憂鬱な殺人寸話-4
イハナの先導で、二人は城を駆け抜けた。途中遭遇した兵士をスライムで排除しながら進んだ二人は、あっさりと目的地にたどり着く事ができた。
イハナが書斎の扉を開こうとドアノブに手をかけると、鍵がかかっていた。
「あちゃぁ、ここに来てこんな初歩的な事でつまづくなんて。アリエッタさん、スライムで溶かしてくださいっす」
「スライムじゃ金属は溶かせないわ。私がやる」
アリエッタはイハナを除けてドアノブに触れると、小さな爆発を魔法で起こし、鍵を吹き飛ばした。直後、アリエッタの身体が揺れ、倒れそうになる。慌てて駆け寄ったイハナに、アリエッタは大丈夫よと簡単に返した。
「そうは言っても、あまり大丈夫そうには」
イハナの心配のとおり、アリエッタの顔色はいつになく悪い。額には粒状になった汗が吹き出している。
「……一度魔法を使っただけでこれとは。思っていたよりも重症ね」
「アリエッタさん、ルーンの事は私に任せてほしいっす。貴女は見ていてくれるだけで良い」
それはアリエッタを気遣っての発言であったが、同時にこの件のけじめは自身の手で着けたいという、意思の表れでもあった。
イハナの手をなるべくならば汚したくないアリエッタとしては、制止したい所だったが、結局はそれが一番良いのだろうと受け入れた。
「…………良いわ。貴女が決着をつけなさい。この子は貴女に貸してあげる」
スライムを操る魔石をイハナに手渡し、アリエッタは扉の前から退いた。イハナが扉を開き、部屋へと入る。
書斎の中には誰も居なかった。逃げ出そうとしたのか、部屋の突き当りで開け放たれた扉の向こう側、バルコニーにルーンの姿があった。それを見て、アリエッタが可笑しそうに笑う。
「ふふっ、こんな立派な城なのに脱出用の秘密通路とかないのかしら」
「それはお噺の中だけっすよ」
対してイハナは緊張した面持ちでルーンへと迫って行った。部屋の入り口でアリエッタは佇み、イハナの背を見送る。
イハナを前にして、追い詰められたルーンが悪態をついた。
「くそっ、シエルの役立たずが!」
「そうやって何でも人に頼っているから、こういう事になるんすよ。金で人を雇って、自分じゃ何にもしないくせに粋がって。そのお金すら、先祖から引き継いだ財産や事業から出てるんでしょうね。貴方には何にもない。一見何でも持っているように見えて、自分で獲得した物なんて何一つないのでしょう? 今そうやって怯えてる丸腰の姿が、本当の貴方。貴方は最初から、その程度だったんだ」
淡々と告げられた人格否定に、ルーンは歯噛みする。切羽詰まった焦りが消え、その表情は苛立ち一色となった。
「調子に乗るなよ、下民がっ!」
吼えかかるルーンへ向けて、イハナは魔法を放った。血色の氷塊がルーンの足元で砕け散る。
ルーンを射貫くイハナの視線は、身に纏う静かな雰囲気に反して、熱過ぎるほどに怒りで燃えている。
「くっ……」
ルーンから再び勢いが消え、一歩、無意識のうちに後ろへと下がった。
「怖いっすよね? 攻撃する側は良くても、される側はたまったもんじゃないんだ。アンタが今感じている恐怖、痛み、それが今までアンタが他人に与えて来たものだ。姉様や街の人達が、そして私が感じた痛みだっ!」
イハナの放った怒気を纏った言葉に、ルーンは身をすくませる。
「俺を殺すのかよ? 良いのか? 俺を殺せば、お前は散々否定した俺の同類―――いや、それ以下に成り下がるんだぜ? 人を殺せばお前もその魂に穢れを負う事になる。それでいいのか?」
命乞いともとれるそんなルーンの発言に、イハナはうんざりした様に首を振った。
「……だからアンタは一度も自ら手を下さなかったんすか? 金で人に汚れ仕事をさせていたって? わざわざ回りくどく、私を吸血鬼にしたのもそのため? 冗談じゃない。自らの手を汚さないものは、どんな悪にも劣る、お前の魂はもうどうしようもなく手遅れだ!」
イハナはルーンの足元へ、持っていた短剣を投げつけた。
「拾うっすよ。アンタも貴族の端くれなら、これがどういう意味かくらい分かるっすよね。アンタにもし、人としての誇りが一つまみ程度でも残っているのなら、戦うっすよ!」
「決闘……舐めやがって―――やってやる、俺はやってやるぞ!」
誇り―――否、自尊心か。イハナの挑発に応じ、ルーンは短剣を拾い上げた。
短剣を構えて向かい来るルーンに対し、イハナは無防備に右手を突き出した。ルーンの短剣がイハナの腕を裂き、血液が舞い上がる。
痛みに顔を歪ませるイハナと、勝利を確信した表情のルーン。
しかし、そこで決定づけられたのはルーンの命運。
イハナは左腕でルーンの頭部を掴むと、裂かれたままの右手をルーンの口へと突っ込んだ。
「むぐぁっ!」
暴れるルーンはイハナに短剣を突き立てて抵抗するが、刺し傷が瞬間的に再生するイハナには効果がない。
いかに吸血鬼と言えど刺された痛みは感じるのだが、それを耐え抜いてでもやり遂げるという覚悟がイハナにはある。
ルーンが窒息する寸前で、イハナは右手を引き抜いた。
どちらのモノともつかない血を吐きながら、ルーンが咳き込む。
「はぁ―――はぁ、てめえ、もしかして血を! あぐっ―――」
変化はイハナの時と同様に、瞬時に起こった。自身の身体に起こり始めた異常に、ルーンは恐怖から体を震わせる。
「き、気分が悪い。吐き気がする……まさか、吸血鬼化が始まって―――!」
「これで、アンタも"怪物"っすね、ルーン」
もがき苦しむルーンから距離を取り、イハナは冷淡な口調で言い放つ。裂かれた右手は、既に再生していた。
「このっ、クソガキがっ!」
ルーンは怒りと絶望で、自棄になって掴みかかる。
イハナもまた、自身の怒りを全てぶつけるかの様に叫んだ。ルーンへ向けた、死の宣告を。
「行けっ、スライム!」
イハナが指示した途端、彼女の背後から現れた鮮やかな青い流体が、ルーンの身体に襲い掛かった。波に呑まれる様にして、ルーンの身体はバルコニーの柵に打ち付けられる。
「あ、熱い! 何だこれはっ! と、溶ける、溶けてしまうっ!」
スライムによって溶かされ始めたルーンが、絶叫を上げた。
そんな様子を冷ややかに見つめながら、イハナは淡々と言い放つ。
「私の経験から言って、吸血鬼化して四時間の間は回復力が続くっす。けど、それを過ぎたら不完全体の身体じゃ、治りが途端に遅くなる。―――良かったっすね、アンタは四時間耐えれば死ねるっすよ」
「ふ、ふざけるなっ! こんな事がっ!」
悲痛な声を上げながらも、イハナへ掴みかかろうとするルーンだったが、スライムに押さえ込まれ、反動で彼の体はより深く沈み込んだ。首だけが外に出た状態のルーンは、とうとう情けなく声を上げ始める。
「分かった、お、俺が悪かった。だから頼む、助けてくれ。―――か、金ならいくらでも出す。鉱山もいらない。だからっ!」
「助けてもらえると、思ってるんすか? アンタの様な男が? アンタには、この程度でも生ぬるい!」
怒りに満ちた言葉を吐き出して、イハナが魔石を放り投げた。イハナの制御を離れたスライムは、完全にルーンを飲み込むと、柵を飛び越え真っ逆さまに落下した。
何事も無かったかのような静かな夜に取り残されて、イハナは膝をつく。達成感とは程遠い、虚ろな何か。胸に穴が空いた様な、大切な物を失って二度とそれが戻らない事を知ってしまった様な、そんな寂しさを感じて、イハナはただ泣いていた。
「お疲れ様」
イハナに歩み寄ったアリエッタは、優しくそう言ってイハナを抱きしめた。




