するイハナを前にして、私はどう返事を返すか考えた。
断る理由は無い。両者にとって、都合の良い事しかない。ためらうのは、私の変なこだわりが全て。ならば、ここはこう答えるべきなのだろう、やはり。
「……分かった。貴女の話を受けます。本当にありがたい事ですから」
「良かった。ここできっぱりお別れなんて、寂しいっすから」
嬉しそうにイハナさんは笑った。
今までのは建前で、今のが彼女の本音の全てなんじゃないだろうか。それならそれで、嬉しい事ではある。こんな事を嬉しいなんて思う事すら、私には嬉しい。
「ええ。これからもよろしく、イハナ」
「はいっす! アリエッタ!」
私達は笑い合う。
酷く醜いだけの世界だとずっと思って来たけれど、こういう事もあるのなら、この世界はまだ捨てたものじゃない。
私らしくないけれど、今は少しだけそう思えた。




