契約の話2
私達が診療所に戻ると、前に荷車が停まっていた。
生き残った街の人々は私達が戻るのを待っていたらしく、律儀にも助けられた事への礼を告げてから、犬の引く荷車に乗って街を出て行った。
昨日の惨劇の後で、これ以上町に留まるのは危険だと判断した様だ。その判断は正しいと思う。ルーンは町の掌握と口封じのために、最後の一人まで殺す気で居るだろうから。
「―――だからまあ、不思議ではあるんですよね」
私は目の前で、暗殺者の少年に包帯を巻いている医者に向けて呟いた。彼は独り診療所に残って、今もイハナと暗殺者の少年を治療している。
「何も不思議な事じゃないだろう。患者がそこに居るのなら、治療をするのが私の仕事だ。ケガ人が居る限り、私はここに残る」
何でもない事のように、この年若い医者はさらりと返答した。
ちなみに看護師は、傷ついた患者の面倒を見るために他の人達と町を出て行った。この町に残ったのは、アリエッタとイハナ、暗殺者の少年とこの医者の四人だけとなった。
「大したものだな。医者の信念という奴か? ……この状況で、尊敬する」
斬り落とされた左肩の傷口に包帯を巻かれながら、少年は感嘆を口にした。それを聞いて、医者が呆れ笑いを浮かべる。
「それをお前さんが言うのかい」
「……そうだな。すまない」
少年は険しい表情で肩をすくめた。―――いや、険しいのは普段通りの顔なのか。
ここへ担ぎ込んで初めてこの少年の素顔を見たが、その時からずっと彼の顔は曇ったままだ。彼がどんなに表情を変えようとも、その顔から影が消える事は無い。
過酷な人生経験を想像させる屈強な顔立ちからは、気の抜けない雰囲気が常に感じられる。油断すればこちらが斬られてしまいそうな、張り詰めた空気だ。
そんな少年に対しても、この医者は普段通りのどこか緊張感のない態度で接している。ある意味、私より肝が据わっているかもしれない。
「まあ、何だ。ルーンの手下だろうと、ここに来たからには患者として診てやる。後腐れの無いよう、あんたも大人しくしてくれな」
「ああ。貴方に迷惑はかけない」
「そうかい。……それじゃあ、後は二人でごゆっくり」
包帯を巻き終えて、医者はそのままカーテンで仕切られた部屋の奥へと消えて行った。
残された私と少年の間に、何とも言えない難しい空気が流れる。
「……どうして俺を助けたんだ?」
どう話を切り出そうか考えていると、少年の方から口を開いた。私が彼を診療所まで運んだ事を言っているのだろう。
私がシエルの足止めをしている間に、彼はイハナと共に城を脱出したのだが、よりによって坑道の中で気を失ってしまったらしい。失明しているイハナはどうする事も出来ず立ち往生してしまい、結果後から追って逃げてきた私が、二人を担いでここまで運ぶ事となってしまった。
「貴方がイハナを庇ったからです。私はまた間に合いませんでしたから。代わりに戦った貴方を見殺しにはできなかった。……私の気分の問題です」
「気分か……ふふっ、そうか。アンタ、いい奴なんだな」
噛み殺すように、少年は乾いた笑い声を鳴らした。よりによって"いい奴"とは、業腹だ。
「さあ、それはどうでしょう。私は貴方と同じ人種ですよ」
「……知ってる。アンタ、容赦ないもんな。殺すって決めたら、迷いがない。綺麗な顔して恐ろしいぜ」
「そう言う貴方は、随分と変わっていますね。散々殺そうとしたイハナを、どうして助けたりなんてしたのです? そんな怪我を負ってまで」
「俺は雇われの殺し屋だ。金をもらっているから殺すだけ。あの姉ちゃんに怨みはないし、ルーンに忠義があるわけでもねえ。……あの子を庇ったのは、完全にその場の勢いだった。連中のやり方が気に入らなかった。素人とプロの戦闘屋を戦わせて、殺さず嬲っていたんだぜ? あんなのは人間のする事じゃねえ。ルーンと、それからあのシエルとかいう女は質が悪すぎる。俺も悪人には違いないが、悪人なりに筋は通したい。無闇にいたぶるのは趣味じゃねえよ」
「"いい奴"と言うのなら、貴方こそそうなんじゃないかしら?」
そう言って、カーテンを除けながら入って来たのはアリエッタだ。彼女は今まで、隣の部屋でイハナの様子を見ていた。
「アリエッタ、イハナの様子は?」
「まだ寝ているわ。石を渡すのは、目覚めてからね」
アリエッタはさっきまで医師が使っていた椅子に腰掛け、少年と対峙した。
「はじめまして……という訳ではないわね。列車で貴方にさらわれた者の一人よ」
「ああ、覚えているよ。一人だけ良くない眼をしていたからな。まさか、この女の仲間だったとは……」
「私はあくまでもお嬢様にお仕えする身。お間違えの無いように」
強く念を押す。これは私のこだわりではなく、アリエッタが私より上であるという認識を持たせるために必要な事だったりする。
「雇い主という訳か……何者なんだアンタら。貴族や豪商って訳じゃないんだろうが、だからと言ってカタギじゃない雰囲気はするしな。この暗殺業は長いが、アンタらみたいなのとは初めて会うぞ」
「詮索するのが好きなのね。裏家業の方はもっと浅い関係が好きなのかと思っていたけれど」
アリエッタの感想に、少年は鼻を鳴らす。
「そういう奴も居るが、俺はえり好みする方でな。雇い主は選ぶぞ」
「選んだ結果がルーンなのかしら?」
アリエッタの指摘に、少年は可笑しそうに喉を鳴らした。
「くくっ、容赦ないな。確かに今回は見る目が無かった。一応集団を率いる立場に居たんでな。部下を養うには金を優先させるしかなかったのさ。アンデレトワの嫡子が、あんなイカれた野郎とは思わなかったよ。ありゃ、金持ちのボンボンだからってだけじゃねえ、根っからのクズだ」
「その意見には同意するわ。目的はともかく、方法がいただけない。まあ、私が言えた立場ではないのかもしれないけれど……」
「なんだそりゃ。アンタ、ひょっとして危険な人?」
「ふふっ、殺し屋さんがそんな事を言うなんて滑稽ね」
虚ろな瞳のまま、口元だけを歪めてアリエッタは笑った。目が笑ってないと言うが、これは威圧感が凄い。さすがに少年もこれには引いた様子だった。
「ふぅ、正直アンタには関わらない方が良い気配がするんだがね。そろそろ、本題に移ってもらおうか。仕事の話なんだろ?」
少年の言葉に、アリエッタは静かに頷く。
「ええ。では単刀直入に。私の手足となって働く気は無いかしら」
「手足ねぇ……殺し屋に雑用やれって?」
「ええ、そうよ。ミューは私の護衛だから、あまり離れる訳にも行かなくて。貴方くらい腕が立つと、危険な事も任せられそうなのよね」
アリエッタの提案は、私としても意外だった。単にルーンと戦うための人手集めかと思っていたが、彼女はそれ以降も彼を雇う気が有るらしい。
「……ルーンの事かと思っていたが、どうやら違うみたいだな。さっきも言った通り、俺は雇い主を選ぶぞ。せっかく一人になって身軽になったんだ。怪しい奴と組む気は無い。アンタ何者なんだ? 俺に何をさせるつもりだ?」
警戒する少年に対して、アリエッタは余裕の無表情を貫く。ポーカーフェイスというのが思っていた以上に場を制する力がある事を、私は彼女を見て深く納得した。こういう場面では、私よりもはるかに頼もしい。
アリエッタは一瞬、私に目配せした。私にも話を聞けという意図なのだろう。
「私はアリエッタ。……苗字は隠しているわけではないの。ただの庶民階級よ。そして、民主主義論者でもある。王政そのものを覆すような事を考えているわけではないけれど、少なくとも今の状況を変えたいと思っている人間ではあるわ。貴族や豪商が権力と金に物を言わせて、好き勝手やっているこの世界を正したいと思ってる。
ルーン・アンデレトワが良い例。彼は名前の力だけで、この町で起こした罪を無かった事にできる。政府機関はとっくに腐っていて、法は貴族たちの為のもの。まともに倫理が機能していないこの国では、力のない人間が食い物にされていく」
「だからアンタは、国に喧嘩を売ると? 世の理不尽に対してイラついてるのは共感できるが、生憎と革命家に付き合うつもりはないよ」
「いいえ。革命はしないわ。それをやって成功した例を私は知らないもの」
少年はここに来てはじめて、怪訝そうな表情を見せた。それはそうだろう。話せば話すほどに、アリエッタと言う少女の輪郭がぼやけていく。私ですら、彼女が何を考えているのか良く分からない。
「変えるのは私ではなく彼ら自身にやってもらうわ。私は変える側ではなく、支配する側に立とうと思っている。どうせ理不尽に食い潰されて死ぬのなら、喰う側に立つ方が利口でしょう?」
「庶民が貴族に仕返ししてやろうってか。裏社会で似たような構図を見ない事もないが、結局それも豪商共が幅を利かす世界だ。アンタはどうする?」
「そうね。なら、とりあえず豪商になりましょうか。ここには世界でも類を見ない規模の鉱山資源が眠っているようだし、都合が良い事にルーンがお膳立てをしてくれたおかげで、ここの権利は今宙に浮いている。アンデレトワ家を始末して、全部奪い取るというのはどうかしら?」
アリエッタは口元にだけ笑みを浮かべて、そんな事を口にした。それが本心ではないと信じたいが、この表情の時の彼女は実のところ冗談を口にした事は無い。冗談めかしていながら、全て口にした事は実行してきた。
少年は可笑しそうにケラケラと笑いだした。
「はははっ、アンタ澄ました顔して極悪人だな。アイルフィール家に取り入ったのもそれが狙いだったのか?」
「まさか。成り行きよ。火事場泥棒でも何でも、最後に勝てればそれでいい。勝者だけが全てを好きにできるのだから。もはやルーンを殺しただけじゃ収まらない所までこの問題は来ている。イハナを助けるついでに、私の目的にも力を貸してもらおうという事よ」
「ふうん。アンタなりに筋は通すって訳か。良いだろう。たまには変わった仕事をするのも悪くないかもしれん。ただし、気に入らないと判断したら俺は降りる。いいか?」
「ええ。思想に賛同できない者を手元に置いても、邪魔になるだけだもの。それは貴方の自由で良いわ」
「良し。なら報酬の話に移ろうか。身なりは良い様だが、庶民階級のアンタに何ができる?」
「左腕という事でどうかしら? 戦闘でも使える優秀なものを用意するわよ」
「義手か。確かに今すぐにでも要り様だが……それは必要経費だろう? 腕がなきゃ俺は何もできない」
「上手いわね。私は技師だから、腕の手入れはいつでもタダでしてあげるわ。それとは別に報酬も払う。まあ、そっちはとりあえず鉱山を手に入れてからだけど、仕事に不可欠な義手を手に入れられるのだから、ルーンを始末するまで働くくらいの価値はあると思うけど?」
アリエッタの提案を今度こそ受け入れた様で、少年は不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「良し。それで手を打とう。アンタは今日からご主人サマだ。俺の名はミカ。角は折れてるが、一応オウガ族だ」
「よろしくミカ。貴方の働きに期待しているわ」
相変わらず無表情なまま、声だけは友好的にそう言って、アリエッタはミカと握手を交わした。




