異世界の少女
腕を得た私に、アリエッタは興味津々だった。
日々少しづつ出来上がっていく私の事を、アリエッタは自分の事のように喜んでいる。
今は学校から帰ってきたアリエッタと簡単なボードゲームに興じている。私に手が生え、しかも以前より話ができるようになったことで、ようやくこんな事もできるようになってきたのだ。
案外、アリエッタが私の完成を喜ぶのは、遊び相手ができた事への喜びなのかもしれない。
家には父親のオルコットしか居ないし、彼女は学校が終わるとすぐに帰ってきているみたいで、友達と遊び歩いている様子もない。
家の事をやらなければならない彼女が、帰宅を急がなければならないのは、私も経験があるからよく分かる。
そういう共感みたいなものもあってか、私は彼女の相手として求められる時には積極的にそう在ろうと決めた。人形として求められているこの瞬間は、私にとっても気分の良い事だった。
しかし同時に、不思議にも思う。彼女は私が、怖くないのかと。
人形に関する怪談話なんてものは、定番中の定番だ。異世界にその常識が通じるかどうかは分からないが、私は自分が死んだ魂であることを二人に伝えている。その上で私の事をまだ気味悪がることもなく、彼女は家族と言ってくれるのだ。
「……アリエッタは、私の事が怖くないのですか?」
聞かなければいいのに、そんな問いが自然と口をついて出た。
「えっ?」
アリエッタは不思議そうに私を見る。それから、彼女は笑った。
「どうして? ミューが来てくれてすっごい嬉しいんだよ」
屈託のない笑顔で、アリエッタは私を受け入れる。そんな在り方が、私には少し眩しすぎた。
「でも、私は得体のしれない幽霊みたいなもので……普通、こんな人形が動いてしゃべるなんて気味が悪いでしょう?」
嫌われたいわけじゃない。それなのに、後ろめたい気持ちがあるからか、こんな言葉ばかりが出てきてしまう。こんな私が、何も知らないこの子の傍で楽しく過ごしているなんて、それだけで何か罪の意識がある。この子を穢してしまっているような、そんな後ろめたさが。
けれどアリエッタは構わず、私の手を取って握る。
「気味が悪いなんて、そんな事ないよ。確かに、すごく不思議な事だけど、これって良い事だもん」
迷いなく、アリエッタは言う。
「私、お父さんの人形が大好き。お父さんの作る人形はね、優しい人形なの。だからきっと、そこに宿る魂だって、きっと同じくらい優しいんだ」
―――やめろ。私はそんな、高尚な物じゃない。
思わず叫びたくなるような、そんな暗い想いが私の中を支配する。
「それにね、私悪い人とそうじゃない人の区別はつくんだ。だから、ミューは大丈夫。貴女は絶対、私の家族なんだから」
アリエッタはどこまでもそう言い切るのだろう。私の事を何一つ知らない彼女は、私の事を綺麗なものだと思い込んだまま欺かれ続けるのか。
けれど、それでいいではないか。私が苦しむのと彼女を悲しませること、選ぶまでもない事だ。私はただ、彼女に望まれるモノであればそれでいい。
「アリエッタは優しいですね」
それが精いっぱいの私の強がりだ。それすらアリエッタは、更に厚意で上書きしてくるのだ。
「ミューが優しいからだよ。他人は自分を映す鏡だって、なんかの本に書いてあった」
「そうですか……」
よほど私は、この少女に好かれている様だった。最初に抱いていた疑念など、それはもうバカバカしいくらいに。
「ミューを呼び出した召喚魔法はね、普通じゃないんだって。事故で本当に偶然、予想もできない未知の魔法が働いてしまった結果なんだ。なんだか安い言い方になっちゃうけれど、これって運命的でしょう?
たまたま偶然、ミューの魂が家にやって来たなんて。だから私、絶対貴女とは仲良くなりたいの。こんなすごい事、悪い思い出にしたくない」
運命。運命か。これまでの経緯をそんな風に片づけてしまうのはなんだか違う気がしたけれど、この状態に落ち着いた事は、嫌ではないのだ。今が幸せだと思っているのは私も同じ。ならば、それで良いではないか。思いは彼女と同じなのだ。
「……それは私もですよ、アリエッタ。私も、貴女に会えてよかったです」
「えへへー」
本心から考えを伝えると、アリエッタはうれしそうに笑った。
私はこれ以降、自分に対する不信感をアリエッタに問わなくなった。