憂鬱な殺人寸話-3
城に突入してからというもの、私とイハナの出番は皆無だった。アリエッタの作ったスライムが優秀過ぎるせいで、私達が何もしなくても勝手に警備が片付いていくのだ。
今もまた、溶かしたばかりの兵士の死体をスライムが吐き出した。隣に居るイハナが、顔をしかめる。最初、死体慣れしていないせいかと思って見ていたが、どうやらそうではなく、匂いが強烈らしい。
私に嗅覚は備わっていないので全く分からないのだが、イハナの表情を見ればその極悪さを察する事は難しくない。こういう時ばかりは、この身体で本当に助かったと思う。
むしろ、アリエッタが顔色一つ変えずに居られるのが不思議でしょうがない。こんなにたくましい子だったかな、なんて思っているとアリエッタがぽつりと呟いた。
「臭すぎるわね、この子……」
「………………その様ですね」
「はいっすぅ」
一応同意する私と、目の端に涙を浮かべてうんうん頷くイハナ。どうやらアリエッタも顔に出ないだけで、やはりスライムの匂いにやられているみたいだ。それでも、無表情で居られるのは大分強かだが。
「……お二人とも、どうぞこれを」
気の毒なので二人にハンカチを渡してあげると、イハナは泣いて喜んだ。
「うぅ、ありがとうっす。吸血鬼化して嗅覚も発達してるのか、本当に辛くて」
ああ、なるほど吸血鬼か……それは辛そうだ。度合いは分からないが、アリエッタと比べてイハナの方が色々と敏感になっているのだろう。二人の反応の差も、そう言う事に違いない。
私達がそんな風にスライム談議に足を止めていると、後続のミカが追いついて来た。彼は私達に向けて、やや非難めいた視線を向ける。
「なぜ止まっている。何か問題か?」
「いえ。特にそういう訳では」
「そうか。敵地のど真ん中で随分と余裕だな」
私の返答で、ミカの表情がより険しくなった。彼の反応はもっともだろう。気を抜いている訳では決してないが、プロのミカからすれば私達の態度が緩んだものに見えても仕方のないことかもしれない。
ミカの態度などアリエッタにはやはりどうでもいいのか、彼女はいつもの調子で答えた。
「何も問題はないわ。警備の私兵も大分減ったようだし、貴方と合流できたのはちょうど良かった。そろそろ彼女も出てくる頃でしょうし、一緒に行きましょう」
「了解した」
スライムを先頭に、四人で城の中を進む。主な構造は前回来た時に把握しているので、迷う事は無い。
通路を突き進んでいると、ふいにイハナが足を止めた。
「皆さん、奥で誰かが戦ってるみたいっす。……何人も居る?」
耳の後ろに手を当てながら、イハナは音を感知する。
「イハナの言う通りですね。生体感知にも複数の影が。……しかしこれは」
一騎当千と言わざるを得ない。大人数を相手に、何者かが独りで戦っている様子だが、流れる様に集団側の反応が消えていく。
「……私達以外に侵入者が? いえ、行けば分かる事ね」
「なら、俺たちが前に出よう。二人は後ろに居な」
イハナとアリエッタを後ろに回し、私とミカを前列に移動を再開する。
長い通路を抜けると、そこは血の海だった。床に転がる二十人ほどの死体と、独り佇む勝者。それは見てしまえば納得という人物であった。
「シエル……」
私達には気づいていないのか、シエルは苛立ち気に足元の死体を蹴り飛ばした。
「雑魚が!」
転がった頭部が、私達の足元にまで飛んできて止まった。その顔を見て、隣に居るミカが動揺した様だった。
「仲間割れかしら?」
アリエッタの声にシエルは顔を上げ、苛立ちに歪んだ表情を満面の笑みへと変えた。
「待ってたよ」
心底嬉しそうにそう言って、シエルは構えを取った。私とミカも迎撃態勢をとる。
「何故だ。こいつらを殺せと言ったのは、ルーンの命令か!」
ミカが、冷静な彼にしては珍しく、怒りをあらわにして吼えた。殺された面々と何か関わりがあったという事か。
「ルーンは何も言ってねえよ。私の独断だ。こいつら、アンタの側につくって言って私に武器を向けて来たんだ。そりゃ当然迎撃するっしょ」
「………………馬鹿共が。力の差くらい分かんだろうに。―――暗殺者に弔い合戦とか不相応だがな、俺はアンタを本当に殺したくなったよ」
ミカは剣を突き付け、シエルへ宣告する。
「いいねぇ、リベンジってわけだ。全員まとめてかかって来なよ。ロープレみたく四対一なら勝てっかもな!」
ケラケラと愉快に笑うシエル。彼女の方は妙にハイになっている様子。戦闘狂いもここまでくると、不気味である。
「でもここじゃ、死体が邪魔だし狭いよねぇ。ついて来いよ、広い場所で戦おうぜ」
シエルが右手を不規則に振ると、石積みの壁が豆腐の様に切り崩れた。外には城の中庭なのか、広い庭園が見えた。無防備に背中を見せて、外へと歩いて行くシエル。
これは考えようによってはチャンスかもしれない。
「アリエッタ、イハナと共に先へ行って下さい。シエルの相手は私とミカで引き受けます」
無表情だったアリエッタが、不安そうな顔に変わる。
「大丈夫なの?」
「ええ、ご心配なく。必ずシエルを倒します」
「そういう事では無くて…………良いわ。分かった。ミュー、シエルを殺しなさい。そして必ず無事に戻ってくる事。いいわね?」
「承知いたしました」
「頑張ってくださいっす」
アリエッタとイハナが階段を昇っていくのを見届けて、私たちも庭へと出た。




