契約の話1
翌日、私はアリエッタと共に古城を訪れた。アリエッタは、イハナが目覚める前に準備しておきたい事があるそうだ。
場内は二日前の惨状を保ったままだった。あれから一度も人が訪れた形跡はない。セレイアさんを殺した今、ルーンもこの城に用は無いのだろう。
戦いのあった食堂には、首を落とされた市民の死体と、セレイアさんの遺灰がそのままの状態で残っていた。
アリエッタは、セレイアさんの遺灰を囲むように石灰岩で床に円を描きはじめる。
「アリエッタ、それは?」
円の事を訪ねると、アリエッタは地面に幾何学模様を描き足す作業をしながら答えてくれた。相変わらず器用だ。
「セレイアさんの遺灰を本来の形に戻すのよ。昨日、吸血鬼の能力を受け継ぐには血と石が必要と言ったでしょう。この陣は灰を石に修復する式なの。家から死霊術関連の書籍を持ってきておいて良かったわ。それでも見様見真似だから、成功するかちょっと不安なんだけどね」
「石というと、魔石でしょうか? 私には良く分かりません」
「ええ、魔石と言う認識で合ってるわ。魔獣と呼ばれる生物は、体の一部に魔法を使うためだけに特化した器官が存在する。角だとか脳髄だとか種によって様々だけど、生きる上で不可欠なものよ。それが吸血鬼にとっては石だと言われているわ。つまり、吸血鬼は言ってしまえば人間が魔獣になってしまう呪いなのね」
「人が魔獣に……つまりイハナは今その"必要不可欠"な要素が抜けている状態なのですね。その遺灰から石を作り出せれば、イハナは完全な吸血鬼になると?」
昨日イハナが暴走した原因を、アリエッタは"石"が無いせいだと言っていたのを思い出す。
アリエッタは背を向けたまま頷いた。
「そうよ。血は遺伝情報を、石は精神情報を刻んだ記憶媒体。魔獣の能力の主な部分は魔法的な要素、つまり精神情報に刻まれた力に頼り切ってるわけ。今のイハナさんが吸血鬼として不十分なのはそのせい。欠けた部分が大き過ぎるから、本来の力を引き出せない。彼女は確かに重症だけれど、あの程度の傷なら吸血鬼であれば一晩で再生できるはず。セレイアさんの遺灰から魔石を造ってイハナさんに埋め込めば、きっと彼女の眼も治せるはずよ」
「それでここに来たのですか。それにしても、灰から魔石なんて造れるのですか?」
「できる―――というより、この状態が普通じゃないの。言ったでしょう、灰を本来の形に戻すって。
吸血鬼はね、力を他人へ譲渡するとき自身の核である魔石を譲渡するの。人間はあくまでも人間だから、いきなりぽっと、身体の中に石が生える訳じゃない。核となる魔石は遺伝子の様に代々受け継がれてきたものなのよ。当然、生存に必要な石を失った吸血鬼は死ぬ。死んだ亡骸はこうして灰になるけれど、セレイアさんの場合は石ごと灰にされてしまっているみたい。これができるのは徳の高い司祭様くらいなものね。あの殺し屋、どういう訳か神秘並みの法力が使えるみたい」
「法力ねえ……」
あの殺し屋が聖職者だとはとても思えない。あれは死神とかそっち系だろう。私よりもはるかに強く、殺しに貪欲な人種だ。自らを『召喚狩り』なんて名乗るくらいだし。
召喚狩り。召喚を狩る。妙に引っかかるその単語に、私は何とも言えない気持ち悪さを感じている。
召喚と言う単語を聞いたのは、一か月以上前。この世界へ来たばかりの私に、アリエッタの父オルコットが、私をその様に呼んだのだ。私は異界から召喚された存在だと。
あのシエルという女は私と戦うために居るのではないかという、そんな気配を、その通り名から感じ取ってしまったという訳だ。
「考え過ぎだよね……」
「どうしたの?」
私の独り言に、アリエッタが反応して心配そうな顔を向けてきた。
「いえ、何でもありませんよ」
「そう。なら良いわ。―――準備できたわよ」
地面に目を落とすと、いつの間にか灰の周囲に複雑な魔法陣が描かれていた。何も見ずにこれを描いてしまえるアリエッタの記憶力に、舌を巻く。
「ミュー、第二拘束の解除を。私に魔力を頂戴」
「承知いたしました」
アリエッタに命じられ、私は彼女の背中に手を添えた。第二拘束は、私の中で生成した魔力を他人に譲渡する機能を封じているものだ。今のアリエッタは自力で魔法を使うのが困難なので、私がこうして補助をしてあげるしかない。
私が魔力を送り始めると同時に、アリエッタは魔法陣を発動させた。床に描かれた陣の線画が赤く光り始め、遺灰を不気味に照らし出す。すると、灰の一部が同じ様に赤く輝き始め、宙で収束して小石程度の宝石に変化した。血の様に赤黒い宝石だ。
魔法を解除すると同時に灰の上に落ちた宝石を拾い上げ、アリエッタは私に見せた。
「これが吸血鬼の核よ。魔術書には血石なんて書かれていたっけ」
「血石。確かに血みたいな色ですね。良かった、修復は成功しましたね」
「ええ。これでイハナさんを治してあげられるわ。―――あら?」
笑顔を浮かべたアリエッタは、何かに気づいた様子ですぐに視線を私の背後へと移した。
振り返った先に、この世界の様式の甲冑が一式飾ってあった。壁際に立たされているそれは本当に装飾なのだろう、使われた形跡のない綺麗な状態だった。
「……ミュー、貴女が先日狩った魔獣の素材は、まだこの城に有るのよね?」
アリエッタにの問いに私は頷く。先日狩った魔獣とは、イハナと共に森で戦ったアンダ・マリスの事だろう。あれなら即日解体されたが、肉以外は倉庫に保管されていると聞いている。
「ええ、城外の倉庫にまとめて保管されていると聞いています」
「そう。なら、後でそれを回収してきて頂戴」
そう言いながら、アリエッタは甲冑の左腕部分を取り外して肩に担いだ。鎧の腕など、何に使うのだろうか。
「そんな物を持って帰るのですか?」
「ええ。これで義手を造るのよ。木を削る材料も時間もないから、これで代用する。魔獣の素材もそれに使うから」
「義手、ですか。いったいどうして?」
「あら、腕を必要としている人が居るじゃない。貴女が連れ帰って来たあの暗殺者。あれだけの実力が有るのなら、こちら側に引き込むのも手じゃないかしら?」
「……義手で取引をすると? あまり、良い考えとは思えませんが。彼は―――」
私の言葉をアリエッタは遮る。
「敵だった。―――でも今は違うみたいじゃない。貴女の報告を聞く限り、あの男はイハナさんを守っていたのでしょう? しかも腕を犠牲にしてまで。それなら、彼はルーンと決別したと考えても良いんじゃないかしら。アンデレトワの連中を殺すのは貴女一人でもできるでしょうけど、あの殺し屋を相手にするには人手が居るわ。頼りになる戦力がね」
アリエッタの意見は一理ある。私一人でシエルを仕留められるだけの自信は確かに無い。
「まあ、交渉するだけなら。ですが、貴女に危険が迫れば、私は彼を直ぐにでも始末します。それでいいですね?」
「ええ、それで構わないわ」
アリエッタはうっすらと笑みを浮かべる。あの暗殺者がこちらに寝返るという確信があるみたいな態度だった。




