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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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吸血鬼の惨劇4

 気を失ったアリエッタを連れて、私は町の診療所へ向かった。

 この町唯一の病院という事もあって、診療所は人であふれていた。昨夜の鉱山の襲撃で、怪我人が多く出たらしい。

 他にも、鉱山襲撃の後片付けで外に出ていた人々が、アリエッタを抱えて崖から落ちてくる私を見て、城で何かがあったと勘ぐって診療所に押しかけて来たのだ。そのせいで、診療所にはこの町のほとんどの住民が集まる形となっていた。

 私は仕方なく医者にアリエッタを任せて、町の人々に城で起こった事を説明した。事情を知った町の人々からは、セレイアさんをいたむ声や、ルーンに対する怒りの声が上がっていた。一部の人達は、ルーンの居城へ殴り込みをかける話し合いすら始める始末だ。


「ミューさん、よろしいですかな?」


 診察室の戸が開いて、医者が私を呼んだ。

 町の人達に断りを入れて、診察室に入る。診察室のベッドには、静かに眠るアリエッタの姿があった。

 医者に、アリエッタの状態を訊く。


「どうなんですか、先生? アリ――お嬢様は大丈夫なのでしょうか?」


「ああ、心配ない。軽い過労だよ」


「過労、ですか?」


 医者の診断に、私は小首をかしげる。過労で倒れる程の重労働を、アリエッタにさせた覚えはない。可能性があるとすれば、やはりアレだろうか。


「そう、過労。この子、身体が弱すぎるよ。何の病気なんだい?」


「病ではなく……おそらく『ユガ』の毒のせいかと――」


 アリエッタの健康状態に異常が起きている原因は、それしか考えられない。


「『ユガ』、麻薬か。なるほど。それなら納得がいく。あれはね、"魔術師殺し"と呼ばれるくらい魔法を使う者には脅威となる薬なんだ。生命力をうまく魔力に変換できなくなるから、魔法を使うと大きく体に負担をかける。過労みたいな症状が出たのは、きっとそのせいじゃないかな? 彼女、魔法を使うんだろ?」


「ええ……お嬢様は魔法使いです」


 そこまでは知らなかった。アグラード先生は何も言っていなかったが。依存性のある薬というだけでも厄介なのに、そんな副作用まであるとは質が悪いにもほどがある。


「先生、お嬢様は治りますか?」


「治る可能性は十分にあるが、時間はかかる。少しずつ中和しながら毒が抜け切るまで、四、五年は掛かるだろう」


「そんなにですか?」


「そういうものだ。事情はどうあれ、薬なんぞに手を出したのが間違いだ」


「…………お嬢様はご自分の意志で飲まれた訳ではありません。撤回を」


 つい、強く出てしまった。アリエッタの名誉に関わる事だけに、黙っていられない。

 私が突っかかったせいか、医者はすぐに態度を変えて謝罪した。


「悪かった。事情を知らずに余計な事を言った」


「いえ、分かってくれればいいのです。それより――」


 容態や治療について意見をもらおうとしたら、突然奥からカーテンを開けて看護師が顔を出した。


「先生、なんか外で集会をやるとか言ってますけど」


「ん? 悪いがそんな余裕はないと伝えろ。ここは手が離せん」


「分かりましたー」


 そんな医者と看護師のやり取りを聞いていると、診察室の扉が開いた。半身だけ身を乗り出して、初老の町人が、私に声をかけた。


「なあ、お姉さんよ、悪いが協力しちゃくれないかい?」


「……協力?」


「ああ。今外にアンデレトワの連中が来てるんだが、みんなで抗議しに行こうと思ってな。お姉さん、冒険者なんだろ? 護衛をしちゃくれないかい?」


 アリエッタが目覚めたらすぐにでもイハナを助けに行くつもりだったが、向こうから来てくれるのなら都合がいい。


「お医者様、お嬢様をお願いします」


「はいよ、任せなさい」


 私は医者に頭を下げて、町人と共に外へ出た。

 町の中心には、街の人口のほぼ全てが集まっていた。犬車二台を前に、七十人を超える群衆が声を上げている。

 怒りの声を一身に受けているのは、犬車の荷台の上で見高な態度を取るルーンだ。

 怒声をぶつける群衆を嘲るように笑いながら、ルーンは拡声魔法で群衆に向けて演説を始めた。


「さて、まずは領主セレイア・アイルフィール殿の死に哀悼の意を表する。とはいえ、彼女は吸血鬼だった訳で、このソトモイは長く異端者の手に在ったわけだが――」


 ルーンの言葉を群衆のヤジが遮った。


「ふざけるなっ! 殺したのはお前じゃないか!」

「吸血鬼だからなんだ! この人殺しめ!」

「そうだそうだ!」


 一人が石を投げたのを皮切りに、群衆のほぼ全員がルーンめがけて石を投げ始めた。配下の魔法使いに防御魔法で守られながら、ルーンはなおも不敵に群衆を嘲笑する。


「ははっ、いいだろう。ならばお前らも結局は吸血鬼の犬という事だ。異端は当然排除しなくちゃならないな。俺の鉱山に、吸血鬼はいらない」


 ルーンが私兵に合図を送った。ルーンが乗っているのとは別の荷車から、巨大な木箱が放り出される。人一人がすっぽり入れそうな大きさの木箱は、ルーンと群衆の間に着地した。

 得体の知れない木箱に慄いて、群衆の先頭に居る人々は少し引いたようだ。私は群衆の最後尾に居るせいで、完全に状況が把握できない。


 生体感知を使えば少しは見れるかと展開した途端、私の目に異様なものが映った。木箱の中に、人が一人入っている。しかも、生体感知に映るという事は生きているのだ。

 木箱の中には女が一人入っている様子だが、妙な動きをしていて、まるで檻に閉じ込められた猛犬の様な獣じみた暴れ方をしていた。

 木箱が音を立てて揺れた。それに慄いて、群衆の波が後方へと下がった。

 何かがおかしい。これはまずい。


「全員、この場から離れろっ!」


 不吉な予感に駆られて私が叫んだのと、ルーン達の犬車が走り出すのと、木箱が破裂するのはほぼ同時だった。

 木箱から出た女が、群衆の一人に飛びかかり、喰い付いた。


 誰かが悲鳴を上げて、そこからはあっという間だった。群衆が十字路の三方へ別れて一斉に逃げ出した。

 人の波をかき分けながら、住民を襲っている女の元へと向かう。人の波を超えた先に、男の喉元に食いつく少女の姿があった。

 見覚えのある服に、見覚えのある髪色。

 なんてこと。……どうして貴女が、そんな姿に。


「…………イハナ?」

 

 少女の名を呼ぶ。

 男の喉元に突き立てた歯列を抜いて、少女が顔を上げた。

 かつてイハナ・アイルフィールだったモノがそこに居た。

 およそ正常とは思えない獰猛な視線でイハナは私を見据えて、飛びかかってきた。


「――――っ!」


 大口を開けて噛みついてきたイハナの胴体を掴んで受け流し、地面に叩きつける。地面に打ち付けられたイハナは痛みに苦しむ素振りも見せずに、私の腕を掴んで引いた。予想以上の腕力に引き込まれ、私の体はそのまま放り投げられた。


「馬鹿なッ!」


 あり得ない。内蔵している機械のせいで、私の身体は平均的な大人の体重よりもはるかに重量があるはずなのだ。それを地面に倒れた姿勢から投げ飛ばすような力が、ただの女の子にあるはずがない。


 建物の外壁に足をつけ、体勢を立て直す。理由は分からないが、ルーンに何かをされてイハナは正常じゃなくなっている様だ。一発殴って気絶でもさせないと、この状況は収まりそうにない。


「ごめんなさい、イハナ!」


 壁を蹴って、イハナに蹴りを入れる体勢をとる。しかしその攻撃は、第三者の手によって防がれた。

 イハナに襲われて死んでいたはずの男が、立ち上がって私の蹴りを受け止めたのだ。男は私の脚を掴んで、地面に叩きつける。

 地面に打ち付けられる前に両手で体を支え、男を振り飛ばしてやった。男は地面を転がった後、何事も無かったかのように立ち上がり、逃げた群衆を追いかけて行った。その姿は、まるでゾンビみたいだ。


「あっ! ちょっと!」


 目標を変えて去って行く男を追おうとした途端、イハナが再び襲い掛かってきた。先にこっちを何とかしなくてはダメか。


「グルゥアアアアアアアアアア!」


 獣の様に叫んで、イハナは私に腕を振るう。大振りで隙が大きいが、受けた時の重みが違う。自分の身体を省みない、全身全霊の暴力。これじゃあまるで、本当にゾンビか何かじゃないか。


「イハナっ、目を覚ましてください!」


 必死に呼びかけてみるが、イハナは唸ったまま私に襲い掛かるばかり。まともに意思の疎通ができる状態じゃないのは見れば明らかだが、アリエッタの友人である以上手荒な事は出来る限りしたくない。


 不意に、道の奥から女の死体が吹っ飛んできた。見れば鉱山の方角で、昨日坑道で戦ったのと同じ魔獣が暴れている。

 ルーンは魔獣とイハナを使って、住民を皆殺しにするつもりらしい。


「あの野郎、最初からそのつもりで!」


 まともじゃない。たかが鉱山一つのために、こんな事までするなんて。ルーン・アンデレトワは、イカれている。


「このままじゃ、埒が明かない。――リヴ・スリーファ!」


 手っ取り早くイハナを無力化するにはこれしかないと、睡眠魔法をかけた。イハナの首ががくんと項垂れ、動きが停まる。

 これでひとまずは安心。そう思った途端、イハナは頭を大きくのけ反らせて、再び動き出した。


「まさか、魔法に耐性が!? くそっ、どうなってんだ!」


 襲ってくるイハナを蹴りつけ、建物の外壁に叩きつける。こうなれば、多少の怪我は覚悟してもらわなくてはなるまい。ここで悠長に戦っていたら、住民の犠牲者は増える一方だ。


「ごめんなさい、イハナ!」


 私が放った氷塊の弾丸は、イハナの太ももを貫いた。イハナの身体がバランスを欠いて、体勢を崩す。しかしイハナが地に膝をつける事は無く、あろう事か穴の開いた足を地に衝いて踏みとどまった。

 破れたスカートから覗く太ももの傷口が、まるで早回しの様に塞がって回復していく。

 驚くべき再生能力だ。いったい、イハナは何になってしまったんだ。


 雄叫びを上げてイハナが向かって来た。

 遠くからは人の絶叫や悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。これ以上はもう手加減してられない。私が戦わなければ、本当にこの町が滅んでしまう。


 イハナの身体を蹴り飛ばし、もう一度壁に叩きつけた。


「イハナ……すみません」


 地面に落ちていた木箱の破片を拾い上げ、イハナの身体に突き刺す。壁に縫い留められたイハナが、絶叫を上げながら板を抜こうともがいた。

 やはり、ここまでやっても死ぬ様子はない。

 無駄に痛めつける様で心苦しいが、こうでもしなければ今のイハナを殺さずに無力化はできない。


「本当にごめんなさい。必ず、戻って来ますから……」


 イハナに謝罪して、その場を離れた。

 向かう先では、魔物が人を襲っている。

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