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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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憂鬱な殺人寸話-1

 私達が診療所へ戻ると、待合室でミカが待っていた。

 待合室の床には、アリエッタが準備していた魔法陣が大きく描かれていて、イハナは入るなりそれを不思議そうに見つめていた。

 そんなイハナに、アリエッタが状況の説明をする。


「これは吸血鬼になるための儀式に使う陣よ。貴女の傷を治すためにはそれしかないと思って、用意しておいたのだけれど」


「という事は、石は見つかったんすか?」


「ええ。ここに」


 アリエッタは、セレイアさんの遺灰から作った例の魔石を取り出して、イハナに差し出した。


「セレイアさんの物よ」


 小石程の魔石を慎重な手つきで受け取って、イハナは両手で包み込んだ。


「これが、姉様の……」


「……ここまで用意はしたけれど、最後の判断は貴女に任せるわ。今はまだ不完全体だから、もしかしたら治療の方法が見つかるかもしれない。けど、その石を取り込んだら最後。本当に吸血鬼化したら、戻る方法はもうないわ」


 セレイアさんを悼む様に目を閉じていたイハナは、アリエッタの忠告にしっかりとした動作で頷いた。


「やります。……きっと姉様は望まないけれど、私は私のやるべき事のために」


「分かったわ。では、陣の中央に立って。―――ミカ、頼んでいた物は?」


「ここに―――」


 ミカがアリエッタに差し出したのは、いつかセレイアさんに見せてもらった赤色魔鉱のサンプルだった。セレイアさんの生きた証であり、同時にこの町に悲劇を呼ぶ事となった因果な代物だ。

 儀式に使う魔力を、アリエッタはわざわざこの魔鉱でまかなうらしい。これがアリエッタなりの、気遣いなのだろうか。

 そんな私の心中を読みとったかのように、アリエッタは誰に説明するともなく口を開いた。


「吸血鬼の継承には、多くの魔力を消費するのよ。これから戦いに行こうっていうのに、無理な消費はできないでしょう」


 陣の中央に立つイハナの足元に赤色魔鉱を置き、アリエッタは陣の外へと跳び出た。


「ミュー、陣を発動して頂戴。術の維持は魔鉱の力で働くから、それ以上魔力は送らなくていいわ」


「承知いたしました」


 魔法陣の端に触れ、言われた通り発動させる為だけの微量な魔力を送った。床の陣が赤く輝き、部屋を不気味に照らしだす。

 中央に立つイハナが、両手に持っていたセレイアさんの魔石を飲み込んだ。同時に、彼女の身体が赤黒い血のような光に包まれる。それは光に喰われているようにも見える不穏な光景だったが、アリエッタは平然としているので、儀式は無事に進んでいるらしい。

 やがて陣の光が収まり、イハナを包んでいた光も消え失せた。

 再び姿を現したイハナに起きた変化は、目に見えて明らかだった。彼女の負っていた負傷が、早回しの様に修復を始めたのだ。

 彼女が右目に巻いていた包帯を巻き取ると、斬られる前の正常な眼球に戻っていた。ものの一分もしないうちに、イハナの身体は完全に治癒した様だった。

 吸血鬼の回復能力は何度か見ているが、完全体となった影響か、これまでより格段に回復力が上がっているのが分かる。

 緑から紅に変わった瞳を見開いて、イハナ自身も治癒した体を驚いた様子で見ていた。


「これは……予想以上っすね。それにこの感じ……姉様の記憶?」


「貴女が取り込んだ魔石は、セレイアさんそのものと言っても良い。彼女が生前得た能力と知識を、今の貴女は受け継いでいるはずよ」


 何やら呆然としているイハナに、アリエッタが教示する。正直、私としてはイハナの吸血鬼化よりも、アリエッタが死霊術の知識に詳しい事の方が驚きだ。

 この世界では禁術とされ、衰退しつつある死霊術を、彼女が学んだ理由など考えたくもないが、こうして役に立ったのだから分からないものである。


「姉様の記憶……そう、これが」


 イハナは想う様に胸に手を当て、瞼を閉じた。その表情はとても穏やかで、数日ぶりに見る彼女の笑顔だった。


「……さてと。それじゃあ、貴女の方も準備をしましょうか」


 アリエッタは私の方へ向くと、唐突にそんな事を言った。


「準備ですか?」


 はて。何の事だろう。


「ミカ、例の物は?」


「診察室に置いてある。ここでは邪魔になると思ってな」


「良いわ。それじゃあ、私達は診察室に。ミカ、イハナをお願い。―――さ、行きましょう」


 私の疑問をよそに、アリエッタは私の手を引いて診察室へと向かった。

 部屋に入ると、台の上に見覚えのない大柄の瓶が、七本並んでいるのが目に入った。中にある銀色の液体は、何かの薬品と言うより毒物のような印象を受ける。


「アリエッタ、これは?」


「魔液銀という、液体金属よ。魔力を溜め込む性質があって、魔法使いや錬金術師が魔道具を造る材料として用いるの。貴女に書き込んだ知識の中にあるはずよ」


「魔液銀……なるほど、第七拘束用の武装ですか」


 アリエッタの言う通り、この身体を使うにあたって書き込まれた戦闘知識の中に、そういった記述が存在する。

 この身体に備わった十三ある特殊武装の一つに、液体金属を使用する機構が在るのだが、オルコットの工房では液体金属が手に入らず、その完成だけ保留にされていたのだ。


「本当は王都で手に入れるつもりだったのだけど、ここで見つかってよかったわ。ミカは優秀ね」


 ようやく私を完成させられるとあって、アリエッタはいつになく上機嫌だ。この町の中から特に当ても無くこんな稀な金属を手に入れてくるのだから、確かにミカは優秀だ。


 頭部を外され、ベッドの上に安置される。アリエッタは工具を使って私の胸部を素早く解体していき、露わになった内部機構に備え付けられたタンクへ、液銀を投入していった。

 七本の瓶全てを空にして、開いた胸部を元に戻す。見ていて感心するほど、一連の作業には淀みがない。技師としての腕がまた上がった様だった。もしかするとアリエッタは、オルコットよりも良い職人になるかもしれない。


「また腕を上げましたね、アリエッタ」


「そうかな。自分じゃ良く分からないけど。そうだと嬉しいな」


 頭部が体に接続され、二分の再起動に入る。


「はいっ、終わったわ。待たせてごめんなさい……って、そうか。まだ話せないのね」


 私が動ける様になるまでの二分間、アリエッタは静かに私を見つめていた。やけに嬉しそうな、満面の笑みで。それは普段見せる様な邪悪なものではなく、もっと柔らかい笑顔だった。

 そんなものを向けられている照れくささと、動けないのでどうしようもなく生殺しに合っている感覚に、私は終始落ち着かない気分で二分間を耐えた。


 再び動けるようになり、服を着直す。私が支度を終えるのを待って、アリエッタは診察室の扉を開けた。


「お待たせしたわ。ルーンの城へ行くわよ」


 待合室で待機していた二人へ向けて、アリエッタが宣言する。


「早いな。準備はできているのか?」


 行動を急ぐアリエッタへ、ミカは冷静な態度で確認を取る。アリエッタはそれに首肯で答えた。


「ええ、一応は問題ないわ。吸血鬼化したばかりでイハナには負担をかけるけれど、人避けの結界もそろそろ効力が切れる。向こうから襲撃を受ける前に、こっちから仕掛けたい」


「そうだな。ルーン暗殺はシエルをどうするかがキモだ。あいつ一人城に籠って、シエルだけがここに来るような形になるのが、俺達には一番厄介だ」


 ミカに続き、イハナも同意の意を示す。


「私なら大丈夫っす。今度こそ、必ず!」


 場に居る全員の意向を確認し、アリエッタはいつもの笑みを浮かべた。


「良いわ。それじゃあ、行きましょうか」


 時刻は午前一時。夜はまだ始まったばかり。

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