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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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吸血鬼の惨劇3

 仄暗ほのくらい部屋の中で、イハナは目を覚ました。

 飾り気のない石造りの部屋に漂う、肌を刺すような冷気。

 天井から一つだけ吊るされたランプ。

 イハナを取り囲む白衣の男たち。

 拘束された、自分の手足。

 イハナはそれらを、ぼんやりと眺めていた。彼女の意識はまだ、完全に覚醒してはいない。

 

 部屋の静寂を裂くように、鉄扉の音が鳴り響いた。入ってきたのは二人。ルーンとシエルだ。

 二人はイハナの元へと近づいていく。


「で、この子を連れ帰ってきた理由ってのは何なのさ?」


 その言葉とは裏腹に、シエルは興味が無さそうにルーンに訊いた。ルーンが語りたそうにしていたので、気を遣っただけの問いだった。無頼であるシエルにも、接待を意識する程度の気遣いはある。


「吸血鬼の能力の継承は、血と石によって行われるらしい。石って言うのは良く分からないが、少なくとも血はある。さっき、セレイアから採取したこの血液を使って、吸血鬼を作ってみようと思ってな」


 ルーンは楽しそうに、血の入った小瓶をシエルに見せた。その様子に、シエルはやれやれと首を振る。


「最初から、採血用の瓶と薬剤を持って行ってたって事じゃないか。子供の自由研究かよ。知的好奇心で人体実験しようなんて、狂ってんのはアンタも同じなんじゃないのかい、ルーンのオッサンよ? そんな事しても、不完全な吸血鬼しかできないだろう。いうなれば眷属。下級の怪物だ」


「下級でいいんだよ。知性のある犬なんざ、必要ないからな」


 ルーンの返答に、シエルは首をかしげる。


「犬? オッサン、そいつに何かさせるつもりなのか?」


「ああ。セレイアが死んだ今、俺はこの土地の領主になれる。だがな、領民はいらねえ。ほしいのは土地だけだ」


「ふうん。同士討ちをさせようってか? そんな面倒な事をしなくても、私が片付けてやるのに」


「馬鹿野郎。普通にこの町が滅んだら、国の土地として没収されるだけなんだよ。だからって、俺が領主に成った後に事件を起こせば、家の名に傷がつく。大事なのは、前領主の不手際によって街が滅んだという事実だ。セレイアが吸血鬼であったがために、人々は襲われ、町は滅ぶ。それをお前が駆逐して、初めて俺はこの町の功労者になれるんだ。町の連中を始末するための口実だよ」


「そんな周りくどい事に何の意味がある?」


「法的にただ任命されるか、褒賞としてもらうかの違いだな。大した差はないように見えるだろうが、実際には違う。国王から直々に褒賞としてたまわれば、ここは未来永劫アンデレトワの土地になる。俺が死んだところで本家から人が送られてくる以上、俺がセレイアにしたやり方が通じなくなるってわけだ。暗殺対策になるんだよ。価値のある鉱山だけに、その手の防衛策は固めなくちゃならない。

 それに、吸血鬼がらみとなれば教会が動いて調査する。本当に吸血病を殺さなかったら、嘘がばれて俺が疑われるだろう?」


 ルーンの説明に、シエルは素っ気なく「なるほどねぇ」と相槌を打つ。

 それまで黙って聞いていたイハナが、ついに耐えられなくなり口を開いた。


「あんた、それでも人間すか!」


 少しだけ驚いたように、ルーンはベッドの上のイハナを見た。


「なんだ、起きていたのか」


「そんなっ、そんなにまでして鉱山が欲しいんすか! 人の命を何だと思ってるんだ!」


 憎い。こんな男が、自分の姉を殺した男が、それでもまだ足りずに人を殺そうとするこの男が、憎い。

 イハナが人をそれほどに憎んだのは、これが初めての事だった。もし、この世に犯しても良い殺人があるとするならば、この男を消し去る事だと思えるほどに。


 しかし、そんなイハナの憎悪すらルーンはわらって受け流す。


「悪いが、その手の問答は嫌いでね。誰が死のうと、俺自身が死ななきゃ問題はねえ。他人の命より、俺の利益の方が大事だ」


「なんて男だ!」


 聞き覚えのあるセリフに、ルーンは薄ら笑いを浮かべた。


「血が繋がっていなくても、そういうところは親子だな。セレイアも死ぬ前に全く同じことを、俺に言ってたぜ」


「っ! この野郎っ!」


 殴りかからんと動いた反動で、縛りつけられているベッドが激しく揺れる。拘束されているイハナにできる事はそれだけだった。

 自身を睨みつけるイハナを、滑稽こっけいだとルーンは笑った。


「ははっ、いい気味だな。とっとと吸血鬼にしちまえ」


 ルーンの指示に従って、白衣の男たちがイハナの頭部を押さえた。男の一人がルーンから血の入った瓶を受け取り、器具を準備する。


「くそっ! 放せっ! 近寄るなッ!」


「暴れると、針が折れるぞ……」


 白衣の男の一人が、低く呟いて注射器を取り出した。セレイアの血が入った注射器に、イハナは目を見開く。

 イハナはセレイアから聞かされ、良く知っている。吸血鬼の血を取り込むと何が起きるのか、正式な儀式を行わずして血を受け継ぐとどうなってしまうのかを。


「やめろっ! 嫌だ! 吸血鬼なんかに、なりたくないっ! やめろおおおおおお!」


 イハナは、喉が枯れるほどに叫んだ。抵抗できない恐怖と、自分が別のモノに変質してしまう恐怖、二つが混ざり合ってイハナの体を震わせる。


 男はしっかりと押さえつけられたイハナの首に、注射針を突き刺した。どうせ成ってしまえば不死となる身体だ。いくら傷つけようと、問題はない。セレイアの血を押し込むように入れて、乱暴に引き抜いた。


「あぁ――――」


 終わってしまったと、彼女は内心で呟いた。

 イハナの顔から、血の気が引いて行く。それは恐怖か、それとも変質の兆しか。

 身体が震えて、呼吸は荒くなっていく。


 ――怖い。怖いよ、姉様。姉様、ごめんなさい。私、逃げられなかった。


 涙が一筋流れて、彼女の思考はそこで止まった。後は汚水に浸かったような、濁った意識が残るだけ。


「グルゥアアアアアアアアアア!」


 イハナは吼えた。知性のない、力任せの咆哮。

 その威圧に慄いて、イハナを取り囲んでいた男たちが一斉いっせいに離れていく。


「へぇ、こいつは面白い。こうも早く変化が出るモノなんだ」


 それまで興味も無さそうに事態を静観していたシエルが、感想を漏らした。吸血鬼の誕生という奇異な場面が、シエルの興味を引いたのだ。そこにイハナ個人に対する感情は何もない。実験動物を見る冷たい意識で、シエルはイハナと言う存在を認識していた。


「成功だな。口を塞いで、車に積み込め」


 ルーンもまた、イハナに対する感情は一切なく、ただの使い捨ての手駒としてしか見ていない。

 指示に従い、男たちはイハナをベッドごと部屋の外へと運んでいく。その後に続くルーンが、振り向かずにシエルに命じた。


「お前も来い。吸血鬼退治だ。八十人は殺せるぞ?」


 その言葉にシエルは素っ気なく、

「私はパス」

 と答えた。


 シエルが命令を拒んだ事に、ルーンは驚きに目を見開いて、勢いよく振り返った。

 実際、シエルは仕事に忠実だった。彼女が雇い主との契約に従わない事など、滅多にない。金払いさえ良ければ何でもすると言うのが、裏社会でシエル・ベテチカが重宝される理由なのだから。


「どういうつもりだ? お前の仕事は、俺の敵を排除する事だろう」


「そうなんだけどねー、ちょっと気分じゃないんだよね。アイツを本気にさせるには、しばらく待ってた方が良さそうだ」


 シエルの返答に、ルーンは顔をしかめる。


「なに訳の分からん事を言っているんだ! 気分じゃねえって、じゃあいったい誰が代わりに連中を始末してくれるんだよ?」


「それは問題ないぜ、オッサン。あの女が居るからな。黒い女だ。城に居たの、覚えてるだろ? あいつが全部やってくれるから大丈夫。保証するって。――アンタはせいぜい、あの女にられないようにとっとと逃げる事だ。悪いが、護衛は契約の内容に入ってないからねー」


「はぁ……まったく仕方ねえな」


 呆れて息を吐いたルーンは、踵を返して部屋を出て行く。

 シエルは念を押すように、ルーンの背に声をかけた。


「言ったとおり、やる事をやったらすぐに逃げろよ。あの女なら、簡単にアンタを殺せるぜ」


 珍しく真面目な調子のシエルに、ルーンもただならぬものを感じて頷いた。


「あ、ああ。分かったよ」


 足音が遠ざかる。

 静かな空間の中には、シエルが独り。

 誰も居なくなった部屋で、ランプの薄い灯を眺めながらシエルは笑う。


「――これで本気になってくれよな、召喚者」


 それは、永い旅路の果てに見つけた悲願の標的に向けて。

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