吸血鬼の惨劇5
たった数分の間に、町は死の蔓延する地獄と化した。
道には死体が散乱し、イハナから感染したであろうゾンビが人を襲い、魔獣が人を砕き殺す。
町の人間を排除するだけなら、もっと効率的で簡単な方法などいくらでもあるだろう。だが、この状況を見る限り、ルーンは最も醜悪で残虐な手段をあえて取った様に思える。
この発想は、私には無い。殺す手段に意味を求めるなんて、穢れ切っている。
この状況を楽しむ様な男を、生かしておけるはずもない。
今まさに住民を殴り殺そうとする魔獣の肩に飛び乗り、魔獣の頭部をへし折った。巨体が人を押しつぶさないように注意しながら、魔獣の死体を倒す。
「ここに居てはダメです。反対側のルートへ!」
助けた住民に避難を促す。
「す、すまない。ありがとう――」
住民たちが私に礼を言って駆け出した刹那、別方向から飛び込んできた魔獣によって、住民たちは轢き殺された。
魔獣は亡骸を踏みつけて立ち上がると、私に向かって威嚇するように吼えた。
「っ! くそっ! ……この野郎!」
魔獣に飛びかかり、その顔を掴んで電撃魔法を流しながら、地面に叩きつけた。
間髪入れず、ゾンビたちが襲ってきた。
濁った眼で、餓えた獣のように迫ってくる姿は醜悪の一言に尽きる。
全員、この町の住民だ。中に、さっき病院で話した人間も一人二人混ざっている。
「…………お許しを」
イハナの不死性を目にしたばかりなので、火炎魔法でゾンビを焼いた。消滅させるほどの高火力は出せないが、火だるまにするくらいなら容易い。
幸い、ゾンビの方に再生能力はないようで、彼らは火に負けてあっさり動かなくなった。
「……………………」
気分が悪い。
今更魔性に変わってしまった者を屠る事に何も思いはしないが、住民を守るために結果としてルーンに加担しているのが嫌になる。
「あぁ、最悪だ……」
苛立ちは闘争心に直結するのか。
私は殺す。魔獣を、動く屍を。
燃やして、焼いて、叩き潰す。
それでもまだ、敵は止まない。
このままじゃ、結果的に私が街を全滅に追い込みかねない。
「………………いや、もう手遅れか」
生体感知をかけても、周囲に生物の反応はない。
魔獣は全て始末した。目の前に居るのは、不気味にうごめく数十体の死体だけだ。
「くそっ……」
私は無力だ。力があっても無くても、結局こうなってしまう。
物語に語られる英雄、正義の味方なら、こんな状況になる前に全てを解決できるはずなんだ。
私が戦ったところで、もう目の前に居る何十人という人々は助からない。
イハナ一人を守れなかった無力さが、廻りめぐってこの結果を作り出した。
全部、私の無力が悪い。全て私が悪い。
私にできるのはいつも、後始末だ。
奪われた後に、奪い返す事しかできないなんて……なんて無様。
「ごめんなさい、セレイアさん。
――――――――第一拘束解放」
稼働に必要な魔力の供給を全て、魔法発動の出力に回す。使う魔力量が多いほど、魔法の効果や威力は上がる。持てる全ての魔力を攻撃に使うのが、第一拘束が押さえている機能だ。
「リブ・フライア……」
唱えるのは、火球を生む魔法。
普段はバスケットボール大にしかならないそれは、解放した機能のおかげで数百倍の大きさにまで膨れ上がっている。
これだけの熱量があれば、苦しませる事なくこの場全てのゾンビを始末できるだろう。
火球を飛ばす。
目の前の景色が、燈色一色に塗り替えられる。
爆風と熱を、かろうじて残っていた魔力で防御魔法を作り、受け止めた。
火が消え去った後に残ったのは、焦土と、燻る家屋の残骸だけ。
体を動かすための魔力、いわば体力を失った私はその場にひっくり返った。
シュルシュルと胸の奥で音が鳴り、炉の動きが通常運転に切り替わる。再起動に要する時間は二分。
雲一つない青い空を仰いだところで、何かを感じる事は無い。あれだけの殺戮をしても、私に罪悪感は無い。あるとするなら、非力な自分を呪う苛立ちだけ。
『冷たいな、私は……』
呟いた言葉は、発せられる事のない無駄な行為。
どれだけルーンの様な男を憎んでも、やはり自分も同じようなモノには違いない。今更、それを正す事も許されない。
なら、私が誰かを助けようなんて思うこと自体、間違いなんだろうか。
正しさと、悪辣な思想は共存できるのか。それはアリエッタにではなく、自分自身に向けるべき疑問だったのかもしれない。
私は結局、アリエッタを通して自分の在り方を説いているだけ。だから、アリエッタの悪を肯定できないでいる。だってそれは、私自身が同じく持っているものなのだから。
自分の悪を肯定できないから、同類であるアリエッタに純潔である事を求めている。
それが、私の非力の原因。
善悪に執着している時点で、私は未だに自分を受け入れる事が出来ていない。だから迷いが生まれてしまうのか。だから、弱いのか。
――そんなに私はまだ、自分が可愛いのか。
誰かの足音が、耳元で鳴った。
後ろ向きな自問を中断する。そこに居たのは、イハナだったから。
イハナの服は血だらけだったが、破れ目から覗く白い肌には傷一つなかった。その瞳には生気が戻り、さっきまでの獣じみた荒々しさはなくなっている。
イハナは怯える様な表情で、私に問う。
「これを、私が…………やったんすか?」
「いいえ……貴女のせいではありませんよ」
声が出た。体の再起動が終わったらしい。
私は体を起こして、イハナの前に立った。
「嘘。魔獣にやられた死体だけじゃない。首に歯型が在るのは、吸血鬼に咬まれた証拠っす。呪いの分配……姉様から聞いていた通りっす。力を制御できない不完全な吸血鬼に咬まれると、更に劣化した形で呪いを受け継いで、死体が人を襲う怪物になるって…………」
手を胸の前で合わせて小さくなりながら、嘆くようにイハナは言葉を吐いた。
「吸血鬼? まさか、貴女は……」
イハナの表情がより深く曇る。何かに耐えるように強く、歯を食いしばっている。
まさか、そういう事なのか? イハナが狂暴化したのは吸血鬼になったから?
イハナは聞き取るのもやっとという様な声で、自身の身に起きた事を話し始めた。
「…………ルーンに、姉様の血を投与されたんすよ。血は、吸血鬼になるのに必要な要素の一つ……でもそれだけじゃ不完全。だから私は、理性を失って……ミューさん、私はいったいどれだけの人を殺してしまったんですか?」
「それを聞いて、どうするつもりです?」
そんな事を訊いて、何になる。辛くなるだけじゃないか。
私の気遣いに反して、イハナは弱弱しくもはっきりと答えて見せた。
「自分のした事の罪は、受け入れるっす。……受け入れます。償う方法は分からないですけど……」
「…………貴女が噛んだのは、一人だけです。その後は、私が止めましたから。」
その一人がまた別の被害者を生んで増殖し続けた結果、この町の人口の大半を死滅させるに至ったわけだが、それは言うまい。
そんな事は、イハナ自身が一番よく理解しているはずだ。あえて私にそんな事を訊いたのは、ただ、不安だからなんだろう。その気持ちは良く分かる。だから私も、なるべく責めない様な回答を選んだつもりだった。
「……そう、ですか」
吸血鬼だからというだけでなく、本当に顔色の悪いイハナは、両手で顔を覆って泣き出してしまった。
静まり返った惨状痕のただ中に、泣きむせぶ少女と二人きり。こんなに居心地の悪い状況もないだろう。
それに私は、ここでイハナに声をかけてあげられるほど器用じゃない。それがまた罪悪感を生んで、気分が悪かった。
はぁ、どうしてこんな目にばかり遭うのだろう。アリエッタの時も、今のこの状況も。いつもそうだ。ただ幸せに平和に、そんな当たり障りのない当たり前のことを望んでいただけの人達が、どうして苦しまなければいけないんだろう。
これじゃあ、本当に私が疫病神みたいじゃないか。不幸を呼び込む、厄介者。
「――――――何が、起きたの?」
不意に声がして振り向くと、そこにアリエッタが居た。
「アリエッタ……」
「爆発音がしたから、慌てて出てきたのだけれど―――ミュー、いったい何が起きたの?」
「それは……」
―――イハナを前にして、そんな事を説明する気にはなれない。それはあまりにも、酷な話だ。
「ごめんなさい―――」
イハナが呟いた。顔を覆って俯いたまま、
「ごめんなさい、ごめんなさい、―――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も何度も、謝罪の言葉を繰り返していた。
それはこの場に居る、生きている者、死んでいる者、全てに向けた謝罪の様に聞こえた。
「イハナさん……」
状況を察したのか、アリエッタも複雑な表情をしながら歩み寄ってきた。
「―――っ!」
アリエッタがイハナの肩に手を触れた途端、イハナはその場から逃げるように走り去ってしまった。
「待って、イハナさんっ!」
アリエッタの制止も届かず、イハナの姿は遠ざかって行く。
「イハナさん…………ミュー、彼女に何が起こったの?」
「…………ルーンに、吸血鬼にされたみたいで……狂乱状態のイハナがここの人達を襲って、それが感染してこれだけの被害に。噛まれて死んだ人間がどういう訳か動き始めて、生きている人間を襲いだしたんです。イハナによると、不完全な吸血鬼の起こす呪いの類だと」
私の曖昧な説明に、アリエッタは「なるほど」と相槌を打つ。
「おそらくルーンは、セレイアさんの血を採取してイハナに投与したんでしょう。吸血鬼には元々、血を吸った対象を眷属にする能力があるのだけれど、イハナは不完全な形で吸血鬼化しているせいで、その能力を制御できなかったんでしょうね。能力を制御するのには、石が必要だもの」
「石、ですか?」
吸血鬼に石? 何の事だろう。正直、私の世界の吸血鬼とは根本的に異なった生き物の様だし、生体については把握しきれていない。さっきのゾンビだって、正直グロすぎて勘弁してほしかった。
「説明は後でするわ。とりあえず、ミューはイハナさんを追って。あの状態じゃ、何をするか分からない。……私が言えた立場じゃないけれど、こういう時が一番危険よ。お願い」
深刻なアリエッタの表情を見れば、彼女がどれだけイハナの事を思っているかが分かる。無論、私も同じだ。大切な友人を、これ以上不幸な目に遭わせるわけにはいかない。
一度彼女を守り損ねてこうなってしまった以上、私が責任を持って彼女を守らねばならない。
「分かりました。もしかしたらまだ、ゾンビが残っているかもしれません。アリエッタは、安全なところに」
アリエッタに一礼して、イハナを追いかけた。
イハナは鉱山の方へ走って行ったはずだが、姿が見当たらない。生体感知にも生き物の反応は映らない様だ。
……だとすると考えられるのは、鉱山の中だろう。ここはどうしても行き止まりだし、行ける場所と言ったらそれしかない。
問題は、どうしてイハナがそんな所へ入って行ったのかという事で―――
「まさか……第三坑道に?」
あり得ない話という訳でもない。あの場所は何かきな臭い。そこにどんな意味があるのか、イハナがそこへ向かった事に何の意味があるのかは分からないが、これ以上あの子を危険な目には遭わせたくない。
私はイハナを探して坑道に足を踏み入れた。




