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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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壊れモノの話

 その夜、とつぜん誰かが城を訪ねて来た。城の入り口には魔法で細工がされていて、誰かが正門から敷地に入ると、城の内部でベルの音が鳴るようになっている。

 食事中のことだったので、私が応対すると言って玄関に向かった。

 生体感知で見た限り、男が一人だけの様だ。暗殺者といった雰囲気はない。そもそも敵なら、わざわざ玄関から来る事はないだろう。正面突破で私に敵わない事は、昨日の一件で相手も分かっているはずだ。

 扉を開けた途端、外に居た男が叫んだ。


「大変だ! 鉱山が魔獣に襲撃されているんだ! はっ、早くセレイア様に!」


「分かりました。どうぞ、中へ」


 男に演技のような雰囲気はない。本当に助けを求めて、ここまで来たようだ。

 私は駆け足で男を先導し、食堂まで連れて行った。食堂に居た三人も私の様子を見て、すぐに異常事態を察した様だった。

 男はセレイアさんに駆け寄ると、状況を説明した。


「セレイア様、大変です! 坑道の中に突然魔獣が現れて、襲撃されたんだ! まだ作業終わりで人が残ってて、逃げ遅れた奴らが――と、とにかく魔獣が作業員を殺してるんだ!」


「いいわ。落ち着いて。直ぐに私が向かいます」


 男をなだめるセレイアさんに、アリエッタが言った。


「ダメよ。それこそ罠かもしれない。坑道にはミューを向かわせるわ。――頼めるかしら?」


「もちろんです。お任せを」


 私が頷くと、イハナが名乗りを上げた。


「それなら、私もついて行くっす。坑道の中は迷路みたいになっているから、案内が必要なはずっす!」


「それはあまり良い考えとは言えないけれど……ミュー、貴女の生体感知で坑道の地形は把握できるかしら?」


 アリエッタの問いに、私は首を振る。


「いいえ。植物がある地上ならともかく、地面の中では地形まで読み取れません」


「そう……」


 思案を始めたアリエッタに、イハナが怒鳴った。


「一刻を争う時に、そんなこと言ってる場合っすか! 私は行くっすよ。自分の身は自分で守るっす。ミューさんに迷惑はかけないっす!」


 そう言って部屋を出て行くイハナに、男が「乗って来た犬を使え」と言った。イハナは頷いて、玄関の方へ走っていく。


「イハナは必ず守りますので」


 安心させようとセレイアさんに言うと、彼女は不安げな表情で強く頷いた。


「あの子の事を、お願いします」


 アリエッタもまた、私に冴えない表情を向ける。


「頼んだわ、ミュー。貴女なら大丈夫だと信じているけど、必ず戻ってきて」


「承知いたしました。アリエッタも、気を付けて」


 私は二人に頭を下げて、イハナの後を追った。

 玄関へ出ると、イハナが弓矢を背負って犬にまたがっていた。

「……」

 私はイハナの腰に手を回し、持ち上げた。当然、イハナは驚いたように声を上げる。


「なっ、何するんすか!」


「犬で行くよりも早い方法がありますので」


「は、早い方法?」


 首をかしげるイハナを抱きかかえて、私は走り出した。


「ええ。少し怖いでしょうが、動かないでくださいね!」


「って、嘘! ちょっと待ったー!」


 イハナが叫んだのと、私が崖を飛び降りたのはほぼ同時だった。

 私はイハナを抱えたまま、壁面をって跳躍ちょうやくする。この土地の構造上、町の入り口へ回り込むよりも、崖から町へ落ちた方が明らかに速い。もちろんこれは、戦闘人形である私でなければ、ただ落ちて死ぬだけの行為だ。私達が飛び降りた場所から町の地上まで、六十メートル以上は確実にある。


 ある程度落ちたところで、中空に防御魔法の障壁を張り、それを足場にして更に跳んだ。飛行機能がない私にとって、これが最も有効な移動手段だろう。防御魔法が物体にも有効な事を知ってから、ずっと試してみようと考えていた技だ。


 おかげで、城を出て一分以内に鉱山の入り口に着く事が出来た。着地してイハナを見ると、半べそ状態で震えていた。


「あっ……驚かせてしまいましたか? すみません」


「ま、前から思ってたっすけど、ミューさんって無茶苦茶っすよね」


「本当にごめんなさい」


 私はイハナを下ろしてあげた。よほど怖かったのか、彼女は少しの間ふらついていた。効率を重視してやった事だが、次からはもう少し配慮した方が良さそうだ。イハナには本当に申し訳ないが、アリエッタだったら私の注意力はフル稼働しているのでこうはならないだろう。そういう所が、私の薄情な性格なのかもしれない。


 私が先導する形で、坑道に入っていく。敵が来るとしたら前からなので、弓を使うイハナをなるべく背後に置いておきたかった。


 前回、私達が獣と戦った広間に出た。瞬間、背後でイハナがむせ返った。それも当然だろう。そこに在ったのは、見るも無残な死体の山だった。いや、残骸と呼ぶのが正しいか。目の前に在る死体は、どれ一つとしてまともな形になっていなかった。使い古したぞうきんを引き裂いた様な、そんな肉片。細かく散らばっているとはいえ、数からみて一人や二人ではあるまい。きっとイハナは、この場に漂う死臭すら嗅いだことだろう。それがどれだけの苦痛か、想像するのもおぞましい。


「なんて……ひどい。こんな事、こんな事って……」


 イハナは真っ青だった。こんな惨状さんじょうを目の当たりにして、平常でいられるわけがない。慣れている私の方が異常なのだ。


「戻りますか? 探索は私一人でもできますから」


 私がそう言葉をかけた途端、生体感知に複数の反応が現れた。私はとっさにイハナを防御魔法で囲む。


「そこに居てください」


 イハナの安全を確保して前に出ると、魔獣が目の前に現れた。今回も第三坑道からだった。あの奥には何かあるらしい。

 魔獣は大柄で、筋肉質な毛むくじゃらの霊長類みたいな見た目をしていた。肉を咬みちぎるために特化しているとしか思えない、鋭利な歯の生えた巨大な口には、服の切れ端が残っている。ここにある死体を造ったのが、この魔獣なのは間違いないだろう。

 生体感知には八つほどの影が有るが、魔獣はこいつだけらしい。後は全て人間の男らしく、物陰から私の事を観察している様だった。昨日の暗殺者たちの仲間だろうか?


 まあ、逃げない限りは痛めつけて話を聞けばいいか。


 私は魔獣へ向かって跳んだ。天井は軽いジャンプくらいなら、跳んでも大丈夫な高さがある。

 私が繰り出した跳び蹴りを、魔獣は腕を振るって受け止めた。見た目よりも俊敏しゅんびんな動きをする。

 魔獣の腕を蹴って後ろに跳びながら、氷塊を撃ち込む。

 相手はそれを、防御魔法で受け止めた。獣のくせに、高度な物を使う。

 アリエッタに以前訊いたところによると、魔獣とは魔法が使える獣を指す言葉らしい。人が苦労して学ぶようなものでも、魔獣は生まれ持った本能で使う事ができるらしい。この魔獣の場合は、それが防御魔法だった様だ。


 こいつに魔法での攻撃は、効率が悪いという事か。

 私は格闘戦のために、身体強化と身体硬化の魔法をかける。これで運動能力が上がり、体が鉄を弾くほどに硬くなった。


 今度は地面を走って魔獣に近づいて行く。

 魔獣が拳を振るってきた。破壊力を重視した、大振りな攻撃だ。どれだけ速くても、隙がある事に変わりはない。

 魔獣の腕を殴り返して胴を開き、そこへ掌打を入れた。

 とどめに、至近距離で雷撃魔法を浴びせる。魔獣の身体を電気が駆け巡り、魔獣は口から煙を吹いて倒れた。

 魔獣の倒れた振動が、坑道を揺らす。


 魔獣が倒れた途端、私に向かってナイフを投げる者がいた。飛んできたナイフを、防御魔法で弾く。

 生体感知で確認するまでもなく、七人の暗殺者たちが一斉に私を取り囲んだ。その集団行動能力の高さに感心はするが、私を相手に賢いやり方とは言えない。


「……一つ訊きます。貴方たちが今踏みつけている人々を魔獣に殺させたのには、正当な理由がありますか?」


 私にとって大事なのはそれだけだ。私は私と、アリエッタの為に人を殺す。そこに正当性など微塵もない事は自覚しているが、理由だけはある。

 無意味な殺しは嫌いだ。金、復讐、未練、どんなものでも理由があるならいい。でも、無いのはダメだ。無意味に無関係に、殺されていい人間なんて居るわけがない。


 返事は返ってこなかった。代わりに彼らは、私に向かって攻撃を仕掛けてきた。それを返答ととらえるのも一つの在り方か。


「気に入らない答えですね」


 私は向かって来た順に、暗殺者たちを殺していった。他人の命などに興味はないが、それでもここで死んだ作業員たちの弔いをしたい気分だった。

 勇敢にも、暗殺者は最後の一人になるまでは逃げなかった。……つまりは、最後の一人は逃げだしたわけで。


「逃がしませんよ」


 私は全速力で逃げ出した暗殺者に迫り、その身体をつかんで放り投げた。暗殺者の体は広間に在った机の上に落ちて、破砕音を響かせる。

 机の残骸からはい出ようとする暗殺者に歩み寄り、その片膝を氷塊で破壊した。


「――――――――!」


 絶叫する暗殺者の腕を踏みつけて、へし折った。もう片方の腕も、肩を氷塊で撃ち抜いて処理する。

 それを見ていたイハナが、呟いた。


「それは、いくらなんでも酷いっすよ……」


 ……


「酷いと思いますか?」


 イハナを見ると、彼女は怯える様に私を見ていた。それは惨状に対する恐怖ではなく、私の行為に対する嫌悪だった。


「確かにその人は鉱山を襲ったし、魔獣をはなってみんなを殺したかもしれない。けど、私達が同じことをしていいわけがないっす!」


 正論だな。正しくて、真っ当だ。


「いいですね。イハナはそういう事が言えて。でも、だったらどうします? 貴方はこの人を生かして、牢にでも繋ぎますか?」


「そうっす。それが、法律っすよ」


「法の話なんてどうでもいい。私は、貴女の考えが訊きたい。貴女は彼を憎いとは思わないんですか?」


 なんだ? 私はどうして、イハナを責めている? 彼女の言う事は正しいじゃないか。何も間違っていない。


「たしかに、酷いとは思うっす。でも、だからってそんな事はいけない事なんすよ……」


「そうですか」


 たとえ彼女がそれを言葉にできなくても、言いたい事は分かる。私だって正しい倫理観を、かつては持っていたのだから。罪に対価を要求してしまう事は、それそのものが矛盾した行為だから。

 だが、どんなものでも、悪を裁いた者は同じでなくとも悪を背負う。死刑執行人は罪人を殺すし、国や民を救った英雄というのは、たいてい多くの命を奪って成り立つものだろう。

 どこまでも正当な正義なんてありはしない。そもそも私は、そんなものなんてはなから気にしていない。私は気に入らないから殺す。私の行動の根幹にあるのは純粋に悪なのだから。


「でも私は、法の番人でも、正義の味方でもないので。公正に殺すだけです」


「公正?」


 イハナはもう、私に対して持っていた幻想を全て捨てた様だった。彼女の表情が、異常なモノを見るそれに変わっていた。


 私は自分の言葉の意味を説明するために、暗殺者の頭部を掴み上げた。


「教えてください。貴方の雇い主はどなたですか?」


「――――はぁ、はぁ……答える、わけがない、だろ」


「命がかかっていてもですか?」


 包帯で隠された男の顔から、唯一出ている両目が揺れ動く。


「答えたところで、お前は、俺を殺すだろう?」


「そうですね。否定はしません。それに、答えは本当のところ分かっています」


「……」


「では、質問を変えましょう。場合によっては、貴方を生かしてもいい」


 その言葉に、暗殺者は目をすがめた。


「最初にした質問に答えてください。貴方は、魔物に食われた人々を殺す理由を持っていましたか? 金で彼らを殺せと命じられましたか?」


「……殺せと言われたのは、アンタと……そこの娘だ。ここに居た連中は、関係ない。アンタを、呼び出すために、魔物を放った……だけだ」


 出血が多すぎるのか、男は限界が来ていた。放っておいても、その内に死ぬだろう。

 私は男の元から離れて、イハナを囲っていた防御魔法を解いた。


「聞いていましたか? この男は私達をここにおびき出すためだけに、魔獣を放って坑道を襲ったんです。ここで亡くなった作業員の方たちが、魔獣に襲われたことに理由なんてありません。ただ、不運だったというだけ。自然現象なら、仕方がないとあきらめるしかない。でも、これは人為的なものです。無意味に彼らが殺されて、殺した暗殺者たちがのうのう生きているなんて、道理が通らないとは思いませんか?」


 それが私の殺しの原理。奪った者が奪われずに逃げ延びる事を、私は許さない。


「でもそれじゃあ、その理屈じゃ、最後には貴女が死ななくてはいけない事になるっす。それでも、良いんすか?」


 イハナは悲しそうに、私に訴えた。彼女の言っている事も道理だ。私が復讐で誰かを殺すたび、殺した人間の身内が私に復讐しに来る。復讐とはそういうものだ。その循環を生まないために、罪に対して同等の罰を下す事をしないために、人は法を作ったのだから。

 だが、私はもうとっくの昔にその循環にはまってしまっている。今更抜け出す事など、許されない。許されるはずがない。

 だから笑って、私は答えた。


「ええ、構いませんよ。私は誰に殺されても仕方がない。それだけの事をしてきた。だけどそれは、同じようにそれだけの事をされてきたという事です。私は泣き寝入るくらいなら、死んだほうがましだ」


 ……なんてことだ。自分の感情を、こうもべらべらと。人形らしくない。まるで人間みたいじゃないか。


「――つまらない話をしましたね。戻りましょう。この場所の襲撃は、私達を分断させるための罠かもしれません。アリエッタたちが心配です」


 私の言葉に、イハナは黙ってうなずいた。出口を目指して坑道を走る間、イハナは一言も発さなかった。

 いよいよ嫌われたかな。それなら、それでいい。私のようなおかしなモノに近づくと、この子のためにならない。

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