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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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失格の異世界英雄譚-1

 月の輝く夜空は、いつしか厚い雲に覆われていた。

 庭園内の草花を破壊する勢いで吹き荒れる風は、嵐の前触れ。あらゆる命を否定する自然の猛威が、町全体を覆い始めていた。

 そんな終末の中で相対する三つの影。

 シエルが双剣の構えを取ると同時に、ミューとミカもそれに応じて戦闘態勢をとった。

 口元を裂けんばかりに歪めて、シエルは愉快そうに言葉を吐き出した。


「待ってたよ。今夜は邪魔者は居ない。お互いに守らなきゃならないしがらみも無い。存分に、私達の都合で殺し合いができる。なあ?」


 シエルの言葉はミューへ向けたもの。彼女はミカなど眼中にない。


「……同意を求めないでいただきたい。私は貴女とは違うので。―――でもまあ、本気になれるというのは共感しましょう。今日は貴女を殺せと命じられていますので」


 対するミューの返答はにべもない。シエルは少しだけ、そんな反応に気を落とした。


「へぇ、アンタとは同じ匂いを感じていたんだけどな。ここまで来ても、言いなりちゃんなわけ? 見た目通りのお人形って訳だ」


 自身の正体を看破されて、ミューは黙り込む。

 二度目の邂逅で、シエルはミューの正体を理解していた。見た目がどれほど人間に近くとも、触れればその感触が硬質な木材である事は、誰にでも分かる事である。

 ミューの様子を心配してか、仲間の仇を討つ事に急いているからか、隣に立つミカは強い口調で声をかけた。


「……おいっ、敵といつまでも駄弁ってるんじゃねえ。やるぞミュー」


「承知しています」


 身体強化と身体硬化の魔法を自身にかけ、ミューは更に身を低くする。元より迷いはない。正体を看破された事に少しの驚きこそあれ、その程度で何が揺らぐというものでも無い。

 アリエッタに命じられた以上、シエル・ベテチカの死はミューにとって絶対だ。


 ミューとミカの二人は、同時に動き出した。撃ち出された弾丸の如く、数メートルの距離を一瞬で駆け抜けた二人は、シエルに迫る。

 ミカのショートソードと、ミューの突き。その二つをシエルは真向から受け止め、反撃した。

 二人を相手にしながら余りある速度。技のキレ。それは二人がこれまで対峙した時とは比べ物にならない程の力量だった。

 今この時、シエルも二人の力を認めて正真正銘、本気の勝負に臨んでいた。そこまでしても倒れぬ二人の強敵を前にして、シエルはほくそ笑む。強すぎるあまり、満足のいく戦いを感じられなかったシエルにとって、この瞬間こそ至上の悦びだ。


 シエルはミューの拳をいなし、その胴に蹴りを入れる。身体が軋むほどの打撃を受けて、ミューの身体は十メートル以上離れた城の壁面まで吹き飛ばされた。

 続いて向かって来たミカの剣を、両の剣で受け止める。一対一の勝負となれば、シエルの速度にミカは追いつく事ができない。ミカの利き腕が義手になっている事を目ざとく見つけ、シエルは剣を振り下ろす。あえて義手を狙うのは、シエルの加虐性の表れか。

 しかし、シエルの思惑とは裏腹に、ミカの義手はシエルの剣を受け止めた。


「なっ―――!」


 驚きは両者のもの。シエルの持つ不可視の剣は、その質量と硬度を無視して切断を可能とする、究極の刃なのだ。たかが義手程度に攻撃が弾かれるなどと、シエルは微塵にも想像していなかった。

 それは義手を持つミカも同じだった。シエルの攻撃が理不尽な切断力を持つ事を知っていたからこそ、ミカは細心の注意を払ってシエルと対峙していたのだ。それが即席で造られた様な義手一つで受け止められるなどとは思ってもみなかった。


「戦闘に耐え得る義手……か。あの女、本当に腕のいい技師だぜ!」


 驚愕か戸惑いか、一瞬動きの停止したシエルへ向けて、ミカは全力の一振りを叩きこむ。

 即座に意識を取り戻しシエルは回避行動に移ったが、ミカの剣はシエルの胴を逆袈裟に切り裂いた。シエルの衣服が赤く染まっていくのを眼でとらえ、ミカは追撃をかける。


「舐めるなっ!」


 斬られた痛みに顔を歪めながらも、シエルはミカの追撃を難なく受け止め、蹴りつけた。その一撃で、骨と内臓に大きなダメージを負ったミカは、血を吐き出しながら地面でのたうつ。


「ハァ、ハァ―――高位の防御魔法か。魔法を斬るには、それ専用の武器を創らなくっちゃだめっていうのが、この力のメンドイところなんだよね」


 シエルは右手に持つ武器のイメージを作り替える。魔法ごと鋼鉄の腕を破壊する刃の錬鍛れんたん。溶けてしまいそうな程の脳の熱さに歯を食いしばり、シエルは新たな武器を生成した。

 それは誰の眼にもとらえる事の出来る、実体化した剣だった。

 突然シエルの手に現れた剣に、ミカは警戒を強める。


「野郎、とうとう本物の剣まで造りやがった。……いかに魔法とは言え、何の材料も無しにそんなものを生み出すなんざ、錬金術でも無理な話だ。お前、いったい何者なんだよ」


 体勢を立て直してショートソードを構えるミカへ、シエルは珍しく余裕のない表情で向かって行く。


「どうせ、アンタには分からないさ。―――実剣の錬鍛は体力を使うから、好きじゃないんだけど。アンタは、特別にこれで殺してやるよ」


 向かい来るシエルに対し、再びミカは防戦を強いられる。不意の幸運がもたらした反撃の機会でシエルを仕留めきれなかった以上、もはやミカに勝機は無い。

 不可視の剣でミカのショートソードを大きく弾くと、シエルは実剣でミカの義手を破壊した。更に不可視の剣を突き出し、ミカに止めの一撃を繰り出す。


「これで仕舞いだ!」


「させるかよ!」


 シエルの突きを避けるように、ミカは受け身も取らずに後ろへ倒れ込んだ。瞬間、シエルの突き出した左手に鋼糸が巻きつけられる。先に刃が結びつけられた鋼糸を見て、シエルは咄嗟の判断で腕を引き抜いた。刃がシエルの腕を斬りつけ、血が飛び散る。浅くとも、刃は確実にシエルの動脈に傷をつけていた。

 ミカから距離を取ったシエルは、腕の痛みに歯噛みしながらも不敵に笑う。


「いいね、いいね! 泥臭いが良い手だねぇ」


 仰向けの姿勢で倒れ込んだミカは、異様な光景を目にした。シエルの手首から出血が止まり、傷が早回しの様に塞がっていったのだ。見れば逆袈裟に斬った胴の傷も塞がっている様だ。

 異形の芸当とも呼べるそんな異常な回復力を、ミカはつい数十分前に目の当たりにしたばかりだった。


「お前も、吸血鬼だったのか!」


 シエルは呆れ笑いを浮かべながら、実剣を逆手に持ち替えて投擲とうてきの構えを取った。


「けっ、あんなバケモンと一緒にするなよ――――――」


「―――では、貴女は何者なのでしょう?」


 シエルの背後に、突如として黒い人影が現れた。人影はそのまま、シエルの頭部を蹴りつける。尋常でない威力をその頭蓋に受けて、シエルの身体は弾丸の如く吹き飛んでいった。


「助けるのが……遅すぎる」


 ミカは人影―――ミューへ笑って悪態をついた。


「申し訳ありません。思ったよりも、シエルの攻撃で負荷が掛かったもので。―――ボロボロですね。動けますか?」


「無理にでも立ち上がるさ。それが俺の務めだ……」


 必死に立ち上がろうとするミカへ、ミューは手を出して制止した。


「いえ、そこで寝ていてください。アリエッタの計画には貴方が必要な様ですから、ここで死なれては困ります」


 素っ気ない態度でそう言って、ミューはシエルへと近づいていく。

 身体が吹き飛ぶほどの衝撃を脳と首に受けたにもかかわらず、シエルは平然とした態度で立ち上がった。

 シエルが無造作に振るった右腕の動きに合わせる様に、ミューが左腕を上げた。途端、ミューの腕から金属の弾ける音が鳴り響く。

 後ろで見ているミカには、ただそれだけの奇妙な現象が見えるだけ。

 実際には、シエルが振るった不可視の剣をミューが受け止めただけなのだが、互いの距離は五メートル以上は離れている。二人の距離が離れすぎているあまり、外野のミカには事態が呑み込めないでいた。


 攻撃を受け止めたミューも、シエルの能力に驚愕していた。生体感知によって魔力を視認できるミューにとって、シエルの造る魔剣は不可視ではなく、決して脅威ではない。彼女が驚いたのは、シエルの持つ剣の生成能力が想像をはるかに超えていた事だ。

 シエルの右手に握られた魔剣の刃は、数メートルの距離を越えてミューの元まで伸びている。そんな理不尽な長物を、シエルは片手であっさりと振り回して見せたのだ。実質、シエルには近接も遠距離も関係がない。彼女が標的を斬ると思えば、それがどれほどの理不尽であろうと可能にできる武器を、いくらでも生成できるのだ。

 

「イメージした物を再現する力ですか。切断する対象に合わせた専用の武器を無尽蔵に生成する、それが貴女の能力ですね?」


 ミューの予想に対して、見抜かれた当のシエルは嬉しそうに笑った。それは強者の余裕。並び立つ者が居ない以上、理解する者が居ない事は当然の事。シエルが求める者は、対等の能力者であり、同時に理解者であった。


「おっ、分かった? って、まあこれだけ見てれば流石に気づくか。アンタには私の魔剣が視えてるみたいだしね。でも、その観察眼は自慢していいよぉ。前にヤった召喚者は最後まで気づかなくって、ベソかいてたからさ」


 予測が的中した事よりも、シエルの発した単語に気を取られ、ミューは顔をしかめた。

 シエルの名乗った『召喚狩り』という通り名。自身が異界から召喚された者だと言われた記憶。それらがミューの思考に絡みつく。


「召喚者……貴女はいったい、何者なのです? 召喚者とは何の事なんですか?」


「馬鹿っ、なに敵と会話始めてんだ!」


 背後から飛んでくるミカの言葉を無視して、ミューはシエルを見据えた。

 ミューの問いに、シエルは口元を歪める。可笑しさを噛み殺すようにして嗤うシエルへ、ミューは不機嫌な視線を送った。


「おいおい、マジか。そっからなのかよ。何にも知らないんだ。はぁ……ってことは、今まで私が言ってた事が全部一方通行だったって事かぁ、あははははは――――――ああ、可笑しい。

 まあ、いいや。アンタにもこれは見覚えあんだろ?」


 そう言って、シエルは唐突に舌を出して見せた。その舌には、悪趣味にも紅い菱形の結晶体が埋め込まれている。

 私は、あれを知っている―――

 ミューのコア。人形の指令中枢で在ると同時に、自分の魂が刻まれた赤い魔法石。

 シエルの見せたそれは、自身が持つ物と全く同じ代物のようにミューには感じられた。


「……その様子だと、やっぱアタリだね。これはね、召喚された者の証なんだ。こことは違う世界、言うなれば異世界から何かしらの理由でここに呼ばれた者の印。魂を刻んだ魂結晶ソウルクリスタルって訳だ。

 アンタも覚えがあるでしょ? ちなみに、私は地球の日本の東京って所から来たんだ。この布は、向こうから持ってきた思い出の品ってヤツ?」


 言葉とは裏腹に感慨も無く、シエルは腰に垂らした紅い和柄の布切れに触れた。


「私達は確かに特別な存在だけど、アンタだけって訳じゃない。この世界には何人も呼ばれてるのさ」


「呼ばれている……そんな言い方をするって事は、誰かが呼んでいると? 一体誰が? 何の理由で?」


 ミューの声には焦りが表れ始めていた。もし自身の召喚がオルコットの不手際ではなく、何者かの意図する事だとすれば、これまでの事実すべての見かたを変えかねないからだ。

 そんなミューの心中を知ってか知らずか、シエルは底抜けに明るい態度で答えた。


「そんなもん、決まってんじゃーん。神様だよ、カミサマ。私達は、この世界に危機が訪れた時に呼ばれる抑止力なんだってさ。勇者様って訳だ。私の場合は、世界を滅ぼしかねない魔竜を殺してくれって内容だったかな。その為にこの能力をもらったんだ。剣に限定されるけど、アンタの指摘通り、斬りたいものを斬るための武器を無限に作れる。私はこれを≪アソート≫って呼んでる。各種剣を取り揃えております―――ってね」


 神、抑止力、授かり物の能力。ミューには身に覚えのない事ばかりだ。

 何かがズレている。偶然にも異世界へ召喚されたという事象が共通しているだけで、シエルと自分は似て非なる状況下にあるのか。

 ミューの疑問は晴れるどころか、更に難解になっていく。ただ単に嫌な予感であったものが、今では明確な"謎"となってしまっていた。


「そんなもの、私は知らない。第一、貴女がその抑止力だと言うのなら、なぜこんな所で人殺しなんてしているのです? 貴女のしている事は、英雄とは程遠い所業に見えますが」


 苛立ち紛れのミューの指摘に、シエルは高らかに笑いだした。


「ははは、そりゃそうだ。正義の味方なんて馬鹿正直にやるつもりは、私には無いんでね。約束通り魔竜を倒してやったって、神様は私を元の世界に返しちゃくれなかった。おまけに不老不死の体にまでされちゃってさ。そしたらもう、やる事は一つっしょ。せっかく手に入れた能力を使って、面白おかしくやりたいようにやって生きるしかないじゃん?」


 ミューの顔が曇る。それは同族嫌悪に限りなく近い、まったく異なる感情。


「……それが、これだと? ルーンの様な男に使われて人を殺すのが、貴女のやりたい事だと?」


 ミューの嫌悪を感じ取ったのか、シエルの表情からも明るさが消えた。


「それの何が悪い? この世界じゃ、趣味で人を殺せば犯罪でも、仕事にすれば金が手に入る。戦争に出れば一躍英雄だ。そこで転がってる兄ちゃんだって同じだ。アンタだってそうだろ? あのお嬢様の護衛って事みたいだけど、その為にいったい何人殺してきたよ。吸血鬼の領主サマを守るために、そこの兄ちゃんの部下を何人も殺したよな? ここで今生きてるって事は、街で起きた騒動の渦中を生き延びたって事だ。罪もなく吸血鬼モドキにされた住民を、沢山殺して来たんだろ? あーあー、可哀想に。

 理由も動機も関係ない。アンタは私と同じ世界の住人なのさ。アンタに私を否定する資格はない。アンタも、あのお嬢様も、私と同じイカれた連中なのさ!」


 アリエッタを引き合いに出され、ミューの中で糸が切れた。と同時に、纏う気配が変わる。一切の感情が消え、怒りは静かな闘志へと変換されていく。

 

「…………ああ、不愉快だ。ぺちゃくちゃと雄弁に。同じモノだと言うのなら結構。私が貴女を殺してあげる」


 戦うモノへと変わったミューの気配を感じ取り、シエルは獰猛に哂う。


「いいね。やっとやる気になったか。来いよ召喚者。私と対等に殺し合えるのは、お前だけだァ!」


「お前は、目障りだ―――」


 身を低くしたミューは、飛ぶように駆け出した。

 応じて、同時にシエルも動き出す。

 両者の衝突は雷鳴を伴って、庭園は豪雨に包まれた。

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