憂鬱な殺人寸話-2
ルーンの城までは脚を使って移動した。夜中に犬車を使うのは目立ちすぎるからだ。
とは言え、四人のうち三人が身体的に特殊な面々なので、私がアリエッタを抱えて移動すれば、犬を使うよりも早く移動できたりする。
いざ近づいてみると、ルーンの城は厳重な警備が敷かれていた。深夜であるにもかかわらず、城壁の上と外とで私兵達が隙無く見回っている。
私たちは、近くの茂みに潜んで観察しながら、攻め入る機会をうかがっていた。
「先行しているミカが動き出したら、私達も正面から行くわよ」
地面に何やら書き込みながら、アリエッタが私達に言った。その様子が気になるのか、イハナもアリエッタに注意を向けているので、私は城の様子見に専念する。
「……アリエッタさんは、何をしてるんすか?」
「スライムを造るのよ。私の魔力量ではまともに戦えないから、代わりに暴れてもらうの」
アリエッタが魔石と液体を地面に描いた陣へ撒くと、陣が淡く光って弾け、地面から染み出すように液の塊が現れた。
深く毒々しい青色の塊は、正しく私が知るスライムと同じモノだった。
触り心地の良さそうな見た目に、触れたくなるのは人の心情なのか、手を伸ばしたイハナをアリエッタが止めた。
「ダメよ。指が溶けてしまうわ」
「溶けるって……えっ? 酸とかなんすか、これ?」
「いえ、塩基よ。この濃度なら人なんて容易く分解してしまえるわ」
「エンキ?」
イハナが首を傾げた。向こうの世界に居た頃に教科書で読んだような気もするが、はっきりとは思い出せない。余計な事を言って恥をかくのもアレなので黙って監視に徹しておく。
「とにかく危険な液体でできてるって事よ」
「なるほどぉ」
こんな状況だからか、解説好きなアリエッタにしては珍しく、簡単に締めくくった。やけに納得しているイハナを見ていると、説明しても無駄だろうという判断がなされている気がしないでもないが、あえて言うまい。
そうこうしていると、生体感知の反応に変化が起きた。城を警戒している私兵の反応が静かに一つ一つ消えていく。ミカが私兵を襲いだしたのだ。
「アリエッタ、ミカが動きました」
「良いわ。私達も向かいましょう」
アリエッタの号令に一同頷いて、茂みを飛び出す。
私達が正面から攻撃し、注意を引いている間にミカに敵の数を減らしてもらおうという作戦だ。シエルと衝突する前に雑兵は片付けておきたい。
私達の姿を見て構えた門兵達を、アリエッタのスライムが襲いかかった。スライムは膨張して四人の兵士を一呑みにする。呑み込まれた兵士たちは、鎧を残したまま中の体だけ溶けていき、直ぐに動かなくなった。
その隙に門を破壊し、敷地へ侵入する。敷地内に居た兵士たちは、私の魔法で一掃した。
当初の見立て通り、やはりこの城で脅威となるのはシエルだけの様だ。
そのまま私達は庭を通り抜け、場内へと突入した。
◆
ルーンの書斎で待機していたシエルが、遠くに聞こえる鬨の声に反応した。
「おっ、やっと来たか」
暇そうにソファーでくつろいでいたシエルは体を起こし、心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
書斎机に座って書き物をしていたルーンは、そんなシエルへ感心した風な視線を向けた。
「お前の言ったとおりだったな。本当に今夜仕掛けてくるとは……何もかもお見通しって訳か」
「勘だよ。五十年以上もこの仕事やってるんだ。人間の行動パターンなんて、大体わかって来る」
不遜な態度でシエルは笑うと、俊敏な動作で立ち上がった。
「今日はいつになくやる気だな」
「当然。ようやくあの女が本腰入れて戦いに来たんだ、これが浮かれずにいられるかよ」
「分からないな。あの程度の相手なら、他にいくらでも居るだろう。何がお前をそこまで惹きつける?」
「オッサンには分からないよ。私とアイツの中にだけ存在する共通点がある。あの女はアンタが言う様な、ありきたりな戦士じゃない。私を殺せるかもしれない可能性を持った、選ばれた人間なんだ」
シエルの弁に、ルーンはますます難解な表情をつくる。
「……前から疑問だったが、お前は死にたがっているのか?」
「さあね。私は別に生きる事に執着している訳じゃない。ただ、今まで私を殺せるほど強い奴が居なかったってだけだ。私はね、本気でこの力をぶつける相手がほしいんだ。本気で殺し合いたい。その先にある無意味な死、無意味な価値観を賭けて、愚かで馬鹿らしく戦い合う。そういうのが楽しいんだ。命に執着しない代わりに、命をかけなきゃ娯楽を味わえないのさ。ぶっ壊れてんだろ?」
終始不敵な笑顔を見せるシエルに、ルーンは呆れたように息を吐いた。
「人間失格だな、お前は」
「くくっ、それをアンタが言うのかよオッサン。アンタだって十分人としちゃ終わってるぜ」
ルーンの眉間に一瞬シワが寄る。
「くくくっ、まあ、別にアンタがクズでも何でも構いやしない。もらった金の分だけ仕事はするさ。アンタは鍵でもかけて、震えてな」
投げつける様に言い残して、シエルは書斎を後にした。
後に残されたルーンは、睨みつける様にシエルの出て行った扉を見つめていた。
◇
侵入者迎撃のためにシエルが階を降りると、踊り場で暗殺者の屯と遭遇した。
ミカがルーンの顰蹙を買ったために、彼らには命令すら与えられず待機状態となっている。
もっとも、頭目を失ったこの集団には行動をとる様な機動力は無い。今の彼らは組織ではなく烏合の衆でしかなかった。
「さて、アンタらの"元"リーダーが、アンタらの雇い主を殺しに来たわけだけど、どうするよ?」
シエルは相も変らぬ不敵な態度で、暗殺者たちに問う。
しかし、その場に居る誰一人答えようとする者はいなかった。因縁のある相手とは話したくないのか、それとも誰が代表して弁を取るべきか迷っているのか、その思惑はシエルにも分からない。
「戦う意思はないってか?」
二度目のシエルの問いに、一番近くに居た男がとうとう口を開いた。
「俺たちはルーンの部下じゃない。ナプテンティコの、頭の部下なんだ。頭の決定に逆らう事はできない」
「おいおい、ここに来て"俺たちは降ろさせていただきます"ってそんなのが通るわけないじゃんか。忠誠ってやつかい? よほどあのリーダーは人格者だったんだな」
やや呆れ気味に返すシエルに対し、依然男たちの表情は寡黙であった。
「俺たちは戦わない。アンタらだけでやってくれ」
「……あっそ、」
シエルは心底つまらないと言った風に呟いて、男の首をはねた。床に転がった仲間の頭部を見て、暗殺者の間に動揺が走る。
シエルは不可視の剣を、暗殺者たちに突き付けた。
「当然でしょ? アンタ達はたった今、"裏切り者に従います"ってそう言ったんだぜ? そりゃ当然排除するでしょうよ」
シエルの宣戦布告に、暗殺者たちが一斉に武器を構えた。その数は二十二人。それだけの人数を前にしても、シエルの不敵な態度は揺るがない。
「あはは、勝てると思ってんの? マジでウケるんですけど。実力が測れないでよく戦闘屋なんてできるね。いや、実力がないから陰からこそこそ攻撃するんだっけか?」
シエルの挑発が終わると同時に、暗殺者たちがシエルに向かって行った。
実力の差は歴然だった。相手の攻撃の合間を縫って、シエルは舞う様に暗殺者たちを切り裂いていく。流れる様な動きは優雅でありながら、極めて作業的な行為。それは戦う事をあえて好むシエルにしては珍しい、急いた心理の表れだった。
二分と経たず、その場に残ったのはシエルだけとなった。
床に転がる残骸を冷たく眺めながら、シエルはため息をつく。
「ちぇっ、肩慣らしにもなんないじゃん。雑魚が」
蹴りつけた死体の転がった先に、新たな人影を見つけ、シエルは顔色を変えた。満面の笑みを浮かべて、本命の刺客と対峙する。
「仲間割れかしら?」
何時ぞや戦った、死んだ目をした少女が静かに言った。そんな少女を守るようにして、待ち望んだ好敵が前に出る。
「待ってたよ」
シエルはミューに笑いかけ、剣を構えた。




