怨嗟と報いの話
第三坑道を目指して、イハナは疾走していた。
確証はなかったが、向かうだけの根拠は持っていた。
地形をよく把握している地元民のイハナには、第三坑道がどこの真下に位置するかなんて事はすぐに分かる。そして事あるごとにそこから魔獣が現れる事を合わせて考えれば、簡単な予測が成り立つ。
「見つけた……」
第三坑道の一部には最近できた不自然な落盤の跡があった。元々土質が掘るのに適さない事から後回しにされていた坑道なので、それ自体は珍しくはない。
問題はその上。イハナが見上げる天井には、何者かが掘ったとしか思えない様な穴が上へと続いていた。穴の側面には縄梯子が垂れ下がっている。
イハナは跳躍して縄梯子を掴むと、上を目指して登り始めた。吸血鬼になった影響か、人の頃よりも運動能力が上がっている。
目指すのは敵の居城。目的は報復と清算。
果ての見えない暗闇を登りながら、イハナは自己を嘲笑った。なんて愚かなのだろうと。
昨夜ミューに対してとった態度を、今はただ恥じている。
報復は罪だと、倫理から逸脱した行為だとそう言った。それが正しいと信じて生きて来たから、そういうものだと教えられたから、ミューを責めた。
だが、これはどうだろうか。いざ自分の身に災難が降りかかれば、あっさりと手の平を返して、散々否定してきた事を自らの手でやろうとしている。
自分のしようとしている事は、間違いなく間違っている。自分が信じて来たルールや在り方は絶対に正しい。だけどそれだけじゃ、絶対に済まない事がある。解決しない問題がある。
イハナはこの一晩で、その事を深く思い知った。
ミューがそれを理解していたから、ああいう姿勢をとっているのだという事も今なら理解ができた。
何かを守るために、倫理から外れた者で居ようとしていた事も。
正しい事を成すために、間違った者であろうとしていた事も。
それはどれだけ辛くて、勇気のある事だろう。
正義で片付けられない事を、悪辣をもって敷く。それはどうあっても、救いようのない道。
事情を知らず常識の中で生きている者たちから見れば、彼女は極悪人だ。だから昨夜のイハナも、彼女の報復を責めてしまった。何も知らずに、綺麗事でミューを傷つけてしまったのだと。
本当に、愚かだった。あの人は私や姉様のために、汚れ役になってくれたのに。イハナは自分に対する怒りに、唇を噛む。
ミューと同じ信念は持てないだろう。だが、愚かだった自分へのけじめと、自分が起こしてしまった惨劇への贖罪として、同じ在り方を持ってルーンと対峙する。イハナが決心した覚悟とは、そういうものだった。
数分梯子を登り続けて、ようやく上にたどり着いた。依然として視界は暗いものの、イハナには吸血鬼の特性の一つである暗視の眼が備わっている。
そこは地下室だった。この飾り気のない石造りの部屋を、イハナは良く知っている。自身が吸血鬼に変えられた場所と全く同じ造りだったからだ。
ここはルーンの居城。この地下室を通じて、坑道と繋がっていたのだ。
「そりゃ、いきなり魔獣も現れるっすよね……」
うんざりしながら呟いて、イハナは地下室を出た。
ルーンが私兵を多く雇っている事を認知していたイハナは、実際城の中を歩いてみて拍子抜けした。襲撃されるなどとは微塵も思っていないのか、城内には警備が全く居なかった。
正面からの強行突破を踏みとどまり、あえて遠回りをしたイハナにとってみれば、してやったりといった感想だった。
吸血鬼化によって発達した聴覚を頼りに、イハナは人を避けながら移動し、ルーンの居る部屋を見つけ出した。
中に人の気配が一人しかない事を確認して、イハナは踏み込む。
椅子にふんぞり返って、ルーンはイハナを出迎えた。
唐突に表れた侵入者に対する驚きは、ルーンの表情からは感じられない。他人を小馬鹿にしたような笑みを、いやらしく浮かべている。
だがそんな事は、イハナにとってはどうでもいい事だった。彼が無防備にも一人である事、その方が重要だ。
イハナは後ろ手に扉を閉めた。ルーンを部屋に閉じ込める様に。
「……お前を、殺しに来たっす」
イハナの宣言に、ルーンは吹き出した。滑稽とばかりに笑うルーンの声が、部屋に響いた。
「あはははは、これは傑作だ。―――はぁ、お前みたいに単純な女は嫌いじゃないぜ。まさかここまで予想通りになるとはな。なぁ、シエル?」
ルーンが虚空へ言葉を投げかけると、部屋の隅からシエルが現れた。
「言った通りしょ? あの女は、そこの女の子は絶対に殺さないと思っていたよ。―――まあ、一人で殴り込みに来たのは予想外つうか裏切られた感じだけどさ」
シエルは興味も無さそうに、冷めた視線をイハナに向けた。
イハナの表情に戸惑いの色が浮かぶ。
この場に来るまでに誰にも見つからなかったのは、イハナの感覚が異常なまでに優れていたからである。死角や離れた場所に誰が居ようと、吸血鬼化したイハナには感じ取る事ができるのだ。
イハナもその力に自信を持って、ルーンが一人だと判断した。それが覆されてしまうとは思ってもみなかったのだ。
イハナに落ち度があったとするならばただ一つ。彼女が自らの能力を過信しすぎた事だろう。
あくまでも聴覚や触覚に頼る索敵である以上、万能とはいかない。イハナが感じ取れるのはあくまでも"意識して潜もうとしていない相手"に限られるのだ。
息を潜ませて闇に溶け込む相手を、五感だけで感じ取るのは難しい。イハナが優れた五感を持つのと同様に、シエルや暗殺者たちもまた、潜むことに関しては特に優れている。シエルの事をイハナが感知できなかったのは、ただそれだけの理由だった。
イハナにとって、シエルはこの状況で最も出会いたくない相手だ。戦闘屋として優れたシエルと、素人のイハナでは勝負にならないのは、昨夜の一件で身をもって理解している。
そうと分かっていながら退けないこの状況に、イハナは焦りを感じていた。ここへ来た時点で、すでに死ぬ覚悟はできている。だが、あくまでもそれはルーンへの復讐をとげてからの話だ。無駄に命を散らそうとは、イハナも考えてはいない。
どうする事も出来ずに立ち尽くすイハナへ、天井から人影が飛びかかった。人影はイハナを押し倒して床に押さえつける。
人影は暗殺組織のリーダーだった。列車ではイハナを誘拐し、城ではセレイアを暗殺しようとした少年だ。
「―――っ! くそっ、放せっ!」
振り払おうとイハナは暴れるが、少年は一切動じない。点で効果的にイハナの身体を押さえつけて、起き上がれないようにしていた。
地を舐めるイハナの元に、ルーンが歩み寄り、その頭部を踏みつけた。加虐趣味のルーンは、悦に入った表情で嗤う。
「はははっ、惨めなもんだな。姉を殺され、化け物にされて、挙句この様だ。俺を殺すって言ったか? ははっ、やれるもんならやってみろ!」
ルーンの嘲笑が響く。
床を舐めさせられながら、イハナは怒りに打ち震える。
どうしてこんな事ができるのか。
どうして人を傷つけて笑う事ができるのか。
どうしてこんな男が、存在するのか。
この男が憎い。殺してしまいたいほどに。
こいつがこの世に存在している事が許せない。
「ころし、て、やる―――っ!」
押さえつけられながら、呼吸すら難しい状況で、呪詛の言葉を吐き出す。
ルーンは、そんなイハナを嘲笑う。
ふと、ルーンは床に転がったナイフを見つけた。それはイハナがルーンを刺すつもりで用意したものだった。
ルーンはイハナから足を離し、ナイフを拾い上げる。
「ふうん。これで俺を殺そうとしたってわけだ。―――そうだな、いい事を思い付いた」
ルーンは拾い上げたナイフを鞘から抜き、イハナの目の前に転がした。すぐさま、イハナはナイフを掴み取る。
「ミカ、開放してやれ」
ルーンは自分のデスクに戻ると、イハナを押さえつけている少年に命じた。
「…………はい」
その命令を不可解に感じながら、ミカと呼ばれた暗殺者はイハナから離れる。
「―――っ!」
「おっと、行かせないよ」
解放されたイハナはすぐさま立ち上がりルーンへ駆けようとしたが、行く手をシエルに阻まれた。
睨み合うイハナとシエルを眺めながら、ルーンは余裕を持って二人に命じた。
「イハナ、シエルと戦え。その女にもし勝てたのなら、お前をここから生きて返してやろう」
「あっ? ねぇ、ふざけてんの? この子相手じゃ勝負にもならないんだけど」
呆れ交じりにシエルは言う。その言葉通り、二人が戦えば間違いなく一方的な蹂躙で片が付いてしまうだろう。
ルーンの提案は実質、シエルにイハナの抹殺を命じているだけの事。
それを分かっているから、イハナは条件を変えさせた。
「解放は望まない。私が勝てたら、アンタは自害するっすよ、ルーン」
ルーンは一瞬目を見開き、そして再び高らかに笑った。
「―――はははは、本当に今日は面白い日だ。やれやれ、道化として雇い入れるべきだったかな。いいだろう。その条件でやってやろう。万が一にもお前が勝てたのなら、そのナイフで死んでやるよ」
「…………」
イハナはシエルを見据え、構えた。
嫌になるほど分かっている。どうあっても、自分ではシエルには勝てないと。
それでももう、退く事は出来ない。何もかもが詰んでしまった。
ここで戦う事を選んだところで、そんなものに誇りも何もない。ただイハナ・アイルフィールが愚かだったという事実が残るだけ。
だからと言って噛みつく事を止めてしまったら、本当に負け犬で終わってしまう。
でもやっぱり、怖いな。
イハナは内心で呟いて、ナイフを持つ手に力を籠める。
そして―――
「はああああああ!」
掛け声とともに、シエルへと向かって行く。
シエルは見えざる剣で、イハナの斬撃をいなす。
実力は圧倒的。
イハナに勝機は無く、これはもはや戦いですらない。
斬られて、斬られて、斬られて、斬られる。
一方的。イハナの刃は、一度も届かない。
全身から血を流し、鋭い痛みが意識を飛ばす。
傷からは煙が吹き上がり、それが吸血鬼を殺す聖水の効果である事もイハナには分かっている。
それでもイハナは、ナイフを振るう。避けられない死を目前にしても、噛みつく事を止めない。
イハナを突き動かすものは怒り。死の恐怖すら霞むほどの怨讐。
姉の仇。自分の尊厳を奪った仇。ルーン・アンデレトワへの憎悪。
情熱的な怒りによって、イハナは暴れる凶器となる。
―――それでも届かない。
何振り目かもわからない斬撃を受け、イハナはよろめいた。
血を流し過ぎたのか、視界が利かなくなり始めていた。
「はぁ……最高だよ。アンタの魂は熱い。その怒りは奪うのに忍びない!」
心からの称賛を、シエルはイハナに送った。
尊いモノを奪う事、それこそがシエルの悦び。興奮に口元を歪めて、シエルは横一閃にイハナの眼球を切り裂いた。
「あああああああああああああ―――!」
強烈な痛みと、視界を奪われた絶望に、イハナは慟哭する。
「くそっ! くそっ! くそぉっ!」
振り回すナイフは宙を斬る。決して届くことの無い、イハナの怒り。
喪失感と、無力から来る絶望によって、イハナは膝をついた。
とうとう、彼女の信念は折れてしまった。
イハナが聞いたのは、可笑しく嗤うルーンの声。
もはや、それに対する怒りすら失われて―――イハナは自分の最期を待つ。
シエルが止めの一撃を振り下ろす。
「もう、我慢ならねぇ」
部屋に響く、甲高い金属音。
イハナとシエルの間に割り込み、ミカが剣を弾き返したのだ。
「なっ―――! てめえ、どういうつもりだ?」
ルーンが身を乗り出し、ミカを問い質す。対照的に、シエルはこの状況を楽しむ様に笑っていた。
「雇い主に噛みつくのは、暗殺者としちゃ三流だがね。この状況を見逃したら、人として三流だ。―――いや、ここまで静観していた時点でダメだな俺は……」
うんざりした様子で、ミカはルーンを責める。
「お前、裏切るのか? それがナプテンティコの総意か?」
ルーンは念を押すように、ミカに問う。返答次第では、ミカが率いる二十人の暗殺者全員の始末を、ルーンはシエルに命じるだろう。
ルーンの脅しに、ミカは不敵に笑って返した。
「勘違いすんなよオッサン。俺は俺だけの意思でナプテンティコを抜けるんだ。もう組織は関係ない。アンタみたいな雇い主に使われるくらいなら、フリーでやっていく」
「そうかよ……シエル―――殺せ」
倒れる様に椅子に座り直すと、ルーンはシエルに命じた。
ルーンの言葉が終わるよりも早く、シエルは動き出していた。
常軌を逸した速度で、二人の剣がぶつかり合う。剣一つを頼りに生きて来た者たちの、全力の真剣勝負。
ミカとシエルが討ち合うのはこれで二度目。予想もしていなかった再戦に、シエルは哂い、ミカは呆れていた。
一度目の闘いで、ミカは完全にシエルの剣筋を見切っていた。通常の闘いであれば、ミカに分があったかもしれない。
だが、シエルには絶対的に有利な点がある。彼女の得物が視覚で認識できないという事だ。それがどんな形状でどれほどの長さなのか、これを隠される事ほど相手にとって戦い辛い事もない。
しかもシエルの得物は、その長さ形状を自在に変える事ができる。近くに居れば早く振れる武器を、離れていれば長い武器を作ればいい。まさに無敵。戦う相手にとって理不尽意外の何物でもない。
「厄介な術を使いやがってっ!」
均衡していた力関係が、徐々にシエルの優勢に傾き始める。
討ち合いの中でミカの戦い方を観察し、シエルはそれに的確に対応できる武器を作っていた。
シエルには特異な能力を活かせるだけのセンスが備わっている。そしてそれを使いこなせる技量も。単に能力に頼りきっただけの戦い方ではない。極限まで鍛えられた実力があるからこその有利。
ミカがシエルの剣筋を見切ったのは間違いない。だが、それはあくまでもその時使った武器の剣筋でしかない。
時と場合によってその状況に合った最適な武器を生成し、そしてそれを正確に扱う事の出来る彼女の戦い方に決まった型などない。武器の数だけ最適な扱い方があり、彼女は武器を無限に生成できるからだ。
幾度となく打ち交わされた互いの剣。その中で起きた、ただ一度のミス。
ミカの剣が何も捕らえられずに宙を斬った。防げなかった剣の軌道は、ミカの左腕を捉える。
「―――ぐっ!」
ミカの苦悶の声と同時に、巻き上がる紅い飛沫。
持ち主を失った左腕は、掴んだ剣ごと床に落下した。
利き腕を失い、一気に不利な状況に追い込まれたミカは唇をかむ。
油断はなかった。気を緩める余裕など微塵もないほどに、この戦いは激しかった。
ミカがシエルの攻撃の軌道を見誤ったのは、長い討ち合いの末にようやく開いた"実力の差"だった。
「ここまでもった相手は少ない。アンタは本当に、本当にいい剣士だった」
シエルにしては珍しく真摯な言葉だった。死合った相手へ心からの称賛を述べて、シエルは剣を振るう。
「―――おいおい。"だった"なんて、過去形で語るのはまだ早いぜ?」
なおも不敵な態度を崩さずに、ミカは残った右手で刃を投げた。投てき用の小型ナイフだ。
近距離で放った三本のナイフを避ける事は不可能。シエルの振るった腕は当然、ナイフを弾くために向きを変える。
その一瞬の隙に、ミカは床を転がって自分の得物を拾い上げた。
二人の視線が再びぶつかり合う。
シエルは本気の殺し合いがまだ続くという事実に悦ぶ。彼女を満足させる相手の出現など、そうある事ではない。
対するミカは対照的に、事態が進行していく焦りに内心穏やかではない。経験豊富な戦闘屋であるからこそ、ミカはシエルとこれ以上戦っても勝てない事が分かってしまう。
それでも相手が動くのなら、剣を振るうのは剣士の宿命か。
「―――そこまでです」
互いの剣が再び交わされようとしたその時、唐突に部屋の扉が開いた。
シエルとミカ、両者の意識は現れた第三者に向けられる。
そこに居たのはミューだった。皮肉にも、両者が宿敵と定めた女が、二人の戦いを止めたのだ。
「なっ! てめえはあの城に居た!」
ルーン一人だけが驚きに声を荒げる。
「ミュー、さん?」
耳を頼りに状況を把握するイハナは、現れた第三者の正体に安堵した。
「…………」
部屋を見た第一印象とそれぞれの立ち位置から、ミューは瞬時に状況を把握する。
強化と硬化の魔法を自身にかけ、ミューはシエルに殴りかかった。
「私が彼女を止めます。貴方はイハナを連れて、早く!」
「解った」
ミューの指示に従い、ミカはイハナに肩を貸して逃げ出す。
「くそっ! シエルっ! 早くその女を始末しろ。あいつ等が逃げる!」
苛立ちを露わにしながら、ルーンはシエルに言い放つ。
それをシエルは、呆れ交じりに笑って返す。彼女の意識は、ミューの放つ拳を防ぐことにすべて注がれている。
いかにシエルが無双を誇る剣士でも、人間離れした速度にまで加速した拳を振るうような相手に、手を抜く事は出来ない。
「ちょっと難しいかな。この女は、簡単に終わらせてくれないよ―――追うならアンタがやってくれ」
「いいえ。その必要はありません―――私も長居はしませんから」
シエルの言葉を拾ったのはミューだった。
「はぁっ!」
ミューの放った全力の一撃に、シエルの身体が浮いた。
シエルの得物が魔力でできた紛い物で無かったのなら、本物の鋼だったのなら、ミューの拳を受け止めた時点で剣は砕け、拳はシエルの胴にまで達していた事だろう。
当然、防いだのなら防いだなりの反動がともなう。殺された拳の威力は不可視の剣を伝わり、シエルの腕を流れてくる。
「うぐっ!」
両腕にかかる負荷に、シエルが怯んだ。
その隙を見逃さず、ミューは跳躍して距離を開ける。それから着地すると同時に、魔法で煙幕を張った。
煙が部屋を覆い、シエルの視界を妨げる。
生体感知という反則技を持つミューに、視覚情報の有無はそれほど大した問題ではない。
ミューは宣言通り、音もなくその場から離脱した。
「くそっ、これじゃ何も見えねえ!」
ルーンが手探りでバルコニーへの扉を開いた。外の空気が流れ込み、煙が一気に流されていく。
視界が開けた後に部屋に残っていたのは、シエルとルーンの二人だけだった。
「あいつ等―――ははっ、やってくれるぜ!」
ルーンは怒りに任せてデスクを殴った。部屋に響く打撃音は二人の沈黙をより濃くし、気まずい空気が流れていく。
その圧力に負けて、ルーンはシエルに強く命じた。
「シエルっ! あの女を殺せ。イハナも、ミカも、誰一人この町から生きて出すな!」
「―――ああ、言われなくてもそのつもりだし」
感情的なルーンに対して、シエルの返答はひどく冷たい。
それは彼女なりの怒りの表れ。散々待ち望んだ戦いにおあずけを食らった苛立ちを、彼女は歯噛みする。
同時に、今の闘いでミューの本気を垣間見た事で、武者震いをするほどに興奮もしていた。
「嗚呼、たのしみだなぁ―――」
うっとりと笑って、シエルは立ち尽くす。
まもなく訪れる、自分の破滅をかけた殺し合いに夢想しながら。




