ミカとアリエッタ
アリエッタは、ミカと契約を交わした直後に義手の製作を開始した。
セレイアさんの城から持ってきた鎧の腕部に詰め物と配線をして、動力となる魔石を埋め込み、ミカの腕に接続する。
この間、たったの三時間。私としてはもっと大掛かりな作業になると思っていたので、この程度で終わったのは意外だった。
アリエッタによると、この義手はものすごく簡易的な物らしい。いつ敵からの襲撃が来るかもわからない状況なので、即戦力になる物を造ったのだろう。確かに、私の身体を造った時は、腕一本に何日もかけていた記憶がある。
それにはミカ本人も気づいた様子で、義手の指で握ったり開いたりをくり返しながら、やや不満げな顔をした。
「……問題ない。確かに良く動く―――が、これは何だ? 有り合わせで造った感が凄いぞ。大丈夫なんだろうな、これ」
ミカの言葉からは不安が感じられる。それもそうだろう。武器を振るう腕である以上、命を預ける大事な部位だ。適当な物を使いたくない気持ちは理解できる。
そんなミカに対して、アリエッタは少し突き放すように冷ややかに言った。
「値が張るだけで、まともに動かない高級品が良いのなら他所をあたりなさい。私が約束したのは、戦闘に十分耐えうる代物だったはず。それはその条件を満たしていると思うけど?」
「……」
ミカが何かをうったえる様にこちらを見た。まあ、気持ちはわかる。アリエッタは人付き合いになると極端に態度が二分する性格だ。興味対象に無い相手に対しては、無感情で無表情という冷酷な人物になる。ミカに対する反応は、それを考えればまだ良い方なのだが、やはり関わり辛いのは変わりない。私は一度もそういう態度をとられた事が無いので何とも言えないが。
「……まあ、確かに反応は良い。即席で造ったわりに、元の腕と遜色ない感覚だ。アンタ、腕の良い技師だな」
本心なのかご機嫌取りなのか、おそらく両方であろうその言葉をアリエッタは素っ気なく返した。
「ありがとう。貴方の身体が、思っていたよりも特殊だったからうまくいったのよ」
「特殊ですか?」
私が訊き返すと、アリエッタはころりと表情を変えて、私に柔らかい表情を向けた。
「ええ。かなり特殊。オウガ族の身体は強靭だと聞いていたけれど、これはおそらくそれとも違うのでしょう。考えても見て。腕を斬り落とされたのに、止血もしていない状態で診療所まで生きて連れて来れる?」
「―――あっ!」
言われてみれば、確かに変だ。彼を担いで運ぶ間、彼の腕から血は出ていなかった。もし出ていたとしても、それは私が気づかない程に微量だという事になる。多少の切り傷ならまだしも、腕が肩から無くなるほどの損傷なのだ。医者でない私でもそれはあり得ないと分かる。
「貴方の身体は生体活動が無い、もしくはそれが他人よりひどくゆっくりみたいね。まるで生きている死体。ミューの生体感知に引っかからないわけよ」
アリエッタの指摘に、ミカは頷いた。
「そんな事も分かってしまうものなのか。いや、たぶん君が優秀なのだな。
確かに、この身体は常人のそれとは明らかに違う。五年程前か、仕事でしくじって大怪我を負った事があってな。その時に、ある魔法使いに助けられてからこうなった。医者が匙を投げた深手を、その魔法使いはあっさりと治しちまった。以来、この身体は指摘の通り死体みたいになってな。成長もしないし、傷の治りも遅い。その分、痛みに鈍くなって、出血も緩やかになった。今思えば、あの女は死霊術師の類だったのかもな」
「魔法使いは女だったのですか」
「ああ。アンタらとは対照的に真っ白な嬢ちゃんだったな。髪も肌も服も、不気味なくらい白かった。今でも俺はあれを人間だとは思ってない。でもまあ、正体はどうあれ命の恩人だしな。俺は今もこうして問題なく生きている。大切なのはそれだけだ。今回もおかげで生き延びられたしな」
「随分と前向きなことね」
どこか皮肉っぽくアリエッタは感想を呟く。ミカはそれを軽く笑って返した。
「いやいや。そっちの姉ちゃん程じゃないさ。どういう原理かは知らないが、そんな全身造り物の身体になってまで生き続ける自信はねえよ」
ミカが私の方へ、何とも言えないモノを見る様な視線を向ける。異質なモノへ向ける目と言うよりは、憐れみの方が強いか。
「……気づいていたのですか」
「列車の時から薄々な。どう考えたって、あれは人の範疇を超えた動きだったぜ。シエル・ベテチカと同じだ。あの女はアンタみたいに人形じゃないがね。それでも人間外の域に達しているというのなら同格だ。仕事柄、今までいろんな奴と会ったがアンタらみたいな規格外を他に知らない。並ぶとしてもせいぜい、王国の勇者様くらいなものだろう。宿命とか因縁とかそういうのが有るんだとしたら、シエルとアンタは間違いなくそれだ。人外が二人もこんな辺境に偶然揃うなんて事はありえ無い。アンタはあの女と戦う運命にある。そんな気が俺にはするね」
それはつまり、私がここに来なければシエルが来ることも無かったと言いたいのか。もしくはその逆か。どちらにしてもこの惨事を引き寄せた疫病神みたいで、あまり気分は良くない。そんな宿命なんて、あってたまるものか。
「……あまり楽しい話とは言えませんね、それは」
「そうだな。悪い」
険悪になりそうな雰囲気を割るように、アリエッタが手を叩いた。
「さて、話はもういいでしょう。さっそくだけど、貴方にやってもらいたい事があるの」
「ああ。この腕分はきっちり働かしてもらう」
「良いわ。じゃあ、まずはこれを集めてきて頂戴」
そう言って、アリエッタはメモ用紙をミカに手渡した。メモに書かれた文字列を見て、ミカは一瞬眉を上げた。
「……また大荷物だな。まあ、これなら鉱山周辺で手に入るだろう」
「当然。それが分かってて書いたのよ」
アリエッタの冷たい返しに、ミカは顔をしかめる。
「…………厳しいねぇ。この姉さんにする様にとは言わないが、もうちょっと打ち解けてくれても良くないか?」
「それは、貴方の働きぶりを見て判断するわ。つい昨日まで敵だった男を、何の成果も無しに信用しろって?」
威圧感漂う無表情でそんな事を言われて、ミカは苦笑いを無理やり笑顔にしたような不格好な表情を作った。
「ははっ、そりゃそうだ。でも、そう言うアンタだって、"つい昨日まで敵だった"俺を雇ったんだ。お互い様だろう」
アリエッタが不機嫌そうに鼻から息を吐いた。
「――良いわ。行ってらっしゃい。気を付けてね」
少しだけ柔らかく、アリエッタが言った。表情は相変わらずの無表情で、声と顔のミスマッチがよけいに威圧感を濃くさせる。でも、私から見ればこれは彼女なりに十分譲歩している形ではある。声に感情を乗せるってだけでも大きな進歩と言えよう。
「……んじゃあ、行ってくるわ」
ミカは複雑そうな顔を私に向けてそう言うと、部屋を出て行った。
「―――まったく。裏稼業の人間なら事務的に付き合えるかと思っていたのだけど、どうも彼は慣れ合うのが好きみたいね」
ミカが去って行った方を見ながら、珍しくアリエッタは愚痴っぽくそう言った。




