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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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失格の異世界英雄譚-2

 打ちつける激しい雨の中、二人は無我夢中で討ち合った。

 シエルは極限の高揚から。

 ミューは極限の緊張から。

 防御魔法すら断ち切る剣を持つシエルに対して、ミューはいつもの戦法が使えない。そのため、ミューはどうしても回避に専念せざるを得なかった。

 ミューがシエルを押し切れないのは能力の差ではなく、経験の差。人形に備わった能力だけで無双を誇って来たミューでは、シエルとの実戦経験の差が大きいのだ。

 魔剣を除いても、シエルの熟練した技にはミューを追い詰めるだけの力がある。ミューが状況を維持できているのは、ひとえに人形の性能でしかない。

 打ち合ううちにシエルもその事に気づいたのか、気を落としたような息を吐く。


「つまらないな。アンタは何でそう、中半端なんだよ。……領主の死体を見て怒ったアンタは強かった。今日ここに仇討ちに来たアンタは更に強くなった。あのお嬢様をけなされて、激昂したアンタはもっと強くなった。だけどまだ足りない! ―――アンタは強いんだよ。もっともっと、強いはずなんだよ。全力を出せよ、召喚者! てめえはもっと私を楽しませられるだろぉ!」


 シエルは心の底から怒りを吐き出して、苛立ち紛れに無意味に剣を振り回す。


「もっと怒れよ、もっと呪えよ私を! でなきゃ、アンタは私に殺されるだけだ!」


 独りよがりな期待と、それが裏切られたことによる激昂。真っ当な理性の働いていないシエルの言動を、ミューは無視する事にした。

 集中すべきなのは、シエルの攻撃動作だけ。どれだけ感情を乱そうと、シエルには隙が生まれない。回避一辺倒の闘いでは、埒が明かない。

 状況を切り開く手段は手の内にある。しかし、人形の身体に搭載された仕掛けには全て時間制限が設けられている。使うタイミングを誤れば、逆に自分を不利にしかねない。


 ミューには闘う者として欠けているものが在った。冷酷にはなれるが、決して冒険はできない。彼女の戦い方は確実に打てる手しか打たない慎重なもの。普段ならばそれでいい。しかし、打つ手が無くなれば動けなくなるのは当然の事。

 実力差のある相手と対峙した時、ミューは戦略を立てられなくなってしまう。この状況に立たされた経験が、ミューにはこれまで一度も無かったのだ。

 故に、蛮勇と勇気をはき違える。経験の浅いミューは、シエルに突っ込む他に無い。


「ここで、使うしかないか」


 覚悟を決め、ミューは隠し玉の武装を発動させた。


「第七拘束開放!」


 ミューの音声命令と同時に、人形の体内から液体銀が放出される。外へ出た銀は魔法によって固められ、七つの剣を生成した。

 ミューの背後に浮かぶ七つの剣を見て、シエルが哂う。


「良いじゃん。そうだよ、そういうのだよ!」


 向かい来るシエルの攻撃を、ミューは七本の剣の内から一本を掴み取って受け止めた。残り六本が宙を飛び、シエルに向かっていく。


「そんなもんかよ!」


 シエルはミューから距離を取り、向かい来る六本の剣を全て弾き返した。


「仕掛けは面白いが、攻撃が真っ直ぐ過ぎんだよアンタ!」


 地に落ちた剣をミューが浮上させるよりも早く、シエルは再びミューへと迫った。シエルの剣速に意識を集中するミューは、せっかく生成した六本の剣を活かせない。

 ミューは早くも、戦況を読み違えた事を痛感する。実力差を覆せる手を、焦るあまり無意味に露見させてしまった。

 しかもミューには、自身に備わった武装を使った経験が浅い。使用方法が分かるだけで、練度自体はまったくの素人なのだ。今使っている『第七拘束』に至っては、使えるようになったのが一時間前という状態である。

 シエルという怪物を討つには、ミューはあまりにも素人過ぎた。


「やっぱ駄目だな。……同じ召喚者でも、このザマか。期待外れもいいところだ!」


 不甲斐ない敵への苛立ちを込めて、シエルはミューを蹴りつけた。ぎりぎりで受け身を取ったミューは、少し飛ばされたところで体勢を正し、着地した。再び両者の距離が離れた隙に、ミューは六本の剣を操る。

 しかし先手を打ったのはシエルだった。道理を無視した長距離の刃が、ミューに迫る。

 これならば、跳び上がって避けられる。

 そう判断したミューの背後に突然、新たな反応が現れた。生体感知に映り込んだ二つの反応は、アリエッタとイハナのもの。二人は城内からミュー達の様子をうかがっていた。

 城壁に空いた穴からミューの立つ位置まで、数メートル離れている。しかし、シエルの振る剣はアリエッタ達を巻き込むだけの長さを備えていた。まるで最初から、ミューではなくアリエッタ達を狙ったかのように。

 ミューが避ければ、二人が巻き込まれるだろう。しかし、防御魔法で防げない攻撃であればミュー自身も斬られてしまう。


「第三拘束開放!」


 叫ぶと同時に、ミューは夜闇の中を駆けだした。魔力が放つ青い光の残像が、一直線にアリエッタとイハナに迫る。

 シエルの剣が城を切断する直前に、ミューはアリエッタ達を押し倒した。当然、二人が体を打ち付けないように支える配慮も忘れなかった。

 防御魔法を展開し、崩れる城の瓦礫から二人を守りながら、ミューはゆっくりと立ち上がる。

 ミューは立ち昇る砂埃の先に居るであろうシエルへ、射貫くような視線を向けた。


「なっ、何が起こったんすか?」


 突然押し倒されたイハナは、目を白黒させながら体を起こす。そんなイハナを、ミューは淡々とした口調で制した。


「二人とも、身を低くしていてください。危険ですから」


 いつになく静かな雰囲気を纏うミューを、アリエッタは案じた。これまでミューから感じた事の無い殺気の強さを、共犯者であるアリエッタは感じ取ったからだ。


「大丈夫なの?」


 その身を案じる言葉に、ミューは頷いただけだった。

 二人を防御魔法の結界で守ったまま、ミューは一人外へと歩み出す。

 激しい雨はもうもうと舞い上がっていた砂埃をあっさりと消し去り、視界は再びクリアになった。

 ミューは生体感知で、シエルは感覚で、深い夜闇の中で二人だけが互いの姿を視認できる。


「ああ―――ようやく目が覚めたよ。今ならお前を殺してやれる」


 低く呟き、ミューは走り出した。黒の中を走る青い閃光は、弾ける弾丸の様。人形からだの限界を超える四倍以上の速度で、ミューはシエルに追突した。

 ミューを受け止めた衝撃はシエルの体を伝わって、ぬかるんだ地面を大きく歪ませる。

 不死身のシエルも、これには苦悶の声を上げた。


「っく―――! ようやく本気になったか!」


 不敵に笑って剣を振るうシエルへ、ミューは拳を放つ。ミューの動作からは、完全に守りの気配が消えていた。シエルの剣を回避しながらも、攻めを優先した動作には隙が目立つ。


「とうとう、自棄になったのかよ」


 守りの薄くなったミューの体へシエルは容赦なく剣を振るう。しかし、シエルの余裕を覆すように、ミューはその全てを押さえつけ、弾き返した。攻守一体の動き。人外のミューだからできる、理不尽な動作。

 シエルの本気の剣速に、ミューは完全に対応していた。


「ははは、いきなり強くなるとかさぁ、マンガの主人公気取りかい?」


 余裕の無い状態でも、シエルは愉快に嘲笑う。この状況こそ、彼女が最も欲したもの。自身が負けるかもしれない死闘に、シエルは無上の悦びを得ている。

 対するミューは、正反対に静かな気配を纏っている。感情の昂ぶりが皆無である状態は、無我。


 もはやミューは自分の犠牲をいとわない。戦術を立てる事は勝つために必要な事。そして同時に自分が生き残る算段を立てるという事でもある。シエルを倒しても自分が死んではアリエッタを守る者が居ない。それでは何の意味もない。結局のところ、ミューには死ぬ覚悟ができていなかった。

 お互いにそれが無ければ、殺し合いではなく一方的な殺りくにしかならない。

 だが、そんな迷いが結局アリエッタを死なせるのなら、ミューはもうその全てを潔く捨てる。

 迷った事で弱くなった。セレイアを死なせ、イハナを絶望させ、アリエッタを悲しませた。その弱さを、ミューは嫌悪する。

 アリエッタのためならば、ミューは最初から自分の死すら捧げられるのだから。

 

 ミューの放ったアッパーカットと前蹴りを連続で食らい、シエルが吹っ飛ぶ。

 地を滑るシエルへ、ミューは冷めた声で呟くように答えた。


「主人公なんて、大層なモノにはなれないよ。私は正義の味方じゃない。本当はどうでもいいんだ、正しいとか間違ってるとか、正義とか悪とかそんなのはさ。―――私はとっくにイカレちまって人間じゃないんだ。そんなもの、守る必要も無い。私が守りたいのはアリエッタだけ。あの子が守れればそれでいいのにさ、何してたんだろうな。訳分かんない道徳とか倫理に従って、私はあの子の事を"元に戻そうなんて"意味の無い事をしようとしてたんだ。そりゃ、雑念だらけで見失うよな」


 ミューの独白に、シエルは眉を寄せる。


「あっ? なに言ってんだお前?」


「何も。アンタだって本当はどうでも良かったんだ。アンタが"アリエッタさえ狙わなければ"どうでも良かったんだ。―――けど、アンタのおかげでようやく思い出せた。そう、殺すときはいつも静かだったんだ。自分以外なにも居なくて、自分すらも居なくて、静かで……アリエッタはいつも『 』だったんだ。私もそこに近づかなきゃ、彼女と一緒には居られない……」


 ガラス玉の瞳は絶えず生気を放っているが、造り物のかおは虚ろ。

 人で無い者の狂気に触れて、シエルに身震いが走る。そんな感覚をシエルが覚えたのは、どれほど振りの事だろうか。

 シエルの願望は全力で死合う事。その根本にあるのは、絶対に自分が敗者にならないという前提。所詮、シエルは加虐する者で在りたいと望む者。

 それを覆す何かの存在に、シエルは初めて恐怖していた。同時に、それは彼女にとっては望んだモノの最高峰でもある。ミューとの戦いに生き残れば、シエルには望外の悦びとなるだろう。

 シエルはその誘惑に立ち上がる。立ち向かわずにはいられない。


「私は、アンタを、殺したい!」


 恐怖と愉悦の昂ぶりがシエルの唇を震わせる。


「いいえ、貴女はここで死にますよ」


 ミューは決定事項だとでも言うように、機械的な声で告げた。

 その冷たさに恐怖して、シエルは駆けだす。

 向かい来るシエルを前に、ミューは腕を振り払う。それに応じる様にして、シエルの背後から六つの銀剣が飛んできた。

 シエルは回転しながら跳び上がり、不規則に向かい来る剣を全て弾いた。直後、背後からの一刺しにシエルは貫かれた。七本目の銀剣がシエルの肺に穴をあける。


「ッ―――!」


 振り向いたシエルに、ミューの拳が迫る。それを背後へ飛んで避けたシエルに、撃ち落とした銀剣が眼下から襲った。

 ミューの魔力に操られる銀剣は、ミューの加速装置に連動してその動きを速めていく。四倍に加速し、なおかつ近距離から迫るものを、しものシエルも防ぎきれずに、五本の剣が突き刺さった。

 六つの剣で串刺しにされ、シエルは頼りない足取りで後退る。これでも死ぬ事が無いシエルへ、ミューは少しだけ憐みを向けた。


「あの赤い石……魂結晶ソウルクリスタルだっけ? 呼び名からいって、それが貴女の不死性の原因だな」


「そうさ、これが有る限り私は無敵だ! 一方のアンタは人形の身体。壊れたって修復しない!」


 それが有利だとでもいう様に、シエルは叫ぶ。ミューはそれを冷ややかに見つめた。


「でも、私は傷一つ負っていない」


 シエルの表情が嫌悪に歪む。シエルはミューの実力を引き出すために、彼女の戦力を削ぐ事をしなかった。城塞すら容易く切断するシエルにとって、ミューを破壊することは難しくない。いつでも壊せると、決して自身が追い詰められる事は無いと、慢心で対峙した事が敗因。その羞恥と後悔に、シエルは歯噛みする。


「まだだァ! まだ、終わってないっ!」


 身体に突き刺さった剣を引き抜こうとしたシエルは、その身体に何も刺さっていない事に気づく。シエルの身体を貫いていた六本の剣は、前触れもなく忽然と消えていた。

 状況が呑み込めず呆けるシエルへ、ミューは静かに宣告する。


「いいえ、終わりです」


 いつも通りの口調で、ミューはシエルが弾いた銀剣を拾い上げた。途端に、ミューの手の上で剣は溶けて液状となり、今度は球体を形成した。


「これは元々、液体の銀なのですよ。魔法で固めて剣の形になっていただけ。もし貴女が"防御魔法以外も斬れる剣"を造っていたなら、私が負けていたかもしれません。――――――剣は液体に戻り、すでに貴女の体内に潜り込んでいます」


 淡々と告げられた事実に、シエルの顔色が変わる。


「てめぇっ!」


 魔剣を右手に生成し、ミューへ襲い掛かる。瞬間、シエルの身体を無数の棘が貫いた。シエルの体内に入った銀が再形成され、体外へと突き出したのだ。

 体内を滅茶苦茶に破壊され、シエルは背中から地面に倒れ込む。

 それでも意識のあるシエルへ、ミューはただただ虚ろな表情を向ける。

 シエルは浅い呼吸をくり返しながら、憎しみのこもった眼でミューを睨み続けた。

 即死するべき痛みを感じて生き続けるのは、どれほどの地獄か。


「―――それがきっと、貴女の因果なんでしょうね」


「むぐっ―――」


 そう告げて、ミューはシエルの口に手を突っ込んだ。そのまま容赦なく舌を引き抜く。途端、シエルの身体は灰に変わり崩れ落ちる。灰は雨に流され、跡形もなく消え去った。

 ミューの手には、かつて英雄だったモノの残骸クリスタルだけが残されていた。

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