吸血鬼の惨劇2
来た道をそのまま引き返し、イハナを抱えて崖を駆け上った。
城に戻ると、奇妙な事が起きていた。城がまとっていた魔法が綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
あれは敷地に入った者を感知して、城内の者に知らせるだけのものだ。わざわざ正面から入って来る事が無い限りは、解除する必要のない魔法のはず。
そう思って城の玄関を見ると、木製の二枚扉が破壊されていた。ぽっかりと空いた穴のように、玄関の向こう側は不気味な静寂と闇が待ち構えている。
「なっ! 何なんすかこれ!」
玄関の惨状を見たイハナが、城の方へと駆けていく。私もそれを追った。
アリエッタも鉱山の件が罠だと分かっていたはず。上手く隠れて、無事でいてくれるといいのだが。
イハナが地面にある何かを見て、足を止めた。見ると、胴を真っ二つにされた犬が転がっていた。犬と言っても、この世界の品種は馬や牛なんかと並ぶほどの大きさがある。それをこれだけ綺麗な切り口で切断できる技術など、この世界に在るのだろうか?
イハナが泣き出しそうな顔をこちらに向ける。そのまま彼女は何も言わずに、城の中へと走って行った。
「待って、うかつに入っては危険です!」
私の制止を聞かず、イハナは食堂の方へと走っていく。私は全速力で、彼女を追いかけた。
食堂は酷いありさまだった。入り口近くには首のない男の死体。さっき私達に鉱山の事を知らせに来た町人だろう。
食堂の中心にはルーンと、あのシエルという女が立っていた。シエルは頭からかぶった様に血に濡れていて、その理由の答えとして足元には二つに分かれた女の死体があった。紅いドレスを黒々と血に染めたその女性は、セレイアさんだ。
「姉様っ! お前ら、姉様に何をしたぁっ!」
イハナが怒声を上げて、ルーン達に迫った。
「待って、イハナっ! ――――っ!」
イハナを制止しようと前に出た私に、シエルが"何か"を投げた。目には見えないが、確かな魔力の塊だ。私がそれらを弾くと、シエルが口笛を吹いた。
「やるなアンタ。でも、邪魔しちゃダメ」
こちらに癪な笑顔を向けるシエルへ、イハナがナイフを構えて突っ込んだ。
シエルは突き出してきたイハナの腕を掴み取る。瞬間、自らの勢いでイハナは一回転し、床に倒れた。それはまるで、日本の合気道みたいな動き――いや、異世界にだって似たような技術はあるのだろう。
シエルは倒れたイハナの首を容赦なく踏みつけた。イハナが空気を吐くような音を出す。
「っ! その足をどけろっ!」
イハナを助けるために、シエルに突っ込んだ。
「いいね、その勢い。この町には、気骨のある奴しかいないのかい?」
迫る私には目もくれず、シエルは足元のイハナを見て愉快そうに笑った。
隙だらけのシエルに、氷塊を撃ち込む。シエルはそれを、余所見をしたまま弾いた。
追撃して繰り出した拳まで、シエルは難なく受け止める。
シエルは顔を上げて、落胆したような表情を私に向けた。
「なんだかなぁ……アンタはもう少し強いと思ってたんだけどなぁ。アンタの連れの方が、まだ楽しませてくれたぜ?」
「っ! 連れ? アリエッタに何をしたっ!」
言われてみれば、アリエッタの姿がない。イハナの事に気を取られ過ぎた。いったいどこにいる?
「あそこに転がってるぜ?」
シエルが差した方向へ視線を向ける。そこには床に倒れるアリエッタの姿があった。
「アリエッタっ!」
「―――よそ見厳禁!」
気を取られた隙に、シエルの蹴りが腹に入った。威力があるのか、私の身体は浮き上がる。
「くそっ!」
距離を取って体勢を立て直す。体の損傷は軽微だ。
冷静になれ! まずは生体感知だ。―――良い。アリエッタにはまだ息がある。この場で死んでいるのは男だけだ。裂かれても生きているとは、セレイアさんの不死性は本物らしい。
「なあ、こいつも標的だったよな?」
シエルがイハナを指さして背後のルーンに訊いた。
「ああ。でも殺すな。いい事を思いついた」
ルーンは血液の入った小瓶を掲げて、いやらしく嗤う。それにシエルは「あっそ」とそっけなく答えると、イハナに睡眠魔法をかけた。シエルの足を除けようと、懸命に掴みかかっていたイハナの両腕が、だらりと床に落ちる。
「させるか!」
シエルへ向かって動いた刹那、シエルはアリエッタに向かって"何か"を投げた。さっきと同じ魔力の固まりだ。
「くそっ! 第三拘束解放!」
加速装置を使い、アリエッタの前に跳ぶ。間一髪で弾き返す事が出来た。
振り返れば、ルーンがイハナの身体を抱え上げていた。
「戻るぞ。そいつらに用はねえ」
ルーンはそう言って、玄関の方へと歩いて行く。ルーンを追いたいが、シエルから目を離せない状況だ。妙な飛び道具でアリエッタを狙い撃ちにされても困る。
なら、先に叩くしかない。
アリエッタとシエルの直線軌道を真っ直ぐに走る。加速装置のおかげで、間合いを詰めること自体は問題ない。問題なのは、シエルが私よりも少しばかり強いという事だ。
加速された私の攻撃を、シエルは見切って対応してきた。その動きは人間業とはとても思えない。
暗殺者の少年も手練れだったが、あれはあくまでも人間の枠の中にある強さだった。だが、このシエルという女はもはや人間の域から外れている。
今の私の身体は四倍に加速しているのだ。これに対応できるモノを、生き物と呼ぶのは無茶がある。
「貴女、いったい何者なのです?」
「さあね。"召喚狩り"って一応名乗っちゃいるけれど。私が"何か"なんて事は些細な問題さ」
「召喚狩り?」
奇妙なその響きに、私は不思議な既視感を覚えた。
「アンタやっぱり面白いよ。強くないけど、面白い!」
シエルは哂いながら手を振るった。そこには何も握られていないように見えて、実質刃物のような魔力の塊がある。
刃物の軌道は私の顔面を狙ったものだった。体を反らして、寸でのところで避ける。
妙な事に、シエルの持っていた刃物状の魔力塊が変形した。それはロングソード大の長さに変わり、それを振るってシエルはさらに追撃してくる。
流石に避け切れないと見て、後方へ飛ぶ。瞬間、加速装置の限界時間が来た。
自分の攻撃が尽く避けられたというのに、シエルは愉快そうに笑っていた。
「やるじゃん。私の攻撃を避け切るなんて、まるで"視えている"みたいじゃないか!」
「ええ、貴女の手品のタネは視えていますよ。そんなもので、私は壊せません」
「いいね。いいね! 最高だよ。アンタとはもっとゆっくり楽しみたいから、今日は退かせてもらうよ。オッサンにも急かされてるしね」
「逃がすと思いますか?」
駆け出したシエルを追う。シエルは再びアリエッタに向けて不可視のナイフを投げつけた。私はナイフに追撃の目標を変えて、氷塊で撃ち落とす。
その間にシエルは食堂の扉をくぐり抜けて行った。その後を追おうとした途端、天井が崩れて出入り口が塞がれた。瓦礫の中には、何かで切断したような綺麗な断面がいくつもある。
なんて出鱈目な。見た目はともかく、どんな物でも切断できるらしい。これで玄関前に転がっていた犬の死体も説明がつく。あんな魔法は知識にないが、いったい何なのだろうか?
――いや、それよりもアリエッタだ。
私はアリエッタに駆け寄り、その身体を抱き起す。何度か名前を呼ぶと、アリエッタはうっすらと目を開けた。
「良かった。大丈夫ですかアリエッタ?」
「……こっぴどくやられたわ。セレイアさんは?」
どこか痛むのか、アリエッタは顔を歪めながら私に訊いた。言いにくい事なので、私はアリエッタを抱えてセレイアさんの元まで運んだ。
「なんて事……」
切断されたセレイアさんを見て、アリエッタは震えた声を漏らす。
「降ろして。もう大丈夫だから」
言われた通りにアリエッタを下すと、彼女はセレイアさんの上半身に話しかけた。
生体感知で生命があるのは確認できるが、セレイアさんの目は濁っていて、もはや生きているのか疑わしい状態だ。こんなになってまで死ねないというのは、まさしく呪いと呼ぶほかにない。
セレイアさんの身体の切断面からは煙が上がっていて、少しずつ崩壊しているみたいだった。
「セレイアさん……」
アリエッタの呼びかけに、セレイアさんはゆっくりと首を傾けた。
「アリ、エッタさん…………無事で、良かった、です。イハナは、どこに?」
……
私は、セレイアさんに頭を下げた。
「申し訳ありません――」
言いかけたところで、アリエッタが片手で私を制した。
「大丈夫よ。今はちょっと怪我をして眠っているけれど、直ぐに良くなるわ」
「そう、ですか。良かった。……イハナの、事……頼めますか? ……あの子を、この町から、遠ざけて、ください――」
「ええ、必ず」
アリエッタはゆっくりと頷いて見せた。
「そう、ですか」
そこまで言って、セレイアさんは力尽きた。それと同時に彼女の身体が灰へと変わっていく。セレイアさんの表情は、穏やかに微笑んでいた。私達がイハナを守ってくれると信じて、彼女は笑って死んでいった。
「セレイアさん……ごめんなさい」
私はやるせなさを抱えながら、セレイアさんに謝る事しかできない。イハナはルーンの手に落ちてしまった。私が弱いせいで、私は何度同じ事をくり返すのだろうか。
セレイアさんが完全に灰へ変わったのを見届けて、アリエッタは立ち上がる。アリエッタの表情は、怒りに満ちていた。こんな表情は、初めて見る。
「ミュー、助けるわよ。あの子を、イハナを、必ず――」
言葉の途中で、アリエッタの身体が傾いた。慌てて支えると、アリエッタは気を失っていた。やはり、アリエッタの状態も良いとは言えないようだ。シエルと戦ったのなら、相当なダメージを受けているはずだ。
「町の病院へ…………くそっ!」
外への最短の出入り口は完全に塞がれていた。台所と繋がる道を経由して、遠回りをするしかない。
私はアリエッタを抱えて、走り出した。




