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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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吸血鬼の惨劇2

 来た道をそのまま引き返し、イハナを抱えて崖を駆け上った。


 城に戻ると、奇妙な事が起きていた。城がまとっていた魔法が綺麗さっぱりなくなっていたのだ。

 あれは敷地に入った者を感知して、城内の者に知らせるだけのものだ。わざわざ正面から入って来る事が無い限りは、解除する必要のない魔法のはず。


 そう思って城の玄関を見ると、木製の二枚扉が破壊されていた。ぽっかりと空いた穴のように、玄関の向こう側は不気味な静寂と闇が待ち構えている。


「なっ! 何なんすかこれ!」


 玄関の惨状を見たイハナが、城の方へと駆けていく。私もそれを追った。

 アリエッタも鉱山の件が罠だと分かっていたはず。上手く隠れて、無事でいてくれるといいのだが。

 イハナが地面にある何かを見て、足を止めた。見ると、胴を真っ二つにされた犬が転がっていた。犬と言っても、この世界の品種は馬や牛なんかと並ぶほどの大きさがある。それをこれだけ綺麗な切り口で切断できる技術など、この世界に在るのだろうか?


 イハナが泣き出しそうな顔をこちらに向ける。そのまま彼女は何も言わずに、城の中へと走って行った。


「待って、うかつに入っては危険です!」


 私の制止を聞かず、イハナは食堂の方へと走っていく。私は全速力で、彼女を追いかけた。


 食堂は酷いありさまだった。入り口近くには首のない男の死体。さっき私達に鉱山の事を知らせに来た町人だろう。

 食堂の中心にはルーンと、あのシエルという女が立っていた。シエルは頭からかぶった様に血に濡れていて、その理由の答えとして足元には二つに分かれた女の死体があった。紅いドレスを黒々と血に染めたその女性は、セレイアさんだ。


「姉様っ! お前ら、姉様に何をしたぁっ!」


 イハナが怒声を上げて、ルーン達に迫った。


「待って、イハナっ! ――――っ!」


 イハナを制止しようと前に出た私に、シエルが"何か"を投げた。目には見えないが、確かな魔力の塊だ。私がそれらを弾くと、シエルが口笛を吹いた。


「やるなアンタ。でも、邪魔しちゃダメ」


 こちらにしゃくな笑顔を向けるシエルへ、イハナがナイフを構えて突っ込んだ。

 シエルは突き出してきたイハナの腕を掴み取る。瞬間、自らの勢いでイハナは一回転し、床に倒れた。それはまるで、日本の合気道みたいな動き――いや、異世界にだって似たような技術はあるのだろう。

 シエルは倒れたイハナの首を容赦なく踏みつけた。イハナが空気を吐くような音を出す。


「っ! その足をどけろっ!」


 イハナを助けるために、シエルに突っ込んだ。


「いいね、その勢い。この町には、気骨のある奴しかいないのかい?」


 迫る私には目もくれず、シエルは足元のイハナを見て愉快そうに笑った。

 隙だらけのシエルに、氷塊を撃ち込む。シエルはそれを、余所見をしたまま弾いた。

 追撃して繰り出した拳まで、シエルは難なく受け止める。

 シエルは顔を上げて、落胆したような表情を私に向けた。


「なんだかなぁ……アンタはもう少し強いと思ってたんだけどなぁ。アンタの連れの方が、まだ楽しませてくれたぜ?」


「っ! 連れ? アリエッタに何をしたっ!」


 言われてみれば、アリエッタの姿がない。イハナの事に気を取られ過ぎた。いったいどこにいる?


「あそこに転がってるぜ?」


 シエルが差した方向へ視線を向ける。そこには床に倒れるアリエッタの姿があった。


「アリエッタっ!」

「―――よそ見厳禁!」


 気を取られた隙に、シエルの蹴りが腹に入った。威力があるのか、私の身体は浮き上がる。

「くそっ!」

 距離を取って体勢を立て直す。体の損傷は軽微だ。


 冷静になれ! まずは生体感知だ。―――良い。アリエッタにはまだ息がある。この場で死んでいるのは男だけだ。裂かれても生きているとは、セレイアさんの不死性は本物らしい。


「なあ、こいつも標的だったよな?」


 シエルがイハナを指さして背後のルーンに訊いた。


「ああ。でも殺すな。いい事を思いついた」


 ルーンは血液の入った小瓶をかかげて、いやらしくわらう。それにシエルは「あっそ」とそっけなく答えると、イハナに睡眠魔法をかけた。シエルの足を除けようと、懸命けんめいつかみかかっていたイハナの両腕が、だらりと床に落ちる。


「させるか!」


 シエルへ向かって動いた刹那、シエルはアリエッタに向かって"何か"を投げた。さっきと同じ魔力の固まりだ。


「くそっ! 第三拘束解放!」


 加速装置を使い、アリエッタの前に跳ぶ。間一髪で弾き返す事が出来た。

 振り返れば、ルーンがイハナの身体を抱え上げていた。


「戻るぞ。そいつらに用はねえ」


 ルーンはそう言って、玄関の方へと歩いて行く。ルーンを追いたいが、シエルから目を離せない状況だ。妙な飛び道具でアリエッタを狙い撃ちにされても困る。

 なら、先に叩くしかない。


 アリエッタとシエルの直線軌道を真っ直ぐに走る。加速装置のおかげで、間合いを詰めること自体は問題ない。問題なのは、シエルが私よりも少しばかり強いという事だ。

 加速された私の攻撃を、シエルは見切って対応してきた。その動きは人間業とはとても思えない。

 暗殺者の少年も手練れだったが、あれはあくまでも人間の枠の中にある強さだった。だが、このシエルという女はもはや人間の域から外れている。

 今の私の身体は四倍に加速しているのだ。これに対応できるモノを、生き物と呼ぶのは無茶がある。


「貴女、いったい何者なのです?」


「さあね。"召喚狩り"って一応名乗っちゃいるけれど。私が"何か"なんて事は些細な問題さ」


「召喚狩り?」


 奇妙なその響きに、私は不思議な既視感を覚えた。


「アンタやっぱり面白いよ。強くないけど、面白い!」


 シエルは哂いながら手を振るった。そこには何も握られていないように見えて、実質刃物のような魔力の塊がある。

 刃物の軌道は私の顔面を狙ったものだった。体を反らして、寸でのところで避ける。

 妙な事に、シエルの持っていた刃物状の魔力塊が変形した。それはロングソード大の長さに変わり、それを振るってシエルはさらに追撃してくる。

 流石に避け切れないと見て、後方へ飛ぶ。瞬間、加速装置の限界時間が来た。

 自分の攻撃がことごとく避けられたというのに、シエルは愉快そうに笑っていた。


「やるじゃん。私の攻撃を避け切るなんて、まるで"視えている"みたいじゃないか!」


「ええ、貴女の手品のタネは視えていますよ。そんなもので、私は壊せません」


「いいね。いいね! 最高だよ。アンタとはもっとゆっくり楽しみたいから、今日は退かせてもらうよ。オッサンにも急かされてるしね」


「逃がすと思いますか?」


 駆け出したシエルを追う。シエルは再びアリエッタに向けて不可視のナイフを投げつけた。私はナイフに追撃の目標を変えて、氷塊で撃ち落とす。


 その間にシエルは食堂の扉をくぐり抜けて行った。その後を追おうとした途端、天井が崩れて出入り口が塞がれた。瓦礫の中には、何かで切断したような綺麗な断面がいくつもある。

 なんて出鱈目な。見た目はともかく、どんな物でも切断できるらしい。これで玄関前に転がっていた犬の死体も説明がつく。あんな魔法は知識にないが、いったい何なのだろうか?


 ――いや、それよりもアリエッタだ。


 私はアリエッタに駆け寄り、その身体を抱き起す。何度か名前を呼ぶと、アリエッタはうっすらと目を開けた。


「良かった。大丈夫ですかアリエッタ?」


「……こっぴどくやられたわ。セレイアさんは?」


 どこか痛むのか、アリエッタは顔を歪めながら私に訊いた。言いにくい事なので、私はアリエッタを抱えてセレイアさんの元まで運んだ。


「なんて事……」


 切断されたセレイアさんを見て、アリエッタは震えた声を漏らす。


「降ろして。もう大丈夫だから」


 言われた通りにアリエッタを下すと、彼女はセレイアさんの上半身に話しかけた。

 生体感知で生命があるのは確認できるが、セレイアさんの目はにごっていて、もはや生きているのか疑わしい状態だ。こんなになってまで死ねないというのは、まさしく呪いと呼ぶほかにない。

 セレイアさんの身体の切断面からは煙が上がっていて、少しずつ崩壊しているみたいだった。


「セレイアさん……」


 アリエッタの呼びかけに、セレイアさんはゆっくりと首を傾けた。


「アリ、エッタさん…………無事で、良かった、です。イハナは、どこに?」


 ……

 私は、セレイアさんに頭を下げた。


「申し訳ありません――」


 言いかけたところで、アリエッタが片手で私を制した。


「大丈夫よ。今はちょっと怪我をして眠っているけれど、直ぐに良くなるわ」


「そう、ですか。良かった。……イハナの、事……頼めますか? ……あの子を、この町から、遠ざけて、ください――」


「ええ、必ず」


 アリエッタはゆっくりと頷いて見せた。


「そう、ですか」


 そこまで言って、セレイアさんは力尽きた。それと同時に彼女の身体が灰へと変わっていく。セレイアさんの表情は、穏やかに微笑んでいた。私達がイハナを守ってくれると信じて、彼女は笑って死んでいった。


「セレイアさん……ごめんなさい」


 私はやるせなさを抱えながら、セレイアさんに謝る事しかできない。イハナはルーンの手に落ちてしまった。私が弱いせいで、私は何度同じ事をくり返すのだろうか。


 セレイアさんが完全に灰へ変わったのを見届けて、アリエッタは立ち上がる。アリエッタの表情は、怒りに満ちていた。こんな表情は、初めて見る。


「ミュー、助けるわよ。あの子を、イハナを、必ず――」


 言葉の途中で、アリエッタの身体がかたむいた。慌てて支えると、アリエッタは気を失っていた。やはり、アリエッタの状態も良いとは言えないようだ。シエルと戦ったのなら、相当なダメージを受けているはずだ。


「町の病院へ…………くそっ!」


 外への最短の出入り口は完全に塞がれていた。台所と繋がる道を経由して、遠回りをするしかない。

 私はアリエッタを抱えて、走り出した。

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